健康のためには、「炭水化物抜き」や「脂質制限」が有益だと思い込んではいませんか?
炭水化物や脂質の過剰摂取が健康に悪影響を及ぼすことは、よく知られています。しかし、糖質抜きや脂質制限のような極端な食事制限が長期的に健康に良いのかというと、はっきりとした答えは出ていません。
また、これらの食事法が、全ての人に適しているわけではない可能性もあります。
これを明らかにするために、名古屋大学の研究チームは、日本人の炭水化物・脂質の摂取量と死亡リスクとの関連について、大規模データを用いた調査を行いました。
その結果、過度な炭水化物および脂質制限が死亡リスクに影響を及ぼす可能性があること、そして「糖質制限食の推奨」や「高脂質食の制限」が全ての人に適しているわけではないことが示されました。
本研究の詳細は、2023年6月2日付の『The Journal of Nutrition』誌に掲載されています。
目次
- 炭水化物や脂質の制限は長生きにつながるのだろうか?
- 炭水化物:男性の低量摂取、女性の過剰摂取は死亡リスクを高める
- 脂質:男性の過剰摂取、女性の脂質不足が死亡リスクを高める
- 極端に制限することは「元気で長生き」につながらない!
炭水化物や脂質の制限は長生きにつながるのだろうか?
炭水化物は、ごはん、麺などの雑穀類のほか、いも類や甘味料類に多く含まれる栄養素です。
栄養学の観点からは、糖質と食物繊維の総称として使用され、ダイエットなどの文脈で使われる場合は「糖質」を指すのが一般的です。
一方、脂質は、サラダオイルやゴマ油などの油脂類、そして肉類に豊富に含まれています。
炭水化物と脂質はどちらも、私たちのエネルギー源として重要な役割を果たします。そのため、これらを適切なバランスで摂取することが、健康維持に重要となるのです。
これまで、体重管理や生活習慣病の予防のためには、炭水化物と脂質の摂取制限(低炭水化物ダイエットと低脂肪ダイエット)が有効とされてきました。
しかし、近年の研究では、過度な炭水化物および脂質の摂取制限が生存リスクを増加させる可能性があることが示されています。
さらに、よく耳にする低炭水化物ダイエットや低脂肪ダイエットでは、「短期的な効果」と「長期的な生存予後(寿命)」との間に、大きな矛盾が存在することも明らかになっています。
また、これまでの多くの研究は西洋人を対象に行われており、その結果が日本人に直接適用できるわけではないという問題が指摘されてきました。日本人を含む東アジア人は、一日の炭水化物の摂取量が多く、脂肪の摂取量が少ないという傾向があるためです。
そこで、名古屋大学予防医学分野の研究チームは、一般的な食習慣をもつ日本人を対象に、炭水化物と脂質の摂取が寿命にどのような影響を与えるかを調査しました。
具体的には、日本全国の健康な男性34,893人と女性46,440人のデータを約9年間にわたって追跡し、その食事習慣と生存期間の関係を分析しました。
研究者らは、調査票の食事記録から、対象者の一日あたりの炭水化物と脂肪の摂取量を推定し、これを「エネルギー比率(%)」として算出して比較しました。
エネルギー比率とは、摂取エネルギーの中で各栄養素が占める割合を指します。例えば、一般的な唐揚げ1ピース(約60g、150kcal)の場合、エネルギー比率はタンパク質が約27%、脂肪が約60%、炭水化物が約13%となります。
なお、一般的にはタンパク質が10-20%、脂質が20-30%、炭水化物が50-60%が摂取の目安とされています。
それでは次の項から、どのような結果が得られたのかを確認していきましょう。
炭水化物:男性の低量摂取、女性の過剰摂取は死亡リスクを高める
炭水化物の摂取と死亡リスクとの関連では、男性と女性で異なる結果が見られました。
男性では炭水化物摂取量が低すぎると、死亡リスクが増大します。対照的に、女性では炭水化物摂取量が高すぎると死亡リスクが増大することが示されています。
男性の炭水化物摂取量と死亡リスクの関係
まず、男性の栄養摂取と死亡リスクの関連を見ていきます。連続した約9年間にわたるデータの分析です。
本研究では、炭水化物摂取量の基準を「エネルギー比率50~55%」とし、これを「1」として、これより多く摂取したか、少なく摂取したかをみています。
「全死亡リスク」および「がん死亡リスク」では、炭水化物を制限しすぎることの影響が顕著にみられます。エネルギー比率が40%未満の「低炭水化物摂取群」では、全死亡リスクが1.59倍、がん死亡リスクが1.48倍となっています。
循環器疾患死亡リスクでは、エネルギー比率が基準を下回ると増加する傾向がみられました。
女性の炭水化物摂取量と死亡リスクの関係
次に、女性の炭水化物摂取量と死亡リスクの関連性を見ていきます。
女性の場合、リスク比が時間の経過とともに変化する傾向がみられたため、追跡期間を「5年以上」と「5年以下」に分けて分析を行っています。
追跡期間が 5 年以上の場合、エネルギー比率が65%を超える「高炭水化物摂取群」で全死亡リスクが1.71倍となっています。また、炭水化物を多く摂取すると、がん死亡リスクも高くなる傾向がみられます。
一方、追跡期間が5年未満の場合、循環器疾患死亡リスクは、基準より多い摂取でも少ない摂取でも、大きく増加することがわかります。
次に、脂質摂取量と死亡リスクとの関係をみていきましょう。
脂質:男性の過剰摂取、女性の脂質不足が死亡リスクを高める
脂質の摂取についても、男性と女性で異なる結果が見られます。
脂質の種類(飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸)によっても結果が異なる点が見られましたので、その点にも注目してください。
男性の脂質摂取量と死亡リスクの関係
男性における脂質摂取量と死亡リスクの間の関連性を見ていきましょう。
脂質摂取量については「エネルギー比率20~25%」を基準とし、これを1としています。
このとき、35%を超える「高脂質摂取群」では、がん死亡リスクが1.79倍に増加しています。また、循環器疾患死亡リスクは、脂質摂取量の増加に伴って上昇する傾向が見られます。
脂質を、肉類、乳製品、加工食品に多く含まれる「飽和脂肪酸」と、魚、植物油、ナッツ類に多く含まれる「不飽和脂肪酸」に分けて分析した結果、男性では「不飽和脂肪酸」の摂取が不足すると全死亡リスクとがん死亡リスクが高まることが示されました。
女性の脂質摂取量と死亡リスクの関係
女性では、脂質摂取量が増えるほど、全死亡リスクとがん死亡リスクが減少する傾向が観察されました。
飽和脂肪酸摂取と不飽和脂肪酸摂取に分けた場合の分析では、「飽和脂肪酸」の摂取量が多い方が、全死亡リスクとがん死亡リスクが低下する傾向がみられました。
極端に制限することは「元気で長生き」につながらない!
本研究は、日本人の極端な炭水化物摂取および脂質摂取が、寿命に影響を与える可能性を示したものです。
研究者らは、この結果について「将来の死亡リスクを考えるうえで、食事バランスの重要性が示された」と述べています。
そのうえで「糖質制限食が良い」や「糖質を多く摂取する食事法が良い」などの決めつけや、「脂質摂取は制限すべき」などとする極端な食事習慣については、見直すよう提言しています。
今後は、追跡調査により、さらに細かな死因ごとの検討やがん部位別での評価を視野に入れているそうです。分子生物学的なメカニズムの探索と解明を含め、日本人の食事傾向と死亡リスクとの関連がさらに明らかになることが期待されます。
参考文献
【プレスリリース】炭水化物・脂質の摂取と死亡リスクとの関連 〜極端な食事習慣が生命予後(寿命)に影響を与えることを発見〜 https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/07/post-535.html元論文
Dietary Carbohydrate and Fat Intakes and Risk of Mortality in the Japanese Population: the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study –ScienceDirect https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022316623721986?via%3Dihub