宇宙の話題でたびたび耳にする用語「ダークマター(暗黒物質)」。
その正体は未だ不明ですが、天文学では初期宇宙においてこのダークマターを燃焼とした星が存在していた可能性が指摘されています。
そしてこのほど米国のコルゲート大学(CU)が、ダークマター対消滅により熱源を供給されているダークスター(暗黒星)の候補天体を3つ発見したと報告したのです。
このワクワクする単語が詰め込まれた星は、ビックバン直後の宇宙に出現した天体の1つであり、非常に巨大で太陽の100億倍も明るく輝いているため、地球からの観測では遠くの銀河系のように見えるようです。
これまで暗黒星は理論上の存在に過ぎないと考えられていましたが、今回ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、暗黒星の条件を満たす天体を観測しています。
研究内容の詳細は2023年7月11日に『PNAS』にて公開されました。
目次
- 「ダークマター対消滅」で光り輝くダークスターが存在する
- 巨大で、明るく、冷たい奇妙な星
- 暗黒星は最終的にどうなるのか?
「ダークマター対消滅」で光り輝くダークスターが存在する
宇宙で輝く恒星にはさまざまな種類があります。
最も数がおおいタイプの星は、赤く輝く小さな「赤色矮星」です。
また太陽のような主系列星や、太陽の未来の姿である巨星、さらには青色巨星や褐色矮星なども発見されています。
これらの星々は密度や質量、サイズは異なりますが、一般に核融合の力によって明るく輝き、そのエネルギーによって重力に潰されないように星の体積を支えています。
(※白色矮星では核融合ではなく電子の縮退圧で星を支えています)
しかし2007年、ビッグバン直後の宇宙には核融合ではなく暗黒物質の対消滅をエネルギー源にした星も存在するはずだという、斬新な理論が発表されました。
このダークマター(以降暗黒物質と表記)を燃料とする星は「暗黒星:ダークスター」と名付けられ、時間経過とともにブラックホールへと変化するとされています。
暗黒物質とは宇宙の構成要素のなかで27%ほどを占める正体不明の物質であり、光とは相互作用しないため見えず、重力のみに反応します。
現在「ビッグバン直後の宇宙は暗黒物質によって満たされた状態にあった」とする有力な理論が提唱されており、暗黒物質が集まって重力源になったことで通常の物質である水素やヘリウムなども集まるようになり、やがて恒星や銀河の種になったと考えられています。
しかし2007年に発表された理論はさらに一歩進んで、密集した暗黒物質そのものが水素やヘリウムに混じって新たな種類の星「暗黒星」となった可能性について述べられています。
ただこれまで暗黒星は理論上の存在に過ぎず、宇宙望遠鏡を使って観察できるとは考えられていませんでした。
しかし近年になって理論が進化し、暗黒星が実存していた場合に予想される観測パターン(スペクトルデータ)が明らかになってきました。
また2021年12月21日に打ち上げられた次世代の宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」により遥か遠方の観測が可能になり、ビッグバン直後の宇宙の様子を直接観測できるようになってきました。
遠くをみるだけで過去の宇宙が観測できることを不思議に思うひとも多いと思います。
しかし10光年離れた星の光が10年前に放たれた光であるように、130億光年離れた場所からくる光は130億年前の星々の輝きを映しています。
そのため宇宙においては遠くを観測することは「過去」を観測することと同義になっています。
これまでビッグバン直後の宇宙の様子はシミュレーションなどを通してしか予測することができませんでしたが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の登場により初期宇宙を直接観測できるようになったのです。
そのためもしジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを分析し、普通の星ではありえない暗黒星特有のスペクトルパターンを持つ天体を発見できたならば、暗黒星の存在を立証できるはずです。
では具体的に暗黒星とはどんな特徴を持つ星なのでしょうか?
巨大で、明るく、冷たい奇妙な星
暗黒星とはどんな星なのか?
これまでの研究によれば、暗黒星は普通の星と同じようにほとんどが水素とヘリウムでできているものの、全体の0.1%ほどの暗黒物質を含む点で他の星とは大きく違っているとされています。
「0.1%しか暗黒物質が含まれないのでは、ほとんど普通の星なのではないか?」と思われるかもしれませんが、暗黒星において暗黒物質は莫大なエネルギーを産む対消滅反応を起こしており、わずかな割合でも核融合を完全に代替しています。
そのため星の内部では核融合が起こるほどの密度がなく、代わりに星全体にまんべんなく分布する暗黒物質の対消滅で熱が発生するという特徴があります。
そのため暗黒星は10天文単位に広がる太陽の数百万倍もの質量を持つ、巨大なガスのふくらみとして形成され、表面温度は1万度以下と低くなっているものの、暗黒物質の対消滅による熱は水素雲に吸収されて、太陽の100億倍と非常に明るく輝きます。
つまり、妙に巨大で妙に明るく妙に冷たい水素とヘリウムでできた恒星が暗黒星の特徴というわけです。
そこで今回、コルゲート大学の研究者たちはジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が観測した初期宇宙のデータを分析し、暗黒星特有のパターンを持つ天体を探しました。
結果、驚くべきことに該当する3つの天体「JADES-GS-z13-0」・「JADES-GS-z12-0」・「JADES-GS-z11-0」が存在することが明らかになりました。
この3つはビッグバンから3億2000万から4億年後に作られた存在で、これまで通常とは異なる外れ値を持つ奇妙な銀河だと思われていましたが、暗黒星だった場合にみられる全ての条件をクリアしていました。
そのため研究者たちは、該当する条件を有する3つの天体は非常に奇妙な銀河か、暗黒星のどちらかであると結論しています。
暗黒星は最終的にどうなるのか?
ただ「暗黒物質の対消滅で輝く暗黒星」を想定することは無茶であると考える研究者の方が多いのも確かです。
今回の天体が、奇妙な特徴の銀河と理論上の存在である暗黒星のどちらであるかを問えば、多くの研究者が奇妙な銀河と答えるでしょう。
しかし今回の研究者たちが暗黒星の存在を提唱し続けているのは、暗黒星に匹敵するほど異常な事実が存在するからです。
これまで私たち人類は数々の星を観察してきましたが宇宙の年齢と同じくらい古い星はみつけられても、第一世代の星、つまり宇宙で最初に核融合を開始した星たちを確認できていないのです。
第一世代の星々の寿命が太陽と同じ何十億年とあるならば、既にジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡でも確認できてもいいはずです。
また別の奇妙な事実として、初期宇宙に存在する異常なほど巨大なブラックホールの存在があります。
ブラックホールは物体を引き込むことで成長していくため、初期の宇宙のブラックホールは軽く、現在に近づくほど重くなっていくはずです。
またブラックホールの成長過程を考えると、初期の限られた時間で大きくなれる限界値が存在しているはずです。
しかし初期宇宙にはそれら限界値を遥かに上回る巨大なブラックホールが存在していたことがわかっています。
これら不整合な問題は、暗黒星の存在があればかなりの部分が説明可能になります。
暗黒星が形成され時間が経過すると、暗黒星は周囲から質量を取り込み超大質量暗黒星に変化していくと考えられます。
そして対消滅により暗黒物質がなくなって星を膨らませるエネルギーがなくなると、超大質量暗黒星は収縮して超大質量ブラックホールの種となると考えられるからです。
そしてこの理論では、初期宇宙のどこをみても第一世代の星々がみえないのは、第一世代の星々が主に全て暗黒星によって作られており、現在観測可能な領域ではほとんどが超大質量ブラックホールに変わってしまっているからではないかと考えることができるのです。
研究者たちは現在、暗黒星と他の銀河や星を区別する決定的な条件の違いを見つけ出しており、より性能が向上した宇宙望遠鏡があれば暗黒星の存在を確かめられると述べています。
これは現在最高峰のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡でも達成できていない解像度が必要とされるため、全てが明らかになるのはJWST以降の話になるかもしれません。
参考文献
James Webb Telescope catches glimpse of possible first-ever ‘dark stars’ https://www.eurekalert.org/news-releases/995502元論文
Supermassive Dark Star candidates seen by JWST https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2305762120