3Dプリンターという言葉はどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。
個人レベルでも手軽にDIYを楽しむ方や、人の手では製作困難な形状も作れるので、企業の製品開発にも利用され始めています。
そんな中、バイオ3Dプリンターが再生医療の未来に大きく貢献しそうです。
バイオ3Dプリンターの技術が発展すれば、「人体に移植する臓器をドナーからではなく、本人の細胞の一部を用いて臓器をプリントアウトする」というSF感満載な夢の技術を実現できるかもしれません。
今回は、3Dプリンターって何?どんな分野で普及してきているのかざっくり丁寧に説明し、
日本発のバイオ3Dプリンターを用いて実際にヒトの末梢神経の再生に成功した世界初の偉業を解説します。
この成果は2023年4月に京都大学医学部附属病院のウェブページにて公開されました。
目次
- 進化する3Dプリンターが可能にするもの
- 再生医療革命、バイオ3Dプリンター
進化する3Dプリンターが可能にするもの
3Dプリンター自体にまだ馴染みのない人がほとんどかと思いますが、近年の3Dプリンターは小型化、高速化が進み、造形精度も著しく向上しています。
今では、素人でもランドセル程度の大きさの3Dプリンターで、質の高いものづくりができる時代になりました。
3Dプリンターによって一体どんなことが可能になるのでしょうか?
例えば、欠けてしまったリモコンの蓋、スマホのスタンドやカトラリーの収納。個人専用で、千差万別な「あったらいいな」の「形」を出力できます。
一昔前であれば、非売品や生産終了した部品は諦めるしかなく、リモコンの蓋もテープで誤魔化すほか選択肢はありませんでした。
今や3Dプリンターによって、3Dデータさえ手に入れば一般の人でも職人のような質の高い造形物を印刷して手に入れることができます。
そして、こうしたほしい部品をピンポイントで得られるという能力を医療分野に応用したのが、生体部品を作成できるバイオ3Dプリンターです。
医療兵のバイオ3Dプリンターの導入で期待できるのが、臓器移植問題の解決です。
人口増加、長寿化と共に、勿論臓器移植を必要とする患者数は増えています。
ヒト由来の臓器自体をそのまま移植する場合、人員、時間、技術コスト、全ての面で医療従事者、患者にとって非常に難題です。
ドナー不足の中で、臓器が適合するかどうかの審査。ドナーが見つかったとしても臓器の保存期限や保存技術、臓器運搬にもコストがかかります。
バイオ3Dプリンターであれば、患者由来の細胞を素材にできる為、免疫反応などの適合問題に有効です。
自分の細胞を培養した臓器が現地調達できればドナー不足も問題になりません。保存や運搬コストの軽減も可能になります。
また、再生医療への期待も大きいです。バイオ3Dプリンター任意の大きさ、形状で造形できる為、個々の患者さんにカスタマイズされた治療が可能となります。
バイオ3Dプリンターの素材として、自分の細胞を培養した細胞を用いることで遺伝子レベルで生理学的に合致した細胞移植が可能となります。
まさに理想的な再生医療を達成できる力を秘めた技術と言えます。
次のページではバイオ3Dプリンターと、その画期的な成果について解説します。
再生医療革命、バイオ3Dプリンター
バイオ3Dプリンターは有機物を材料として、有機物を積み重ねて骨、皮膚、神経、臓器を形成します。
3Dプリンティング技術の多くはプラスチック、コンクリート、金属といった「硬い」材料を扱ってきました。
細胞の様に「柔らかい」材料を扱う3Dプリンターは、細胞を積み重ねても、時間が経つと形が崩れてしまう困難を抱えていました。
バイオ3Dプリンターで形状を保つために、従来はコラーゲンやゲルといった人工的な物質を外部から付け足した素材が用いられていました。
造形できる形の自由度は高いですが、再生能力や安全性の問題が指摘されていました。
株式会社サイフューズのバイオ3Dプリンターはステンレス針を剣山の様に並び立て、そこにスフェロイド(患者由来の細胞を培養した塊)を刺し、積み上げる事で立体構造を出力できます。
この技術は佐賀大学中山教授と澁谷工業株式会社によって共同開発されました。
剣山の針1本1本を正確に画像認識して、均質な規格で作られた柔らかいスフェロイドを正確に針に積み上げ配置する。圧巻の技術力です。
京都大学医学部附属病院、佐賀大学、株式会社サイフューズはバイオ3Dプリンターを用いた再生医療の共同研究を進めてきました。
細胞のみで作製した神経をラットやイヌをモデルとする神経損傷に移植することで、人工神経より良好で自家神経移植に遜色ない結果を得てきました。
2020年11月から、ヒトの末梢神経損傷を対象とし、3Dプリントされた神経細胞を移植し、その安全性と有効性を検討する医師主導の治験が行われました。
末梢神経は包丁やナイフによる切り傷、事故による前腕骨折や機械に手を挟んで筋肉と同時に損傷するなど、日常に潜む些細な動作で、損傷する可能性があります。
末梢神経障害の患者さんは国内だけでも数十万人いるといわれています。
感覚障害が残り、思う様に手が動かせなくなることで仕事に復帰できなくなってしまう人もいる様です。
末梢神経損傷に対する治療には、患者さんの健康な部分の神経を犠牲にして移植する自家神経移植が主流でした。
自家神経を犠牲にしてしまう事から、人工神経の開発も行われてきましたが、人工神経には細胞成分が多く含まれておらず、神経細胞の再生は自家神経移植より良好な結果を得られていませんでした。
バイオ3Dプリンターは患者さん自らの細胞を培養して、その培養細胞から患部の形状や機能に合わせた細胞を形作ることができます。
今回行われた知見では、患者さんの腹部の皮膚を用いて、皮膚組織由来の細胞を培養し、株式会社サイフューズの開発した臨床用バイオ3Dプリンターを用いて治験製品(3Dプリントされた神経細胞)を製造しました。
3名の患者さんに3Dプリントされた神経細胞を移植し、移植後12ヶ月まで観察が行われました。
結果、3名の患者さん全員が知覚神経の回復を認め、機能的にも良好な回復を認めているようです。
また、気になる後遺症や副作用に関しても、3名の患者さん全員が副作用や問題になる合併症を発生することなく、安全性及び有効性が確認できました。
患者さん由来の細胞のみで3Dプリントされた神経細胞は放出されるサイトカイン(再生を促す因子とされるタンパク質)や新たな血管が生み出される生理的機能が多く含まれている事によって、良好な神経回路の再構築が行われたと考えられています。
この世界初の成果によって、末梢神経の損傷の患者さんにとっては新たな優秀な治療の選択肢が1つ増えたことになります。
今後、バイオ3Dプリンターの応用研究、臨床実験と治験が進むことで、神経だけではなく、皮膚、血管、骨、臓器、あらゆる領域の再生・細胞医療に革命を起こす期待が高まりました。
ひょっとしたらヒトが自己再生能力を獲得するのも遠くない未来なのかもしれません。
参考文献
三次元神経導管移植の医師主導治験の結果 https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/press/20230424.html バイオ 3D プリンタが描く創薬研究および再生医療の未来(PDF) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpstj/78/6/78_275/_pdf/-char/ja 3D プリンターで ロケットエンジンを作る(PDF) https://www.ihi.co.jp/technology/sdgs/topic04/pdf/1d20a032eefedbc40d3508783ea37775.pdf 建設用3Dプリンター活用による 建設の未来像とその課題について(PDF) https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2210_01startup/230127/startup07_0102.pdf元論文
Nerve regeneration using the Bio 3D nerve conduit fabricated with spheroids https://link.springer.com/article/10.1007/s10047-022-01358-9