飲むタイプです。
ファイザー社は6月23日に同社が開発した12歳以上を対象にした重度円形脱毛症治療薬「リトフロ」が経口薬としてFDA(米国食品医薬品局)の承認を受けたと発表しました。
重度円形脱毛症の治療薬としてFDAの承認を受けたのは、イーライリリー社が開発したオルミエントに続き2番目となります。
また対象年齢は12歳以上となっており、青少年をはじめ円形脱毛症で苦しむ多くの人々を救う手段になると期待されます。
今回は円形脱毛症が起こるメカニズムを解説しつつ、リトフロの効果やどのような仕組みで治療を行うかを紹介していきたいと思います。
発表内容は『THE LANCET』に掲載された研究をもとに、2023年6月23日にファイザー社のプレスリリースにて公開されています。
目次
- 円形脱毛症が進行すると髪だけでなく全身の毛が失われてしまう
- 円形脱毛症は自己免疫疾患の一種だった
円形脱毛症が進行すると髪だけでなく全身の毛が失われてしまう
円形脱毛症は古くから知られている症状であり、古代の文献にも現在の円形脱毛症に似た症状についての記述が存在します。
たとえば平安時代の文献では鬼によって頭が舐められたあとという意味で「鬼舐頭(きしとう)」と言われていました。
また一般にAGAとして知られる男性型脱毛症の多くが成人男性にみられる一方で、円形脱毛症の発症率に男女差はなく、生涯を通した発病率は1.7%ほどと言われています。
症状の初期段階では、前触れなしに頭髪に円形の脱毛部分が発生することから俗に「10円ハゲ」とも言われます。
60%の人々は初期段階の間に自然治癒が行われ、抜け落ちた髪も戻ってきます。
しかし症状が進行すると、脱毛カ所が増えたり脱毛部分の拡大が起こり、やがて脱毛が頭皮全体に及ぶようになります。
さらに症状が進むと、脱毛部分が頭部から下方に拡大し、眉毛やヒゲ、胸毛、陰毛、すね毛など、あらゆる体毛が抜け落ちてしまいます。
こうなると全身から毛がなくなってしまうためもはや円形と言えなくなるかもしれませんが、実際は体の各所に無数の円形脱毛が発生し、全身に広がった状態となっています。
円形脱毛症は自己免疫疾患の一種だった
不幸中の幸いとして、脱毛が全身に及んだとしても、健康上の問題は発生せず、命に影響を与えるような事態になることはほとんどありません。
ただ全身の毛の喪失は容貌に大きな影響を与え、心理的な問題に及ぶことがあります。
また近年に至るまで円形脱毛症に対して有効な治療薬は存在していませんでした。
開発が遅れた理由は、円形脱毛症の本質が厄介な「自己免疫疾患」にあったからです。
自己免疫疾患は体の免疫システムが誤って自分の体を攻撃してしまう症状で、関節が攻撃対象になれば関節リュウマチ、大腸が攻撃対象になれば潰瘍性大腸炎が起こります。
円形脱毛症の場合、免疫システムの攻撃対象となるのは毛が作られる「毛包」です。
似た言葉では「毛根」のほうが有名ですが、毛包は毛根を皮膚の中で包んでいる部分となっています。
この毛包が免疫システムから攻撃を受けると、組織の萎縮を起こして毛を作り続けるのが困難になってしまいます。
そのため円形脱毛症を直接的に治療するには、免疫システムの暴走を食い止める必要があります。
リトフロではそのために2つの酵素(ヤヌスキナーゼとTECファミリーチロシンキナーゼ)の働きを邪魔する成分(キナーゼ阻害薬)を含んでいます。
この2つの酵素の働きが邪魔されると、免疫細胞「T細胞」の暴走による「過剰な炎症」や「過剰な細胞殺し」が中断され、毛包が攻撃されるのを防ぐことができます。
つまりリトフロは正常な免疫システムの働きを維持しつつ、免疫の毛包に対する暴走を抑えてくれる免疫抑制剤としての側面を持っていると言えるでしょう。
リトフロに先行する形で承認され似たような機能を持つオルミエントには、新型コロナウイルスが原因で起こる免疫の暴走で肺が傷つくのを防止するために有効であったことが知られています。
リトフロもオルミエントも本質が免疫機能の抑制であるため、大量に接種すると体の免疫力が低下し、重篤な感染症にかかりやすくなってしまいます。
しかし適量を飲むことで免疫による毛包への攻撃を食い止め、円形脱毛症を治療することができるのです。
重度円形脱毛症の718人を対象とした臨床試験では、リトフロを6カ月にわたり飲み続けた患者たちのうち26%が、頭髪の80%が戻ってきたことがわかりました。
一方でプラセボだけを6カ月飲み続けた患者たちのうち、同様の回復がみられたのは1.6%のみでした。
この結果は、リトフロがプラセボより圧倒的に優れていることを示しています。
(※プラセボで回復した1.6%の患者については詳しいことは不明です。ただ円形脱毛症が全頭に及んだ女性では、無治療にもかかわらず短期間で自然治癒する特殊なケースも知られています)
ファイザー社は現在、欧州医薬品庁(EMA)などの承認作業を進めているとのこと。
円形脱毛症の治療薬の出現は、自己免疫疾患に対して人類の医学が一定の成功を収めていることを示しています。
もしかしたら未来の世界ではリュウマチのような自己免疫疾患の多くは、市販薬で治療できるようになっているかもしれませんね。
参考文献
FDA Approves Pfizer’s LITFULO™ (Ritlecitinib) for Adults and Adolescents With Severe Alopecia Areata https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/fda-approves-pfizers-litfulotm-ritlecitinib-adults-and#:~:text=NEW%20YORK%2D%2D(BUSINESS%20WIRE,older%20with%20severe%20alopecia%20areata.元論文
Efficacy and safety of ritlecitinib in adults and adolescents with alopecia areata: a randomised, double-blind, multicentre, phase 2b–3 trial https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2823%2900222-2/fulltext