頭蓋骨を振動させて聴覚神経に音声や音楽を伝える「骨伝導ヘッドホン」は、耳を塞がないため、周囲の音も同時に聞き取ることができます。
しかし騒音環境では、耳を塞ぐタイプのイヤホンやヘッドホンに比べて、音声を正確に聞き取りにくいというデメリットがあります。
そこで北陸先端科学技術大学院大学に所属する鵜木祐史氏ら研究チームは、骨伝導ヘッドホンの音声を聞き取りにくい原因を突き止め、そのデメリットを補償する新たな骨伝導ヘッドホンの技術を開発しました。
新たな骨伝導ヘッドホン技術では、騒音環境でも明瞭かつ正確に音声を聞き取ることができます。
研究の詳細は、2023年3月29日付の科学誌『Applied Acoustics』に掲載されました。
目次
- 骨伝導ヘッドホンのデメリット
- 高域を強調する骨伝導ヘッドホン技術がデメリットを解消する
骨伝導ヘッドホンのデメリット
私たちは主に2つの音を聞き取れます。
1つは、空気の振動が鼓膜に伝わる「気導音」であり、もう1つは、頭蓋骨の振動が直接聴覚神経に伝わる「骨導音」です。
私たちが普段外から聞いている音は気導音ですが、自分の声は気導音と骨導音の両方を聞いています。
自分の声の録音を聞くと違和感を覚えるのは、普段とは異なり気導音だけで自分の声を聞くからです。
ちなみに耳を塞いで声を発するなら、骨導音だけで自分の声を聞くことができます。
そしてこの骨導音を利用したヘッドホンが、一般に「骨伝導ヘッドホン」と呼ばれています。
骨伝導ヘッドホンは主に2つの振動によって、音を伝えています。
1つは側頭部の骨や軟組織が振動する「側頭部振動(RT)」です。
もう1つは、頭部の振動が外耳道内に空気振動として漏れ出る「外耳道内放射音(EC)」です。
いずれも耳を塞がずに音を聞けるため、従来の耳を塞ぐタイプのイヤホンやヘッドホンにはないメリットをもたらします。
例えば、野外でジョギングする際には周囲の音を聞くことで事故リスクを低減できます。
また耳や耳穴を圧迫しないので長時間使用しても疲れにくいというメリットもあります。
しかしながら、骨伝導ヘッドホンには「音声了解度(単語や文章がどれだけ正確に伝わるかを示す値)が低い」というデメリットもあります。
静かな環境では特に気にならないかもしれませんが、電車内や交通量の多い場所、風が強い日などの騒音環境では、音声了解度が著しく低下してしまうのです。
実際に「うるさい場所ではよく聞こえない」と感じている人も多いようです。
この時、一時的に耳を塞ぐなら音声了解度が向上しますが、これでは骨伝導ヘッドホンのメリットを打ち消してしまいます。
そのため、騒音環境でもよく聞こえる骨伝導ヘッドホンの開発が求められてきました。
高域を強調する骨伝導ヘッドホン技術がデメリットを解消する
今回の鵜木祐史氏ら研究チームは、骨伝導ヘッドホンの課題に取り組んでいます。
まず彼らは、骨伝導ヘッドホンが従来のヘッドホンやイヤホンに比べて音声了解度が低下する原因を探ることにしました。
骨導音の2つの振動(側頭部振動・外耳道内放射音)と気導音の伝達特性を比較したのです。
その結果、いずれの骨導音も、気導音に比べて高域成分が減衰していると分かりました。
このことから骨伝導ヘッドホンが騒音環境で聞こえにくい主な原因は、高域成分の減衰だと考えられます。
そこでチームは、骨伝導ヘッドホンに入力される音声信号の高域を事前に強調する技術を開発しました。
この研究では、骨導音の2つの振動(側頭部振動「RT」・外耳道内放射音「EC」)に対して、それぞれ2種類の強調処理(簡便な方法「FOE」と精密な方法「HOE」)が開発され、合計4種類「RT-FOE、RT-HOE、EC-FOE、EC-HOE」がテストされました。
実験では、男性の日本語母語話者10名(23~26歳)を対象に、音声データを流し、いくつかの騒音レベルで正しく単語を聞き取れるか試しました。
ちなみに音声データは、単語の馴染み深さの違いごとに4つのランク(Familiarity1~4)に分けられていました。
普段よく耳にする単語と滅多に耳にしない単語では、音声了解度が異なるからです。
そして実験の結果、騒音環境において、側頭部振動における2種類の強調処理(RT-FOE、RT-HOE)が音声了解度を効果的に改善すると分かりました。
つまり側頭部を振動させる際に高域を強調することで、騒音環境でもよく聞こえるようになるのです。
図表によると、雑音レベル55dBでは「強調無し(No empasis)」と強調ありで大きな違いが見られないものの、雑音レベルが上昇していくにつれ、側頭部振動の2種類の強調処理が強調無しを上回っているのが分かります。
65dB(掃除機の音レベル)では、強調無しの「馴染みのない単語(Familiarity1~2)」の音声了解度が特に低下していますが、強調処理があるとその部分が大きく上昇しています。
75dB(地下鉄の車内レベル)では、全体的に大きく低下した強調無しの音声了解度が、強調処理によってすべて上昇しているのが分かりますね。
この新しい技術の開発は、従来の骨伝導ヘッドホンのデメリットの1つを解消するものとなるでしょう。
そして既に、ウエストユニティス株式会社の産業用スマートグラスにこの技術が採用されています。
研究チームは今後、補聴技術への応用や、火災現場などの高騒音環境における拡張を行っていく予定です。
参考文献
骨を伝って音を聴く:騒音環境でも耳を塞がずに明瞭に音声を聴きとる技術の開発に成功 https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/06/14-1.html元論文
Methods for improving word intelligibility of bone-conducted speech by using bone-conduction headphones https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0003682X23001354#b0090