「常に外れる予測」と「常に当たる予測」はしばしば等価です。
米国のカリフォルニア大学(UC)で行われた研究により、ある特性を持った映画レビュワーの評価は、映画の売れ行きと高確率で逆になることが示されました。
研究では、前評判として彼らが酷評する映画は大当たりし、彼らが絶賛する映画は大失敗に終わる様子が示されています。
そのため研究者たちは、映画の一斉上映前に彼らが出す「前評判(レビュー)」を参考にすれば、映画の売り上げを予測することができると結論しています。
しかし、いったいなぜそんな器用に予想を外すレビューワーが存在するのでしょうか?
研究内容の詳細は『Marketing Letters』にて公開されています。
目次
- 失敗する新商品と失敗する映画を事前に知る方法がある
- 文章解析からみえてきた「予言者」の性格
- 常に外れるレビューから利益を得る
失敗する新商品と失敗する映画を事前に知る方法がある
映画を作る側の人々にとって映画の売れ行きは、ときに作品のクオリティー以上に重要な要素となります。
そのため映画業界は、さまざまな方法で映画の売れ行きを予測しようと努めてきました。
これまでの研究では、売れ行きの予測因子として、映画について述べられているウィキペディアの更新頻度や、同時期に上映される競合映画の存在が重要であることが判明しました。
しかしこれらは映画が一般公開された後に判明する要素であり、事前予測には使えません。
一方、小売業界においては古くから、発売後の新商品の売れ行きを占う、極めて有用な方法があることが知られていました。
それが、ある特定のインフルエンサーの存在です。
積み重ねられた検証は、あるインフルエンサーが真っ先に飛びついた商品はどういうわけか高確率で売れ残るようになり、商品として失敗に終わることが知られているのです。
そのため一部の小売業界ではこうしたインフルエンサーを「失敗の前兆者」と呼び、SNSで特定して自社の新ラインナップを彼らがどう評価するか、こっそりと調査しているといいます。
こうした存在のお陰で、企業は新商品が市場で大失敗するかどうかをあらかじめ予測し、生産量を調節して被害を最小限に抑えることができるのです。
ただこのような「失敗の前兆者」となる存在は小売業界だけに限られるのでしょうか?
もし「失敗の前兆者」が他の分野、たとえば映画業界にも存在する場合、彼らを特定することで、映画の興行収入を事前に予測しやすくなるかもしれません。
ただ問題は「失敗の前兆者」をどうやって見つけるかです。
そこで今回、カリフォルニア大学の研究者たちが着目したのは、映画レビュワーたちの存在でした。
現在多くの映画製作会社は一般公開を行う前に複数の映画レビュワーを招待し、レビュワーたちの評価を映画の前評判として発信してもらうことにしています。
以前の研究では映画レビュワーの全体的な評価の高さと映画の売上について若干の相関関係があることが報告されていましたが、小売業界にみられる「失敗の前兆者」のような存在は知られていませんでした。
そのため研究者たちは2015年から2019年の間に公開された448本の映画と、それら映画について一般公開前に書かれた2万9000件の映画レビューワーの評価を分析。
そして「①成功した映画に低評価を下していたレビュワー」と「②失敗した映画に高評価を下していたレビュワー」が存在するかを確かめました。
もし自分の書いたレビュー評価と映画の売り上げが常に正反対に陥ってしまう「絶対外す預言者」のようなレビュワーが存在するならば、彼らは映画業界における貴重な「失敗の前兆者」として期待できます。
そして研究者たちが調査を行ったところ、極めて優秀な「失敗の前兆者」が発見されました。
彼らが映画の一般公開前に発信した映画レビューが肯定的だった場合、高い確率で映画の初週売り上げは低調に陥いります。
また彼らのレビューが否定的なものだった場合、高い確率で映画の初週売り上げは好調なものになりました。
この結果は映画業界においても小売業界と似た「失敗の前兆者」が存在することを示しています。
しかしそうなると気になるのが、いったいどんな人物が「失敗の前兆者」の特性を持つかです。
文章解析からみえてきた「予言者」の性格
自分の評価と売り上げが正反対になってしまう人は、性格や人格に通常とは異なる何らかの要因が存在していると考えられます。
ただ多数にのぼる映画レビュワー1人1人の心理テストをするのは現実的ではありません。
そこで研究者たちは「失敗の前兆者」の特性を持つ映画レビューワーが書いたテキストに対して文章分析を実行し、他のレビュワーと文体や語法、性格特性に何らかの違いがあるかを調べてみました。
すると「失敗の前兆者」は普通のレビュワーに比べて、映画に対して分析的で形式的な書き方をしていたのに加え、「私」のような1人称の代名詞の使用頻度が低いことが判明します。
「分析的、形式的、1人称を使わない」で書かれる文章は個人の感想だという前提が隠されてしまい、絶対者や神の視点で語られがちになります。
そのような文章はしばしばレビューというより映画に対して審判を下す「判決」に近いものになり得ます。
また「失敗の前兆者」の一般大衆に対する態度を文面から分析したところ、大衆の意見を重要視せず、自分のレビュワーとしての能力に過度な自信を示す傾向がありました。
こう書くと、独りよがりかつ外れてばかりのレビューを書く「失敗の前兆者」は、あまり優秀なレビュワーではないように思えてきます。
しかし「失敗の前兆者」としての特性を持つレビュワーは、アマチュアから映画批評家の大家として知られるトップレビュワーまで広く存在していました。
豊富な知識と高い専門性、優れたセンスを持つ一流評論家の中にも「失敗の前兆者」がいるという事実は非常に興味深いと言えるでしょう。
またトップレビュワーかつ「失敗の前兆者」の特性を持つレビュワーの文章を解析したところ、高評価なレビューを書くときには他のレビュワーたちよりも、より多くの「副詞」が含まれているという特徴があることがわかりました。
※副詞は「ゆっくり」「はっきり」「とても」など、名詞以外の言葉や文章を修飾する言葉。
また低評価なレビューを書くときには、より一段と分析的にな文体になっていたことも判明します。
次のページでは、そんな「失敗の前兆者」が映画業界にもたらしてくれる、莫大な利益について解説したいと思います。
常に外れるレビューから利益を得る
今回の研究では映画業界が「失敗の前兆者」を使って利益を生み出す4つの方法が提言されています。
1つ目は、「失敗の前兆者」が書くレビューを調べれば(不幸にも彼らに好評だった場合)、映画の売り上げが悪くなりそうなのかを早い段階で特定することが可能になります。
レビューの多くは映画館での一斉上映前の前評判として公開されるため、上映日にあわせて映画の宣伝を追加で行わないなどの結論を下す材料になります。
2つ目は主に映画を上映する映画館にとっての利益です。
「失敗の前兆者」の反応を調べて映画の売り上げが見込めないと判断した場合、映画館は上映スクリーンを減らすなど、リスクに備えることができます。
3つ目はさらに有望で、映画作成の開始段階から「失敗の前兆者」の意見を聞きつつ「脚本」「キャスティング」「制作チーム」などを、彼らから最も低評価を受けるもので構築する方法です。
「失敗の前兆者」が酷評する脚本・キャスティング・制作チームによって作られた映画は高確率で、売れる映画になる可能性があります。
そして4つ目はレビュー担当者を雇用する企業に対する利益です。
レビューを書かせる会社としては、映画の売り上げがレビュー評価と一致していると信頼を得ることができます。
そのため「失敗の前兆者」を利用することができれば、雇用する「普通の」レビュワーたちに、売れそうな映画に肯定的なレビュー、売れなさそうな映画に否定的なレビューを書かせることで市場の評価と一致した共感を得やすいレビューを増やすことが可能になります。
ただどの方法でも最重要となるのは「失敗の前兆者」には何も変わらないまま映画レビュワーとして働き続けてもらう必要がある、という点です。
万一、自分が逆張り預言者として使われていることが知られてしまえば「失敗の前兆者」はレビューの書き方を「普通」に変えてしまい、予言効果がなくなってしまうかもしれません。
予言を外す預言者は、本人には不名誉なことですが業界にとってはとても貴重な人材になるのかもしれません。
参考文献
Can movie reviews predict box office success? https://phys.org/news/2023-06-movie-office-success.html元論文
What reviews foretell about opening weekend box office revenue: the harbinger of failure effect in the movie industry https://link.springer.com/article/10.1007/s11002-023-09665-8