エコノミークラス症候群(エコノミー症候群とも言われる)は、長時間同じ姿勢でいることで、血管の中に血の塊(血栓)ができる症状のことです。
この症状は飛行機のエコノミークラスに搭乗した状況が代表的であるため、このような呼ばれ方をしていますが、実際は同じ姿勢を長時間続けるところに問題があるため、寝たきりの状態の人などにも起きる可能性があります。
では、数カ月も同じ姿勢で眠り続ける「冬眠中のクマ」は、エコノミー症候群になったりしないのでしょうか?
デンマークのオーフス大学(Aarhus University)臨床医学部に所属するオーレ・フロバート氏ら研究チームは、冬眠中のクマには血小板の特定のタンパク質がほとんど見られず、これが冬眠中の血栓の発生を防止していると報告しました。
つまりクマはエコノミー症候群にならないのです。
これを応用するなら、血栓に関連する新しい治療法を開発できるかもしれません。
研究の詳細は、2023年4月13日付の科学誌『Science』に掲載されました。
目次
- クマは冬眠中でもエコノミー症候群にならない
- 冬眠中のクマに血栓ができない理由を解明
- 長期間動かない人間は「血栓が発生しにくい体」になっていた
クマは冬眠中でもエコノミー症候群にならない
静脈血栓塞栓症(じょうみゃくけっせんそくせんしょう)とは、足などの静脈に血栓が生じることで、静脈が詰まったり、その血栓が血流にのって肺の動脈で詰まったりする疾患です。
血の巡りが悪くなることが発症の原因の1つであり、長時間の飛行機移動などでそのリスクが高まります。
それゆえ、「エコノミークラス症候群」または「エコノミー症候群」とも呼ばれ、突然死のリスクとも関連すると考えられています。
しかし冬眠するクマは、数カ月間も同じ姿勢で眠り続けるにもかかわらず、エコノミー症候群になることはありません。
この時、クマの心拍数は1分間に10回であり、血の巡りが極端に悪い状態にあります。
それなのになぜ冬眠中のクマは長期間動かなくても、血管中に血栓が発生しないのでしょうか?
オーフス大学およびドイツの研究者グループは、13年以上も前から、クマがエコノミー症候群にならない理由を解明すべく、様々な研究を行ってきました。
ある時点でチームは、血栓の発生に関係する「血小板の粘着性」が、冬のクマでは低いことを発見。
そしてこの理由を解明するため、スウェーデンに生息する13頭のヒグマにGPS付きの首輪を装着し、季節ごとに血液サンプルを採取・比較しました。
冬眠中のクマに血栓ができない理由を解明
分析の結果、冬眠中のクマには「HSP47(Heat shock protein 47)」というタンパク質がほとんどないと分かりました。
HSP47は通常、骨や軟骨などの結合組織を構成する細胞に見られます。
加えて、血小板の表面を覆い、白血球の一種である「好中球」を引き付けて結合。血栓形成に関与する「網状構造」を作り出す働きがあるようです。
この「網」はタンパク質や病原体、細胞を閉じ込めて血栓を作り出すため、HSP47のレベルが高いと血栓が発生しやすくなります。
そして冬眠中のクマは、HSP47のレベルを活動期の約50分の1まで低下させることで、血の巡りが悪くても血栓が発生しないようにしていたのです。
しかもクマが活動期に戻ると、このHSP47のレベルは元に戻っていました。
この特性を人間にも適用するなら、静脈血栓塞栓症(エコノミー症候群)の新しい予防薬・治療薬を開発できるかもしれません。
次にチームは、血栓の発生とHSP47の関連を他の動物で確かめるため、HSP47を生成しないよう遺伝子操作したマウスを作り出しました。
その結果、このマウスでは血栓がほとんど発生しませんでした。
では、人間でも同様の効果が得られるのでしょうか?
長期間動かない人間は「血栓が発生しにくい体」になっていた
研究チームは、HSP47の効果を人間でも確かめるため、脊髄損傷で動けなくなった人間から血液サンプルを採取しました。
このような患者は体を動かさずに一生を過ごしますが、クマと同じように血栓が作られることはあまりありません。
そして分析の結果、彼らの予想通り、ヒト患者も冬眠中のクマのようにHSP47のレベルが低いと分かりました。
追加の検証として、チームが10人の健康なボランティアに27日間の絶対安静をお願いしたところ、HSP47のレベルは時間の経過と共に低下していきました。
これらの結果は、人間が長期間固定されると、体が自然にHSP47を低下させ、血栓の発生を防ぐことを示唆しています。
ただしこの適応はすぐに起こるわけではないため、事故で体が動かなくなった直後や、長時間の飛行機移動などでは、依然として静脈血栓塞栓症のリスクが高い状態にあります。
もしこの期間に意図的にHSP47の低下を引き起こせるなら、静脈血栓塞栓症の予防に役立つかもしれません。
研究チームは、「抗凝固薬は既にいくつかのタイプが存在しますが、HSP47の研究が進むなら、副作用の少ない抗凝固薬を開発できるかもしれない」と考えています。
血栓とは本来、怪我をしたときにその傷を塞ぐために形成されるものです。そのため血液の抗凝固薬があまり強すぎると、傷ができたとき塞がらないという問題を発生させてしまいます。
生物が冬眠などの長時間同じ姿勢を維持する状況のとき、自然と作られる血液の状態を再現することで、血栓の予防に繋げられるという今回の知見は、「血栓を予防しつつ、過剰な出血に繋がらない」理想的な抗凝固薬の開発に役立つ可能性があります。
実現まで遠いとしても期待して待つ価値はあるでしょう。
参考文献
Researchers decode the secret of bears in pursuit of new treatment against blood clots https://www.eurekalert.org/news-releases/986114 Hibernating bears don’t get blood clots. Now scientists know why https://www.sciencenews.org/article/hibernating-bears-blood-clots “Swiss Army knife”bears reveal anti-blood-clotting secret https://newatlas.com/medical/bears-anti-blood-clotting/元論文
Immobility-associated thromboprotection is conserved across mammalian species from bear to human https://www.science.org/doi/10.1126/science.abo5044?adobe_mc=MCMID%3D06860987270786958574277691414314916031%7CMCORGID%3D242B6472541199F70A4C98A6%2540AdobeOrg%7CTS%3D1681488320