”平たい顔のイヌ族”を初めて繁殖させたのは、古代ローマ人だったのかもしれません。
トルコ・イスタンブール大学(Istanbul University)、アタテュルク大学(Atatürk University)らの研究チームは今回、約2000年前の古代ローマ時代のトルコ遺跡から、平たい顔を持つ「短頭種」のイヌの頭蓋骨を発見したと報告しました。
短頭種とは、ブルドッグやパグのような犬種のことを指します。
科学的に確認されている短頭種の骨としては最古のものらしく、「古代ローマ人が平たい顔のイヌを最初に繁殖させた可能性がある」と研究者は話しています。
古代ローマはイヌに関する研究も盛んであり、犬種を分類し、目的に応じて交雑させ繁殖を行っていたと考えられています。
しかし、ブルドッグのような短頭種に関するローマ時代の記録は特に見つかっていないため、研究者たちは驚いているようです。
研究の詳細は、2023年3月23日付で科学雑誌『Journal of Archaeological Science』に掲載されました。
目次
- 古代ローマのイヌが3タイプに分けられた
- 短頭種の起源はどのイヌにある?
古代ローマのイヌが3タイプに分けられた
現在の定説によると、イヌの祖先は約2万〜4万年前にオオカミから進化したとされています。
人間の残した食糧を漁りに近寄ってきたオオカミの一群が、徐々に飼い慣らされてイヌになったという説が有力です。
それ以来、人の手による交雑が進み、多種多様な犬種が生み出されてきました。
特に、イヌを目的に合わせてシステマチックに繁殖させ、品種ごとの資質や機能を初めて記録したのは古代ローマ社会と言われています。
古代ローマの詩人ウェルギリウス(BC70〜BC29)の『農耕詩(Georgics)』によると、ローマ人はイヌを3種類に分けていました。
1つ目は大型で重量のある農業犬(Canis villaticus)、2つ目は速くて強い牧羊犬(Canis pastoralis)、3つ目は中型以上の猟犬や番犬(Canis venaticus)です。
ところが平たい顔の犬種については、当時のモザイク画やフレスコ画、彫刻、資料などを見ても残されていません。
ブルドッグのような犬種は、その名の通り雄牛(ブル)と戦うことが目的で作られたイヌです。顔を平たくすることで、大きな獲物に長く食らいつきやすくしたというのがその経緯です。
これは主に見世物の戦いが目的だったため、ローマ時代から短頭種を繁殖させていたとは考えられていませんでした。
短頭種というマズル(鼻先)の長さをもとにイヌを「短頭種・中頭種・長頭種」の3タイプに分けたのが、現在存在するほとんどの犬種が登場した19〜20世紀以降のことなので、特にローマ時代の短頭種の発見には、研究者たちも驚きを感じているようです。
最古の「短頭種」の骨を発見?
この骨の発見自体は、2007年のことでした。
研究チームは、トルコ西部にある古代ローマ時代の都市「トラレス(Tralleis)」の遺跡からイヌの頭蓋骨を発見したのです。
ただ、この骨は調査されないまま保管されていました。そして2021年になって本格的な分析が開始されたのです。
その結果、このイヌは現在のブルドックやパグ、シーズー、チャウチャウなどを代表とする平たい顔を持つ「短頭種」であることが判明したのです。
頭蓋骨を現代の短頭種と比較したところ、多くの点でフレンチブルドッグに最も似ていることが分かっています。
炭素年代測定では、およそ1942年から2118年前に亡くなったと示唆されました。
歯や他の骨の分析から、亡くなる前にやっと大人になったばかりで、体長はかなり小型だったようです。
また骨の状態が非常に良好で、飼い主によって大切に世話されていたことが分かりました。
実際、この頭蓋骨はある人物の遺体の側に埋葬されていたことから、その人が飼い主であり、主人が亡くなったときに一緒に埋められたと推測されています。
先ほど言ったように、ローマ時代のイヌの大半は農業や狩猟のために酷使されていたので、残された骨はどれも傷だらけなのが普通です。
研究者はこの発見を受けて、「科学的に確認されている短頭種の骨としては最も古いものであり、古代ローマ人が初めて平たい顔のイヌを繁殖した可能性がある」と指摘しました。
ただ、短頭種がこの時代に存在していなかったと考えられているわけではありません。
資料を少し調べてみれば、平たい顔の一種であるパグは紀元前600年頃にはすでに中国の宮廷で飼われていたと伝えられています。
しかし、これは科学的に検証されている事実ではなく、骨の発見がありそれを分析した結果報告ではありません。
特にローマ時代について、短頭種に関する明確な記録や発見の報告はあまりないため、今回の研究が貴重な発見であることには違いありません。
ではローマ人が短頭種を作り増やしたのかというと、これについても一口に「平たい顔」の犬種と限定できるわけではないため、短頭種のルーツについて考えると、それを一つに絞るのは困難です。
では、現時点で分かっている範囲で、短頭種の起源や繁殖した目的、短頭種であることのデメリットについて最後にまとめていきましょう。
短頭種の起源はどのイヌにある?
では、紀元前600年頃に中国にいたパグの祖先はどこにあるのかというと、それは約4000年前の大型の短頭種である「マスティフ」にあります。
特に、中国チベット高原を原産地とするチベタン・マスティフが祖先とされ、本種は数あるマスティフ種を生み出した原種の一つとされています。
このチベタン・マスティフが徐々に小型化し、中国に渡って愛玩犬として可愛がられたのがパグです。
他方で、マスティフの一種は古代ローマ時代に軍用犬や闘犬として活躍していた可能性も指摘されています。
トルコ遺跡で見つかったイヌの頭蓋骨はおそらく、このマスティフから繁殖させたものである可能性があります。
その後、マスティフはイギリスに渡り、先にも述べた通り雄牛(ブル)と闘わせるために改良されて「ブルドッグ」が誕生しました。
鼻先が短いので、その分噛みつく力が強くなり、闘いに有利だったのです。
杭につながれた雄牛に数頭のブルドッグを放つ「ブルベイティング(Bull Baiting=牛いじめ)」は、13〜19世紀のイギリスで見せ物として人気を博し、牛を倒したブルドッグの飼い主には賞金が支払われました。
しかし1835年頃に「残酷すぎる」という理由で禁止され、職を失ったブルドッグたちはショードッグとしてあちこちを旅するようになります。
そしてイギリスの織物職人が一緒にフランスに連れていったブルドッグが元となり、パグやテリアと交配して「フレンチブルドッグ」が誕生しました。
このフレンチブルドッグは、今回報告されたローマ時代のトルコの遺跡で見つかったイヌの特徴に最も近い犬種です。
短頭種には大きなデメリットがある
クシャッとした顔が愛らしい短頭種は現在、ペットとして非常に人気ですが、実はデメリットもあります。
それは鼻が短くなったことで呼吸器のトラブルが起きやすくなったことです。
イヌとして持つべき鼻の機能や構造を狭い空間に押し込まなければならないので、正常な呼吸が妨げられたり、イビキをかきやすくなったり、睡眠時に無呼吸を起こしやすくなりました。
それから酸素が不足して歯茎や舌が青くなったり、激しい運動で失神したり、呼吸がしづらいせいで暑熱への耐性も低く、熱中症になりやすいのです。
こうした問題を受けて、近年では短頭種を他の犬種と交配させ、呼吸のしやすい形態に変化させようという動きが世界的に広まっています。
今回の報告で、ローマ時代から確認される犬種であることが判明したとはいえ、現代の彼らは人間の娯楽のためにかなり苦労を背負う種族となってしまっています。
もしかしたら将来的に「平たい顔のイヌ」はいなくなるかもしれませんが、それも彼らの健康を思えばそれもやむなしでしょう。
参考文献
Early Romans may have been the first to breed flat-faced dogs https://phys.org/news/2023-04-early-romans-flat-faced-dogs.html The Romans Bred Lap Dogs With Squished Faces Like French Bulldogs https://www.iflscience.com/the-romans-bred-lap-dogs-with-squished-faces-like-french-bulldogs-68443元論文
Skull of a brachycephalic dog unearthed in the ancient city of Tralleis, Türkiye https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S2352409X2300144X