売上が伸びているように見せたいときには折れ線グラフや点グラフ、ウイルス感染者が減っているように見せたいときには棒グラフを使うといいようです。
英国のロンドン大学(University of London)で行われた心理学実験により、グラフの形式を折れ線グラフや点グラフから棒グラフに変えるだけで、将来の予測数値が低くなることが示されました。
この不思議な心理トリックは、グラフ形式によって同じデータでも売り上げ予測や感染者数の変動予測の印象を変えることができる可能性を示唆しています。
しかし、なぜ棒グラフには、予測数値を下方修正させる心理効果があったのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年1月10日に『International Journal of Forecasting』にて公開されました。
目次
- グラフ形式が変わるだけでトレンドの解釈も予測も変わってしまう
- データを改ざんしなくても、今後の予測値を操作できる
グラフ形式が変わるだけでトレンドの解釈も予測も変わってしまう
グラフ形式がトレンド解釈に影響を与えていた
現在世界中の多くの機関が、新型コロナウイルスの感染者数の推移をグラフで提供しています。
グラフには特定の傾向がある数値変化(トレンド)を「見える化」する効果があり、過去の状況変化を理解しやすくするだけでなく、未来の予測を立てやすくしてくれます。
実際、多くの人が新型コロナウイルス感染者数を示したグラフから、「第〇〇波に入ったな」あるいは「ピークは過ぎたな」とトレンド変化を予測したことがあるでしょう。
過去に行われた研究でも、数値を並べた表に比べてグラフを使った「見える化」を行ったほうが、トレンドの予測精度が向上することが示されています。
しかしグラフによるデータの「見える化」は決して万能ではなく、時にはバイアス(偏り)となって私たちの判断を狂わせます。
実際、同じ研究でトレンドが存在しない数値変化を無理にグラフ化すると、人々の予測精度が低下(誤ったトレンドに導かれて)してしまうことが示されています。
また以前に行われた研究では、データが棒グラフで示されている場合、他のグラフ形式に比べて、人々はx軸とy軸に使われている2つの変数(時間と売上など)への注目度が有意に上昇し、他の変数への注意が明らかに低下することが示されました。
(※為替レートや製品のクオリティー変化など他の変数は無視されるようになりました)
さらに急激な数値変化が起こっている様子をグラフにした場合、人々は折れ線グラフよりも棒グラフのほうが、よりトレンド変化が鮮明にみえることが示されました。
(※折れ線グラフを使った場合、同じ変化でも「トレンド変化」とみなされるには棒グラフよりもさらに激しい数値変化が必要でした)
一方、折れ線グラフにはデータの連続性を強調する効果が強く、観測地が2つしかないグラフでも、人々は変化がより連続的(トレンドが同じ)であると見なしていたことが明らかになりました。
つまりデータを線で連結している折れ線グラフにはトレンドが継続しているような印象を強め、データを分断して表示する棒グラフの場合はトレンドが変化しているような印象を強めていたのです。
この結果は、グラフ形式の違いが人間の心理に影響を与え、同じ数値変化に異なる印象を発生させていることを示しています。
しかし既存の研究の多くはグラフ形式がトレンドの印象に与える影響を調べたものがほとんどで、将来の予測数値に与える影響は、あまり調査されていませんでした。
そこで今回、ロンドン大学の研究者たちは現実世界で最もよく使用されている「折れ線グラフ」「点グラフ」「棒グラフ」の3種類を比較し、グラフ形式が未来の予測値に与える影響を調べることにしました。
もしグラフ形式によって将来の売り上げ予測やウイルス感染者数の予測に大きな違いがある場合、多くの個人や企業に影響を与えることになるでしょう。
しかしグラフの形式を変えるだけで、そんなに将来の予測は変わるのでしょうか?
結論から言えば「棒グラフ」には、かなり奇妙な特性があることが判明します。
「棒グラフ」には予測値を低下させる効果が存在した
グラフ形式を変えるだけで人々の予測が楽観的になったり悲観的になったりするのか?
謎を解明すべく研究者たちは4000人の被験者を集め、架空会社の過去50週間の売上を記した3種類のグラフ(折れ線グラフ、点グラフ、棒グラフ)のうち1つを提示して、今後8週間の売り上げ予測値を答えてもらうことにしました。
最初の実験では上の図のように、架空会社の業績が上がり調子の様子のときの予測が行われました。
この場合、被験者たちの多くは、今後も売り上げが伸びるであろうと予測し、グラフに予測値の継ぎ足しを行っていきました。
すると興味深いことに、棒グラフを渡された被験者たちは、折れ線グラフや点グラフを渡された被験者たちに比べて、予測される今後の上り幅に、より小さな数値を答える傾向があると判明します。
同様の傾向は下がり調子の場合でも見受けられ、棒グラフを渡された被験者たちは今後の売り上げが、折れ線グラフや点グラフを渡されたときよりも、少なくなるという悲観的な予測をしました。
また予測が行われる未来への距離が長くなるにつれて、この差は大きくなっていきました。
この結果は、棒グラフには将来の予測される数値をより低いものに感じさせる効果(バイアス)があることを示します。
しかしそうなると気になるのが、その理由です。
なぜ棒グラフを使った場合は他のグラフに比べて、y軸の数値を下げる予測になるのでしょうか?
答えを得るため研究者たちがまず目を付けたのが、棒グラフの色合いでした。
棒グラフの棒部分には通常、何らかの色がついています。これが人々のグラフに対する印象に影響を与えているのではないか、と研究チームは考えたのです。
そこで研究者たちは棒グラフの棒部分の色合いを薄いものと濃いものに変えて調査してみました。
しかし棒の色合いを変えても、予測数値を下方へ印象付ける影響に変わりはありませんでした。
そこで次に研究者たちは、下の図のように、棒部分が下からせり出てくるのではなく、上から垂れ下がるように配置した棒グラフを使って調査を行いました。
すると今度は予測数値がこれまでと異なる変化が見られました。
下に伸びるグラフに対しては、将来の予測もより下に伸びていくと予測するような兆候が見られたのです。
ただ、この実験では完全にバイアスが逆転したと言えるほど決定的な変化は確認できませんでした。
しかしこの結果は、棒グラフだと何かが、予測値の下方修正を起こしている可能性を示します。
現在のところ正確な因果関係は示されていませんが、研究者たちはグラフの特性について次のような予測をしています。
1つは折れ線グラフや点グラフに比べて、棒のほうが視覚的な存在感が強いこと。
もう1つは、多くの人が点の散布から最適な線を予測する教育的訓練を受けているのに対して、棒ではそれがしづらいことです。
こうした特性が、棒グラフのときだけ予想を下方へ向ける印象に関連している可能性があります。
理由はまだ不明ですが、棒グラフが持つこの特性は、プレゼンなどを行う人には役立つ知識となるかもしれません。
データを改ざんしなくても、今後の予測値を操作できる
今回の研究により、同じデータでもグラフ形式を変えるだけで現在のトレンドに対する解釈や今後の予測値に影響を与えられることが示されました。
このグラフの特性を利用すれば、プレゼンなどの際にある程度自分の望む形でデータを解釈してもらうことが可能になるでしょう。
たとえば、ファンドマネージャーが過去の自分の業績を示す際、棒フラフを使用すると将来予測される収益を、過小評価して予想されてしまうリスクが高まります。
逆にこの場合は折れ線グラフを使う方が適切と言えるでしょう。
一方、ウイルス感染者数や事故件数などでは、折れ線グラフではなく棒グラフを使用することで、今後の変化について減少傾向に向かうだろうという楽観的な印象を与えるが可能になります。
データ分析の専門家ならば、こうしたまやかしを多少は回避できるかもしれませんが、グラフから受ける総合的な印象そのものから逃れることはできません。
研究者たちは今後、人々にデータを正確に「見える化」できるようなグラフ形式を探求する必要があると述べています。
行政の報告で誤魔化されてしまうのは困りますが、ビジネスの現場でなるべく有利なプレゼンをしたいというときには、これは知っておくと便利な知識になるかもしれません。
参考文献
New study suggests that when forecasting trends, reading a bar chart versus a line graph biases our judgement. https://www.city.ac.uk/news-and-events/news/2023/01/new-study-suggests-forecasting-trends-bar-chart-versus-line-graph-biases-judgement元論文
Bars, lines and points: The effect of graph format on judgmental forecasting https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0169207022001467