やはりタマタマは冷やしたほうがいいようです。
日本の基礎生物学研究所らの研究は、精子が作られなくなる精巣の温度とメカニズをマウスを用いた実験から説明しています。
研究ではマウス精巣の温度が34℃のときには精子が順調に形成されるものの、35~36℃になると精子の成熟が妨害され始めることが示されています。
さらに37~38℃になると細胞内部に異常な染色体が形成され、精子になる前に「細胞死(アポトーシス)」によって排除されてしまうようです。
どうやら高温は完成した精子そのものをダメにするだけでなく、精子の製造過程にもトラブルを起こしていたようです。
しかし、なぜ精子はこんなにも温度に弱いのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年5月26日付で『Communications Biology』にて公開されています。
目次
- 高温で精子ができなくなるメカニズムが判明!
- 精子を作る過程では正常なDNAがブツ切りにされている
- わずか1~2℃の温度変化でも精子生産は妨害される
高温で精子ができなくなるメカニズムが判明!

哺乳類のオスの多くにとって「陰嚢」は弱点になっています。
陰嚢は精子を生産するための内蔵であり、本来なら体内に存在していることが理想です。それが体外に飛び出しているため、弱点となってしまっているのです。
ではなぜ陰嚢は体外に配置されているのでしょうか?
最大の理由は、精子の製造や貯蔵が、体温よりも低い温度でなければ上手くできないからです。
そのため哺乳類のオスの多くは陰嚢を外気に晒すような位置に配置し、熱さましを行っているのです。
目だった陰嚢が存在しないイルカですら、精巣に向かう動脈の周りを冷えた静脈で取り囲む構造をしており、熱さましに余念がありません。
しかし高温が精子生産をどのようにして邪魔するのかは、詳しくわかっていませんでした。
そこで、基礎生物学研究所の研究者たちは、生後4日目のオスマウスから精巣を摘出し、厳密に温度管理された体外環境で培養することにしました。
すると、精子製造過程の複数の段階で、高温が悪影響を与えていることが判明します。
例えば37~38℃で精母細胞での減数分裂の進行が邪魔され、36~37℃では減数分裂の完了が邪魔され、35~36℃では精子細胞の成熟が妨害されました。
これらの結果は、精子形成の各過程が1~2℃の変動でも大きな影響を受けることを示します。

特に37~38℃になると精子生成において必須となる細胞分裂(減数分裂)時に、極めて重大な染色体異常が発生することが判明します。
精巣が体の深部温度に近い37~38℃に熱せられると、精母細胞において染色体の対合(ペア形成)ができなくなったり、間違った複数の染色体と対合してしまった枝状の染色体が現れる様子が確認されました。
そして異常な染色体をもった細胞は、体内のチェック機能によって「修正不能なエラーを抱えた失敗作」と認識され「細胞死(アポトーシス)」が命じられていました。
つまり、高温は精子の元となる細胞で染色体異常の原因となっていたのです。
しかし、いったいどんな仕組みで染色体異常が起きていたのでしょうか?
答えは生物進化も絡んだ「遺伝仕組み変えの本質」にかかわる部分にありました。
精子を作る過程では正常なDNAがブツ切りにされている

どんな仕組みが染色体異常の根底にあるのか?
答えは精子生成過程で起こる積極的なDNA損傷にありました。
通常、生物にとってDNAの損傷は歓迎されません。
しかし精子が作られる過程で起こる細胞分裂(減数分裂)時には、DNAが自然にブツ切りにされた後に、修復されるという興味深い現象が起こります。
(※DNAのブツ切りは一般にDSB(DNA二本鎖切断)と呼ばれています)
わざわざ修復する必要があるのに、あえてブツ切りにするのは奇妙にも思えますが、この過程は遺伝子の自然な組み換えにとって非常に重要となっています。
例えば切られたDNAが父親由来の場合、修復には母親由来のDNAが修復のための鋳型として使われるからです。
(※逆に切られたDNAが母親由来の場合は父親由来のDNAが修復のための鋳型として使われます)
このようなDNA修復が行われると、元々の染色体にペアとなる染色体の配列が上書きされ「組み換え」が生じます。
つまり古典的な品種改良などで利用される自然な遺伝子組み換え現象は、DNA修復機能を利用したものと言えるでしょう。
生物にとってDNA修復機能は減数分裂機能より古い歴史を持っていたのです。

そしてこのDNA修復機能(組み換え)が上手くいかない場合には、精巣を温めたときと同じように、ペアとなる染色体と対合できなかったり、間違った相手との対合が起こることが知られています。
(※研究では温度の上昇により修復する必要のあるDNAのブツ切り(DBS)が多くなっている可能性も示されています)
そのため研究者たちは、高温になった精母細胞では発生したDNAのブツ切り(DBS)に対して修復機能(組み換え機能)が追い付かなくなり、細胞死(アポトーシス)を迎えることが、精子ができなくなる要因であると結論しています。
つまり精巣が温度に敏感だったのは、精母細胞のDNA修復機能(組み換え)が温度に敏感だったからと言えるでしょう。
わずか1~2℃の温度変化でも精子生産は妨害される

この研究により、わずかな温度変化で精子形成に必要な細胞分裂(減数分裂)に異常が起こることが示されました。
正常な精子形成が34℃で問題なく進む一方で、わずか数度上昇して37~38℃になるだけで染色体異常が発生し、精子になる前に細胞死(アポトーシス)を起こしていました。
温度による妨害は他の過程でも起きており、1~2℃高いだけの35~36℃でも丸い精子細胞が尻尾のはえた精子になるための成熟が妨害されました。
これらの結果は、精子形成過程のほぼ全域にわたり高温を避ける必要があることを示します。
研究者たちは、熱による減数分裂の失敗がどのような分子によって引き起こされていくかを調ることができれば、精子形成が低温で起こる根本的な理由や、男性の不妊治療に役立つと述べています。
参考文献
高温で精子が作られないメカニズムの解明に向けて前進
https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/seimei-sentankenkyu/20220525-2
元論文
Temperature sensitivity of DNA double-strand break repair underpins heat-induced meiotic failure in mouse spermatogenesis
https://www.nature.com/articles/s42003-022-03449-y
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
