ファシリティードッグとは?
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ファシリティードッグ(facility dogs)とはセラピードッグの一種です。そもそもセラピードッグとはアニマルセラピー(動物介在療法)の専門的なトレーニングを受けた犬のことで、必要とされている病院にアニマルコンパニオンとして常駐、もしくは常勤しています。
一方ファシリティードッグは、勤務地が固定されていないセラピードッグとは違い、加齢、病気、ケガなどによって引退するまで、固定された一ヶ所の場所に勤務を続けます。また、ファシリティードッグはセラピードッグよりも高度な能力と厳格な資格が求められているため、ファシリティードッグとして病院で働くには1~2年にわたって専門的な訓練を受ける必要があります。
その訓練の結果、ファシリティードッグはセラピードッグには求められていない”治療計画”への介入がとても重要な役割として期待されています。
ファシリティードッグの活動は単に患者さんと触れ合うだけでなく治療への介入、つまり治療に大きな影響を与えています。たとえば重い病気と闘っている子どもの中には、注射や点滴を嫌がる子もいます。しかし、ファシリティードッグが寄り添ってくれることで、苦い薬が飲めなくて泣いていた子が頑張って飲めるようになったという報告が寄せられています。
また大人でも辛い検査が、ファシリティードッグのおかげで鎮痛剤の量が少なくて済んだという報告もあります。このようにファシリティードッグはそれらの子どもたちに付き添って添い寝をしたり、手術室への移動に同行したりするなど、日中は病院に駐在して癒しと前向きな気持ちを与えています。
ファシリティードッグの大きな特色
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ファシリティードッグの大きな特色は、上記でも触れたように毎日同じ病院に勤務していることです。同じ場所に勤務をしながら、患者さんのニーズに合った活動を行っています。痛い検査や手術室への付き添い、リハビリの支援などを同じ場所の病院でしています。
つまり、いろいろな病院や施設を訪問する活動はしていません。いつも同じ病院にいて多くの時間を一緒に過ごせることが、入院して治療している子どもたちの励みとなっているのです。
ファシリティードッグの日本の歴史
日本では2010年1月からファシリティードッグの導入が行われ、静岡県こども動物病院へイングリッシュ・ゴールデン・レトリーバーの「ベイリー」が初着任しました。
ベイリーはオーストラリア生まれで、生後6ヶ月から2才まで、米国のハワイ州で専門的なトレーニングを受け、日本にやって来ました。その後2012年7月に神奈川県こども医療センターへ転任し、10才を迎える2017年12月まで勤務し引退します。
ベイリーの後任として2017年9月には、1才7ヶ月のゴールデン・レトリーバーの「アニー」が着任し、12月の引退を迎えるベイリーとともに少しの期間だけ2頭体制での勤務となりました。
2018年6月、ベイリーは”名誉ファシリティードッグ”の称号を受けます。ファシリティードッグ引退後は、無理のない範囲で、病院の図書館などで患者さんを癒すボランティア犬として余生を送っています。
この段階で日本では2頭のみのファシリティードッグでしたが、令和元年となる2019年8月1日より、東京都小児総合医療センターにラブラドル・レトリーバーの「アイビー」が導入されました。全国で3例目、都内でのファシリティードッグの導入は初めてとなっています。
セラピードッグとの違い
医療の現場で専門的な治療行為として行われる、動物を介した補助治療”動物介在療法”を常勤でできるのは、ファシリティードッグだけです。
ベイリーは、日本で初めてのファシリティードッグとして神奈川県立こども医療センターで勤務していました。最初は、青いハーネスを付けた1頭の白いゴールデン・レトリーバーが病院の廊下を歩いている姿は、あまり見慣れない不思議な光景でした。
しかしベイリーの姿に気づいた子どもや親たちは、”ベイリーだ~”と声を上げながら近づき、ベイリーはみんなに触られてとても満足そうな表情で、白いしっぽをいつもゆらゆらと動かしていました。そんなベイリーは、セラピードッグとは全く異なる役割を果たします。
両者には、次のような違いがあります。
1、セラピードッグは常勤ではないが、ファシリティードッグは1つの病院に毎日出勤する。
2、セラピードッグの多くは基本的なしつけを受けた家庭犬であるが、ファシリティードッグは専門的なトレーニングを受けた使役犬である。
3、セラピードッグをコントロールするハンドラーは飼い主であるケースが多いが、ファシリティードッグのハンドラーは専門的なトレーニングを受けた人である。
4、セラピードッグの役割は人を癒す動物介在活動であるのに対し、ファシリティードッグは患者さんを癒すだけでなく、医療行為に関わる分野まで活動範囲が広い。
このようにファシリティードッグには、セラピードッグとは全く異なる役割が期待されているのです。
初代ファシリティードッグ”ベイリー”について
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すでにファシリティードッグを引退しているベイリーですが、ベイリーの働きはとても大きいものでした。
そもそも日本第1号のファシリティードッグであるベイリーは、オーストラリア生まれハワイ育ちです。では、どのような経緯でベイリーが日本の病院に勤務するようになったのでしょうか?
ベイリーが日本に来ることになったのは、日本在住のアメリカン人・キンバリーさんが、息子のタイラーくんを小児ガンで亡くしたことがきっかけとなっています。
自分たちの経験を日本の子どもたちのために生かしたい!と考えたキンバリーさんは、タイラー基金、現在の”認定NPO法人シャイン・オン・キッズ”を設立します。
そして、小児ガンを患っている子どもたちのために何かしてあげたいと思った時、視察先のハワイの病院でファシリティードッグのタッカーに出会います。タッカーが育った施設でトレーニングを受けていたのがベイリーだったのです。
一方、日本初のファシリティードッグのハンドラーである森田優子さんは、小児科病棟で看護士として勤務しながら”どうしたら子どもたちを笑顔にしてあげられるだろうか・・”と苦悩していました。森田さんは当時の状況を次のように語っています。
「病院の中は、子どもたちにとって何ひとつ楽しみがないことに、自分の無力さを感じていました。特に長期入院している子どもの場合、発達が遅れてしまい・・。もし病院に動物がいたら、子どもたちも笑顔になるし、発達にもよい影響がでるだろうな~と考えていました。」
実際、毎日同じ病室とベッド、痛い注射や検査の繰り返しの日々は、子どもたちにとってツライ日々の連続です。耐えることができたとしても、必ず元気になって退院できるという保証
もありません。そんな子どもたちを笑顔にする、ベイリーのハンドラーとしての話が森田さんに参りこみます。
2009年、森田さんはハンドラーとして研修を受けるためにハワイへ行き、見事に英語での研修と試験をパスします。そして2週間後には合格を手にしてベイリーとともに日本へ帰国し、日本初のファシリティードッグが誕生しました。
ところが、ベイリーがハンドラー森田さんと共に日本に帰国しても、すぐに病院で常勤することはできませんでした。なぜなら、日本では病院に動物を入れるということが前代未聞だったからです。
そんなとき、唯一ファシリティードッグに興味を示してくれた静岡県立こども病院から、トライアルの依頼がきます。
まずは病棟にはいれずに、廊下でベイリーと触れ合いたい子どもだけが来ることから始まりました。その後、徐々に信頼が強まり、廊下からプレイルーム、ベッドサイド、そして最終的には添い寝までできるようになりました。
当初は週3日勤務のベイリーと森田さんでしたが、子どもたちが院長に”ベイリーは毎日必要なの!”と直訴することで週5日の勤務が認められ、正真正銘の常勤ファシリティードッグとなることができます。
ベイリーが勤務していた静岡県立こども病院では、白血病の診断のために骨髄に針を刺して血液を採取する骨髄穿刺(こつずいせんし)は、とても痛くてツライ検査である上、医師たちにとっても緊張を伴う検査のひとつですが、ベイリーはずっとそばにいることが認められていました。
しかし、この活動が認められるまでには多くの時間を必要としました。でも病院スタッフの方々の理解の上で、今ではファシリティードッグの必要性が多くの方に知られるようになっています。