はじめに


世界のハイブランドが集まる東京・表参道は、世界的な建築家の作品に触れられる場所です。それぞれの建築家はケヤキの並木道をどう受け止め、いかにデザインに反映させたのか。JR原宿駅と表参道交差点の間にある5つの建築から、5人の個性を読み解きましょう。

Text&Photo倉方俊輔(建築史家)


圧倒的な存在感 表参道ヒルズ/安藤忠雄氏


昭和初めから長く親しまれていた同潤会青山アパートの敷地に2006年に開業した「表参道ヒルズ」。端から端まで約270mと、表参道で圧倒的に大きな建物です。にもかかわらず、歩道から見て意外にも圧迫感がないのは、建物の高さを抑えたため。巨大な入り口を設けず、坂道に沿った路面店の連なりに見せているのも効いています。

設計したのは世界的建築家の安藤忠雄氏と森ビル。安藤氏のトレードマークである打ち放しコンクリート仕上げは、ここでは上の階の住居部分にのみ目立っています。通り沿いは穏やかな表情で、高さもケヤキに配慮しています。
安藤氏らしさは内部にあります。商業施設に必要な床面積を地面の下で確保し、地下3階から地上3階までの吹き抜けをつくりました。高さは約25mで、周囲をまわるスロープの総延長は約700m。ここだけが違う世界であるような存在感を、幾何学的なデザインでつくり出しています。
スロープの勾配は、ゆるやかな表参道の坂道とほぼ同じ。安藤氏は地権者との交渉も一手に引き受け、話し合いの中から、この立体街路のアイデアを得たと言います。抽象的で圧倒的な空間と、それを実現する人間力。建築家として野心的な才能とタッグを組み、世界各地に作品を実現させてきた秘訣を、散策しながら感じとってみてください。


◆表参道ヒルズ
住所:東京都渋谷区神宮前4-12-10

繊細で魅惑的 ルイ・ヴィトン表参道店/青木淳氏


「表参道ヒルズ」向かいの「ルイ・ヴィトン表参道店」は、2002年に完成しました。大阪に2020年に誕生した国内最大級の「ルイ・ヴィトン メゾン 大阪御堂筋店」も手掛けた建築家・青木淳氏の設計です。
中に入らなくても、魅惑的なのがこちらの外観。建物はさまざまな"箱"を積み重ねたような形で、創業者であるルイ・ヴィトンがトランク職人から出発したことに対応しています。表面を細やかに編んだ金属素材で覆っているのも、誠実な職人気質の表現です。

"箱"は何が中にあるのかを、透かし見せながらも隠しています。ガラスと金属それぞれに反射の具合が異なります。ケヤキ1本1本の枝振りを引き立てながら、本物とはまた別の美しい映り込みを通りを歩く人々に与えています。

どこか謎めいていて、繊細。建物の全体像が分かりやすい、というのとは逆の方向性です。「ケヤキ並木」や「ルイ・ヴィトン」あるいは「建築デザインの解説」といった全体的な言葉に収まりきらない魅力を、建築そのもので生み出しているのです。
複雑で知的で公共的、それが高級感につながっています。しかも、誘惑を忘れていません。分かりきらない感じがするから、こちらから求めたくなります。

青木氏はハイブランドだけでなく、公共建築の名手としても知られます。2つは一見すると対照的。それでも、ある時代で消費し尽くされてはいけない点では共通しています。

◆ルイ・ヴィトン表参道店
住所:東京都渋谷区神宮前5-7-5



生き生きした合理性 TOD’S 表参道ビル/伊東豊雄氏


2004年に完成した「TOD’S 表参道ビル」は、ケヤキの形をモチーフにしています。その形は単なる飾りではありません。外観に現れた打ち放しコンクリートの枝振りが、実際に建物を支えています。上に行くほど細くなっていくのは、支えなければならない重さが少なくなることからも合理的。しかも、下のショップより上の階のオフィスのほうが窓が広く、機能面も自然と適合しています。
コンピュータの発達によって、こうしたつくりも可能になりました。それを生かし、もっと生き生きした建築をつくり出したいと、設計者の伊東豊雄氏は願ったのです。

伊東氏は1970年代から、作風を変貌させながら時代を引っ張り、建築界に多大な影響を与えてきました。変わらないのは、自分自身の作品も含めた従来の建築のあり方を超え、真に現代にふさわしい建築を目指そうとする姿勢です。天に伸びる木々の形は、永遠の若々しさを象徴しているようにも思えます。

◆TOD’S 表参道ビル
住所:東京都渋谷区神宮前5-1-5

大胆で力強い 表参道けやきビル/團紀彦氏


「TOD’S 表参道ビル」の隣に立つ「表参道けやきビル(OMOTESANDO KEYAKI BLDG.)」は、同じケヤキでも"枝"ではなく、しっかりした"幹"を思わせます。「TOD’S 表参道ビル」の完成後、表参道からの小道にはさまれた角地に2014年に建ち上がりました。
打ち放しコンクリートの柱が見た目を決定づけ、実際に建物を支えています。これは「TOD’S 表参道ビル」と一緒です。ただし、あちらがツルッとした印象なのに対して、こちらはザラッとしています。杉板を型枠に用いて木目を表した17本のV字型断面の柱が、ねじれながら立ち上がっていくさまは、やはり力強い"幹"のようです。

設計者の團紀彦氏が、隣の作品に敬意を表して共通点と違いにバランスを持たせ、互いが引き立て合う関係を絶妙にデザインしたことがわかります。その奥には、すでにある環境の中に繊細かつ大胆に入り込んで、社会の風景の一部となる建築をつくりたいという團氏の考え方があります。
そうした姿勢が、絶景の湖に設計した「日月潭向山風景管理処(向山ビジターセンター)」(2010年)によって、台湾を代表する建築賞を外国人として初めて受賞するといった幅広い活躍を生んでいるのです。


◆表参道けやきビル
住所:東京都渋谷区神宮前5-1-3

変化する表情 ONE表参道/隈研吾氏


最後は「ONE表参道」へ。隈研吾氏の設計で、2003年に完成しました。ここまで紹介した作品もケヤキが意識されてきましたが、その扱いは建築的にひとひねりしていました。それに対して、こちらは木の使い方が直接的です。
3階より上の外観に、カラマツ集成材のルーバーが60cm間隔で配置されています。建物の一部として構造を支え、防火の性能も満たしています。隈氏はその仕組みから新たに考え、見る角度によって変化する、他にない表情を表参道にもたらしました。
1・2階は束縛しない店舗デザインで無理が無く、木のルーバーがそれらを引き立てながら、ケヤキ並木のような変わらない落ち着きを与えています。

隈氏はチャレンジ精神と共に、建築はものを介して協働する社会的な事業であると、冷静に認識しています。この建物が完成した頃から、さまざまな場で引っ張りだこになります。その秘訣が垣間見えるようです。

◆ONE表参道
住所:東京都港区北青山3丁目5-29

おわりに


建築はそれぞれが違う場所に建ちます。一流の建築家は自分なりに、周囲の環境を取り込むすべを持っています。言われた通りに、どこでも同じものをつくるのとは少し違います。そんな予期しない解答が、自身の価値を長続きさせることを、特に海外のハイブランドは理解しています。表参道は国内にいながら、それが分かる貴重な場所です。ぜひ楽しく歩いて、建築にも注目してみてください。
◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。日本最大の建築公開イベントである「イケフェス大阪」実行委員、品川区で建築公開を実施する「東京建築アクセスポイント」理事などを務める。




情報提供元: 旅色プラス