IGBTにおける電力損失は、IGBTがオン状態の際の電力損失(以下、導通損失)を低減させると、スイッチング損失が増えるというトレードオフの関係にあり、その改善が求められている。ゲート電極を3つ有する新構造のシリコンIGBTと、それらのゲート電極のオン/オフを高精度に切り替えるゲート制御技術により、導通損失を増加させることなく、ゲート電極がひとつのみの従来のIGBTと比較してターンオン損失(*2)を50%、ターンオフ損失(*3)を28%(全体で最大40.5%)と大幅に低減することに成功した。
パワー半導体の電力損失低減によるエネルギー利用効率の高効率化はカーボンニュートラルのカギとなると言われている。中でも、IGBTは現在幅広い分野に使用されている主要なパワー半導体で、さらなる電力損失低減への期待が高まっている。今回開発した技術により、再生可能エネルギーシステムや電気自動車、鉄道、産業機器といったあらゆる電力機器に搭載される電力変換器の高効率化が見込める。
東芝は本技術の詳細を、5月30日から6月3日にかけてオンラインで開催されるパワー半導体国際学会「ISPSD2021」にて発表する。
電力を制御するパワー半導体は、電力エネルギーを“つくる”、“おくる”、“ためる”、“かしこくつかう”のあらゆる場面で使用され、安定した電源供給、省エネ化・省電力化に不可欠である。近年、カーボンニュートラルの実現に向けた電気自動車の普及や再生可能エネルギーによる発電量の増加などを背景にパワー半導体市場が拡大している。2020年10月には日本政府が「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、今後もさらなる市場の拡大が見込まれる。
同時に、電力変換時に発生する電力損失の低減によるさらなる高効率化のために、パワー半導体のさらなる性能改善が求められている。中でも高耐圧のパワー半導体であるIGBTは幅広い電気機器の電力変換器に搭載されており、IGBTの電力損失の低減は、エネルギー利用効率向上の面からもカーボンニュートラルの実現に大きく貢献する。
IGBTは素子内部の電子とホールの蓄積量を増加させることで導通損失を低減できるが、一方でスイッチング損失が増加してしまう。シリコンを材料とした従来のIGBTは過去30年にわたり、素子構造の改良による導通損失とスイッチング損失のトレードオフ改善が精力的に進められてきたが、近年は性能改善が飽和傾向にあることが課題となっている。
そこで東芝は、IGBT内のキャリアである電子とホールの蓄積量をゲート駆動回路側から自在に制御することで、スイッチング損失を大幅に低減できるトリプルゲートIGBTとゲート制御技術を開発した。
今回開発したトリプルゲートIGBTは、同一チップ内にメインゲート(以下、MG)、第1コントロールゲート(以下、CGp)、第2コントロールゲート(以下、CGs)の計3つのゲートを有し、それらを独立に駆動させることが特徴だ。ターンオン時はMG・ CGpに対してCGsを遅延させるようにゲートを制御することで、MG・ CGp・ CGsの3つのゲート電極が同時にオンになる。その結果、IGBT内に大量の電子とホールが高速に注入、蓄積されることで、スイッチング時間が高速化し、ターンオン損失を低減できる。
一方、ターンオフ時は、CGsはオフ状態としておき、MGに対してCGpを先にオフさせることで素子内部の電子とホールを減少させる。これにより、MGのオフするタイミング、すなわち、IGBTが完全にターンオフする時は電子とホールが高速に消滅し、ターンオフ損失を低減できる。
これらのトリプルゲートIGBTとゲート制御技術を組合わせることで、従来のIGBTに比べてターンオン・オフ損失をそれぞれ50%、28%削減し、全体のスイッチング損失において最大40.5%の削減を実現した。本技術により、性能改善が飽和傾向にあったシリコンIGBTの電力損失の大幅な削減が可能となり、電力変換器での電力損失の低減に大きく貢献できる。
*1 IGBT:Insulated Gate Bipolar Transistorの略。MOSFETをベース部に組み込んだバイポーラトランジスタのこと。
*2 スイッチがオフからオンに遷移する際に発生する電力損失
*3 スイッチがオンからオフに遷移する際に発生する電力損失