TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)
オットーサイクルエンジンを「ガソリンエンジン」として成立させた重要なデバイスのひとつが、1893年にウイルヘルム・マイバッハが考案した「気化器(キャブレター)」である。これによって、内燃機関は液体燃料での運用が可能になった。
長きに渡って自動車エンジン用燃料供給装置の主流の座に就いていた気化器だが、1970年代後半以降は、順次EFI(電子制御式燃料噴射装置)に切り替えられていく。目的は燃焼の改善による燃費性能の向上と、排気ガス規制への対応だ。さまざまな走行条件や環境条件下で排ガス規制に対応するには、常に三元触媒を最大限に機能させなければならない。そのためには、燃焼状態が特定条件から外れないよう、燃料供給量を緻密に制御する必要がある。気化器の機械・機構による制御では、その対応が困難だったのだ。
そして1990年代後半、再び世界的に強化されることになった排ガス規制へ対応するべく、新たな燃料供給機構が登場した。ディーゼルエンジンのように、シリンダー内部へ直接ガソリンを噴射する、通称「ガソリン直噴」方式である。
先駆者となった三菱自動車の4G93-GDI型エンジンは、リーン混合気での安定運用を目的に、成層燃焼(混合気全体の中に、空燃比の異なる部分が層状に存在する状態での燃焼)実用化の手段として直噴化に踏み切った。最大噴射圧力5Mpaのインジェクターによってシリンダー内に噴射された燃料は、特異な冠部形状を持つピストンの上昇で生じるタンブル流によって、空気と混ざりながら層を成していく。点火プラグ付近は空燃比がリッチな層となるため、着火の安定性は確保しつつ、全体の空燃比は最大50:1程度までリーンにできる、というふれこみだった。
その後、トヨタなども直噴リーン燃焼エンジンを投入するが、リーン燃焼が適用される運転条件の幅が狭く、コスト上昇の割に実用燃費の向上幅が小さかったことや、リッチ層への着火によるカーボン堆積などの問題、さらにはNOx規制の強化などの事情から、ガソリン直噴エンジンは徐々にフェイドアウト......と思われていた中、2002年にアルファロメオが「JTS(Jet Thrust Stoichiometric)」と名付けたガソリン直噴エンジンを市場に投入する。
JTSは、理論空燃比での燃焼を基本とした直噴エンジンだ。従来のポート噴射(Port Fuel Injection)と同じく、始動直後やパワー空燃比が必要な状況ではリッチ空燃比を用いる。直噴化のおもな目的は、気化潜熱の利用による圧縮比の向上にある。
■ 高圧燃料ポンプ:燃料供給系は、ボッシュの「DIモトロニック直噴システム」シリーズがベース。ディーゼルとは要求される供給圧力が一桁小さい。シングルプランジャーのフェーエルポンプは左バンクの吸気カムシャフトで駆動される。
■ インジェクター:最大噴射圧力は120bar程度だが、多段噴射に対応。燃焼特性を大きく左右する噴射角度と到達範囲、1サイクルあたり2回の噴射タイミングは、大規模なコンピュータシミュレーションを繰り返して決定された。
■ フューエルレール:V6の片バンク用なので、レール1本あたりのインジェクターは3本。ポンプから送り出された燃料は、奥側バンク用レールを通じて手前側レールに供給される構造だ。
吸気行程の後半で燃料を噴射すると、ガソリンの気化熱で吸気を直接冷やせる。理論空燃比のガソリンでは、計算上、混合気の温度が24度低下する。これは体積が8%減る、つまり吸気量が8%増やせることを意味する。さらに圧縮行程の終盤では、混合気温度は55度も低下する計算になり、圧縮比を2高めるのと同じ効果を生む。言葉を換えれば、自然給気エンジンでは圧縮比を2高められ、過給エンジンではノッキング対策のための圧縮比低下が不要となるので、いずれもトルクを高められるわけだ。
また、PFIではポート壁面に付着した燃料の一部は次のサイクルでシリンダーに吸入されるので応答遅れが発生するが、DIは噴射のタイミングと量の制御自由度が高いので、排ガス規制対応やレスポンスの面でも有利だ。特に過給との相性が良好なので、主流となっていくことは想像に難くない。