TEXT &PHOTO◎世良耕太(SERA Kota)
メルセデス・ベンツはハイテク路線を突き進んでいる。最先端の技術を黒子のように働かせるのではなく、積極的に見せる作戦だ。もちろん、ラグジュアリーであることを忘れてはおらず、両者をうまくミックスさせている。その最新事例が新型のSクラスだ。メルセデス初、世界初の技術が惜しげもなく、自慢げに投入されている。
スタイリッシュなデザインのエレクトリックキーを身につけた状態でクルマに近づくと、ドアハンドルが自動でポップアップする。普段は完全にドアに埋まっており、とりつく島がない状態だ。飛び出したハンドルを引いて身体を室内に滑り込ませ、ドアを閉じて走り出すと、ハンドルは自動的に格納される。これなどハイテク技術のほんの一部にすぎない。
ステアリングホイールの奥にあるディスプレイはタブレット端末を横倒しにしたようなデザインで、すでにAクラスやEクラスにGLAやGLBにGLSといったモデルがこぞって採用している。これらのモデルはタブレット端末をセンターに向けて2枚つなげたような構成になっているが、新型Sクラスではコンセプトを一新した。
横長一体だったディスプレイはドライバー前とセンターに分割。センターは大型のタブレット端末を立てかけたような構成になっている(メルセデスは「有機ELメディアディスプレイと呼んでいる)。従来のダッシュボードを踏襲したのでは空調の吹き出し口を隠してしまうので、吹き出し口は12.8インチある有機ELメディアディスプレイの上方に移した。新型に移行したCクラス(日本未導入)も同様のデザインを採用。今後のメルセデスはこのスタイルでいく、ということだ。
ドアの内側に張り付いたシートの形をした部品を押し動かすと、対応した部位が電動で動くのがメルセデスの特徴であり伝統だ。新型Sクラスにもシートの形をした部品がドア内側に張り付いている。だが、押しても部品はスライドしない。指の圧を感じ取って対応した部位が電動で動く仕組みだ。細かなところまで、これまで使ったことのない技術が盛り込まれている。
夜間走行を体験できなかったのは、いかにも残念だ。なぜなら、筆者はメルセデス・ベンツの華やかな室内イルミネーションのファンだからだ(片側約130万画素のDIGITALライトを体感できなかったのも心残り)。日中でもムードの一端は確認でき、アンビエントライトがダッシュボードを横断してドアにつながり、室内を取り囲んでいるのがわかる。「ハイ、メルセデス」の呼びかけで起動する対話型のインフォテインメントシステム、MBUXは進化しており、初期の頃よりやり取りはスムーズだ。Sクラスでは助手席に加え後席でも使えるようになった。助手席側でMBUXを起動させた際は、助手席側のアンビエントライトだけ色が変わってシステムと対話していることを知らせる。なんだかとっても未来、な感じだ。
前席乗員がセンターコンソール付近でV字のサインをかざすと、事前に登録したお気に入りの設定を呼び出すことができる機能は、先にEクラスに導入済みで、新型Sクラスにも受け継がれている。ナビゲーションシステムにAR(拡張現実)機能を付加したのも同様だが、Sクラスはヘッドアップディスプレイ(HUD)に表示されるグラフィックが進化している。カメラで捉えたリアルな映像にグラフィックを重ねるセンターのディスプレイより、視線移動が少なくて済むHUDの進化のほうが実用上はありがたい。
国内で選択できる仕様は、3.0ℓ直6ディーゼルターボ(OM656)を搭載するS400dと、3.0ℓ直6ガソリンターボ(M256)を搭載するS500だ。後者は過給圧の立ち上がりを助ける電動スーパーチャージャーに加え、エンジンとトランスミッションの間にモーター(ISG)を挟む48Vシステムを組み合わせている。S400d、S500ともに標準仕様とロングがあり、全車4MATIC(四輪駆動)だ。さらに、全車AIRマティックサスペンション(連続可変ダンパーとエアサスペンション=空気ばねの組み合わせ)を搭載している。
試乗車はS500 4MATIC(ロングじゃないほう)だった。全車標準装備はまだあって、新型Sクラスはリヤ・アクスルステアリングをロングだけでなく標準ボディにも搭載している。いわゆる、後輪操舵だ。約60km/h以下では前輪と逆相に後輪がステア。それ以上の速度域では同相に切れる。同相側は最大3度、逆相側は最大4.5度だ。一般的には、後輪を逆相に1度切ると、ホイールベースを10cm程度縮めた効果が得られるといわれる。
新型Sクラスは逆相に4.5度も切るので(例えば、ルノー・メガーヌGTは逆相に最大2.7度)、ホイールベースを45cmも短縮したのと同等の効果が得られる。標準ボディのホイールベースは3105mmだから、2655mmと同等だ。ロングのホイールベースは3205mmなので、こちらのほうがありがたみは大きいだろう。逆相への切れ角が大きいほど大舵角で転舵したときの不思議な感覚が増すのは事実で、小回りが利くありがたみを感じると同時に、変な感じはする。クルマの軌跡も独特なので、地下駐車場などでコンクリートの柱を巻き込むように曲がる際には、あまり内側に寄らないほうがいい。
メルセデス・ベンツが新車の開発段階からタイヤメーカーと協力し、独自の基準を満たしたタイヤには、承認タイヤの証として「MO」あるいは「MOE」(ランフラットタイヤの場合)のマークがサイドウォールに記される。新型Sクラスが装着するタイヤに付けられたマークは「MO-S」だ。Sはサイレントを意味する。内側に吸音スポンジを配して静粛性を高めたタイヤだ。サイドウインドウに遮音フイルムを挟むなど、各所に静粛性対策を施した効果は絶大で、走行中の室内は無類の静けさだ。
エンジンが力強いスペック(最高出力435ps /最大トルク520Nm)を備えているおかげで、走行中のエンジンは常に低い回転域をキープしている。そのことも静粛性の高さに寄与しているに違いない。9速ATを組み合わせるのは1.5ℓ直4ガソリンターボ(最高出力135kW/最大トルク280Nm)を搭載するE200と同じだが、100km/h走行時のエンジン回転数はE200が1500rpm近辺なのに対し、S500は1250rpm程度にすぎない。どうりで静かなわけである。
静かで快適なだけでもありがたいのに、さらにありがたいことに燃費がいい(Eクラスでは太く感じたステアリングのグリップが、Sクラスではほどよい太さになっているのもいい)。午前中に東京・六本木を出発し、ハイアットリージェンシー箱根リゾート&スパでランチをいただいて撮影がてら周辺をドライブし、夕方六本木に戻ってきたときの燃費が263km走って12.5km/ℓだった。前面投影面積の大きさと車重(2160kg)を考えれば上々、いや、特上だろう。
目に見えたり、手で触れたりするところだけがハイテクなのではなく、燃料を無駄なく出力に変換し、ドライブトレーンだけでなく空力も含めて損失を極限まで低減する領域もメルセデス・ベンツはしっかりハイテクで、新型Sクラスはその最先端を走っている。
メルセデス・ベンツS500 4MATIC
全長×全幅×全高:5180mm×1920mm×1505mm
ホイールベース:3105mm
車重:2210kg
サスペンション:F&R AIRマティックサスペンション
エンジン形式:直列6気筒DOHCターボ+モーター
エンジン型式:M256
排気量:2996cc
ボア×ストローク:83.0mm×92.3mm
圧縮比:--
最高出力:435ps(320kW)/6100rpm
最大トルク:520Nm/1800-5800rpm
過給機:ターボチャージャー+電動スーパーチャージャー
燃料供給:DI
使用燃料:プレミアム
燃料タンク容量:76ℓ
モーター:交流同期モーター
モーター型式:EM0014
定格出力:10kW
最高出力:16kW
トルク:250Nm
トランスミッション:9速AT(9G-Tronic)
駆動方式:AWD
WLTCモード燃費:11.2km/ℓ
市街地モード7.3km/ℓ
郊外モード11.8km/ℓ
高速道路モード13.9km/ℓ
車両価格○1375万円
試乗車はオプション込みで1809万4000万円