S85型は、当時参戦していたF1との繋がりをアピールしたが、実際にF1用V10とは技術的関係は、(V10という以外)ない。ただし、ブロックは、F1エンジンが作られていたのと同じドイツ・ランツフート工場で生産されている。ショートストロークで、バルブトロニックでも直噴でもないが、とにかく徹底して高回転高出力を追求したエンジンだ。
■ S85
シリンダー配列 V型10気筒
排気量 4999cc
内径×行程 92.0×75.2mm
圧縮比 12.0
最高出力 373kW/7750rpm
最大トルク 520Nm/6100rpm
給気方式 自然吸気
カム配置 DOHC
吸気弁/排気弁数 2/2
バルブ駆動方式 直打
燃料噴射方式 PFI
VVT/VVL In-Ex/×
高回転時のクランク振動を抑え込むために、ベッドプレートが採用された。ベアリングキャップをはしご型に一体化し、ブロック下部から締結する構造である。ダミーボーリング加工を施し、ベアリング部の真円度を高めている。材質はアルミ合金(AlSi7Mg0.3材のT6処理)、鋳造後には応力除去のために525℃の炉内で8時間焼鈍され、その後70℃で急速水冷、さらに165℃雰囲気温度で5時間の経時処理を施される。
シリンダーブロックは順当にアルミ合金製(AlSi17Cu4Mg材のT5処理)、構造はクローズドデッキ。バンク角はV10なら順当にいけば72度となるはずだが、S85型は90度。おそらくV8との共通設計としているのだろう。ライナーは備えずAlSi合金の溶射ボアを早くから採用した。ねらいは熱伝達性、寸法精度、軽量化などさまざまで、コストがかかるのが難点である。ベッドプレートとの締結には、M11のキャップボルト、ラダービーム締結ボルトはM8をそれぞれ用いる。
バルブトレーンは前述のように直打式。油圧のラッシュアジャスターをタペット内に収め、バルブクリアランスを自動調整する。軽量化のためにカムロブとの当たり面のみを隆起させる形状とし、ヘッド内で回転しないようにタペット本体に溝が施された。カムトレインはチェーン駆動、吸気側のみを回転させる(排気側カムは吸気側からのギヤ駆動)方式で、チェーン長の短縮をねらったと思われる。カムフェーザーは吸排気ともに装備。
潤滑系統はドライサンプシステムを用いる。オイルポンプはなんと4つ。エンジン本体の潤滑を担うポンプはクランク後端側に備わるベーンタイプの可変容量式で、最高吐圧は5bar(500Pa)。左右シリンダーヘッドおよびクランク回転系へオイルを送る。そのリヤポンプへオイルを送るのがクランク前端の内接ギヤ式ポンプで、エンジン外/車両前方のオイルタンクからのオイル授受をも担う。
さらに、オイルパン左右には電動ポンプを装備。これらは横Gが0.8を超える旋回時に働き、シリンダーヘッドへの潤滑を専らの任務とする。このオイルサーキットはオイルパンへの逆流路を備えず、ヘッドの潤滑冷却のみとしている。いかにもハイパフォーマンスエンジンらしい機構である。
クランクは5スローの72度配置で、6ベアリング構造。点火順序は1-6-5-10-2-7-3-8-4-9。ブロックが90度バンクのため、点火間隔は90度/54度と見慣れない数字となった(72+18=90/72-18=54)。最高許容回転数は8250rpmと、途方もない数字である。これは当時のライバルであるE55 AMGやRS6に比べても、段違いの性能であった(E55:6250rpm/RS6:6600rpm)。42CrMo4材で重量は21.63kg。