TEXT●伊藤英里(ITO Eri)
PHOTO●Honda、MotoGP.com
マルク・マルケス(Repsol Honda Team)不在の2020年シーズンを、誰が想像できただろう。2013年にMotoGPクラスデビューし、ルーキーイヤーにチャンピオンを獲得して以降、6度ものMotoGPクラスタイトルを手にしてきたライダーである。圧倒的な強さを誇ってきたM.マルケスはレースでの速さ、強さもさることながら、転倒しても大きな怪我をしないという強みがあった。転倒と怪我のリスクがつきまとう二輪ロードレースにあって、2013年シーズン以来、マルケスは一戦もレースを欠場していなかったのだ。
だからこそ、第2戦スペインGP決勝レースでのM.マルケスの転倒、負傷には衝撃が走った。開幕戦カタールGPではMotoGPクラスが新型コロナウイルス感染症の影響で中止となったため、MotoGPクラスにとってはこの第2戦が2020年シーズンの初戦だった。公式テストから約5カ月ぶりに、ライダーたちはMotoGPマシンを走らせたのである。
スペインのヘレス・サーキット‐アンヘル・ニエトで行われた第2戦の決勝レース、M.マルケスは序盤からトップ争いを展開し、3周目にはトップに立った。そして2番手のライダーを引き離し始めた5周目、まさかのコースアウトを喫して大幅にポジションを落とす。しかしすぐさま追い上げを開始し、レース終盤には3番手にまでポジションを回復していた。確かに驚異的な追い上げではあった。けれど同時に、M.マルケスはその強さをいかんなく発揮していた。しかしその翌周、M.マルケスは転倒を喫する。大きく挙動を乱したマシンから放り出される激しいクラッシュ。このクラッシュにより、M.マルケスは右上腕を骨折した。
M.マルケスはすぐさまバルセロナに移動して手術を受け、そして再びヘレスに戻ってきた。本人の意志により、第3戦に参戦するためだ。今季は新型コロナの影響でレースカレンダーが変更となり、そのため同じサーキットでの2連戦が何度か設定されていた。ヘレスはそのうちの一つだった。
こうした状況の場合、ライダーが出走するにはメディカルチェックをパスしなければならない。M.マルケスは術後数日の身ながら、腕立て伏せをして走るのに問題ないことを証明し、メディカルチェックをパス。第3戦の土曜日から出走した。しかし、最終的に、M.マルケスは第3戦を欠場した。土曜日の走行を行い、レースを走ることが難しいと判断したのである。
以降は療養とリハビリに励んでいたM.マルケスだったが、8月上旬には右上腕の再手術を受けた。骨折箇所を固定していたチタン製のプレートにダメージがあったためだ。M.マルケスの欠場は続き、ついにシーズン中に復帰することはなかった。さらに、12月上旬にも3度目の手術を受けている。第2戦の転倒は、後々まで響く手痛いものになってしまった。
圧倒的な強さを誇るM.マルケスが欠場を強いられ、ホンダとしては優勝も表彰台の獲得もないまま、シーズンが過ぎていった。2020年シーズン、ホンダのファクトリーチームのもう一人のライダーはM.マルケスの実弟、アレックス・マルケスだが、今季は彼にとってのルーキーイヤー。また、サテライトチームであるLCR Hondaのベテランライダー、カル・クラッチローは負傷が続いていた。
しかし、そんな中でルーキーのA.マルケス、そして中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)が奮闘を見せた。A.マルケスは雨のレースとなった第10戦フランスGP、さらに第11戦アラゴンGPではドライコンディションで2位表彰台を獲得した。
MotoGPクラス参戦3シーズン目の中上は、第12戦テルエルGPでMotoGPクラスで初となるポールポジションを獲得。シーズン中に表彰台獲得に迫るレースも見せ、自己ベストリザルトの4位に2度入った。
ホンダにとってはM.マルケスを欠き、苦しいシーズンではあっただろう。しかし新たな活躍を見せたライダーの存在が印象的なシーズンでもあった。