TEXT●伊藤英里(ITO Eri)
PHOTO●Honda、SUZUKI
2020年シーズンのチャンピオンに輝いた、Team SUZUKI ECSTARのジョアン・ミル。ミルはスペインのマヨルカ島出身、23歳のライダーである。まずはミルのこれまでの足跡を、おおまかに振り返りたい。ミルのロードレース世界選手権デビューは2015年シーズンのオーストラリアGPだった。当時Leopard Racingのライダーだった日本人ライダー、尾野弘樹の代役としてMoto3クラスのレースを戦うと、翌2016年にはMoto3クラスにフル参戦。この年、Moto3クラスのルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。さらに2017年シーズンには18戦中10勝を挙げてMoto3クラスのチャンピオンに輝いた。
Moto3クラスで2シーズンを戦ったのち、ミルは2018年、Moto2クラスにステップアップ。Moto2クラスを戦ったのはその1シーズンのみで、2019年にはTeam SUZUKI ECSTARからMotoGPクラスデビューを果たした。Moto3、Moto2クラスは二輪ロードレースにおける世界最高峰のMotoGPクラス昇格を目指す若いライダーたちがしのぎを削るクラスである。ミルはその道筋をたった3年で駆け抜け、そしてスズキのファクトリーチームのシートをつかんだのだった。
2020年シーズンは、ミルにとってMotoGPクラス参戦2シーズン目。新型コロナウイルス感染症の影響で7月中旬から始まった今季、第5戦オーストリアGPでは、2位表彰台を獲得した。これがミルにとって、MotoGPクラスの初表彰台だった。
そこからミルは、表彰台の獲得回数を増やして、第13戦ヨーロッパGPの1勝を含む7度の表彰台を獲得している。これは、混戦の2020年シーズンのなかでもトップの表彰台獲得回数である。
スズキはこれまで予選を不得意としており、実際のところ、ミルは今季、ポールポジションも、予選で3番手以内のタイムを計測したライダーが並ぶ1列目のグリッドも獲得していない。ちなみにチームメイトであり、Team SUZUKI ECSTARで4シーズン目のシーズンを戦っていたアレックス・リンスも、今季、1列目に並んだのは2度だった。
つまり、ミルはほとんどのレースで2列目よりも後方から追い上げる展開だったのだ。通常、レースの後半というのは、ガソリンの容量が減ってタンクが軽くなってくる一方で、タイヤが消耗するため、ペースが落ちていく。しかしミルは後方から追い上げ、レース終盤には上位争いに食い込むレースを何度も見せた。こうしたレース後半の強さ、そして2019年シーズンの経験を糧にして、ミルはコンスタントに表彰台を獲得していった。
そして、バレンシアGPでは、タイトル獲得にかかるプレッシャーをはねのけ、7位フィニッシュを果たした。タイトルがかかるレースというのは、いかにレーシングライダーといえども相当のプレッシャーがあるものだと聞く。それが世界最高峰のMotoGPタイトルならば、なおのことだろう。しかしミルは落ち着いてバレンシアGPを戦い、チャンピオンに輝いた。ミルの強靭な精神力が垣間見える。
カタルニアGP後には、「もしかしたら僕が速いのは(優勝に向けたレースを展開した)スティリアGPだけじゃなくて、このバイクのフィーリングを維持できるかもしれない」と思っていたことを、チャンピオンに輝いたバレンシアGP後の会見で語った。「このとき(チャンピオンシップで勝つかもしれないと)思った瞬間だった」という。
スズキのライダーがロードレース世界選手権でチャンピオンを獲得するのは20年ぶりのこと。付け加えれば、スズキは2011年をもってMotoGPへの参戦を休止し、2015年にTeam SUZUKI ECSTARとしてグランプリに復帰した。また、2020年はスズキにとって創立100周年、レース活動60周年でもあった。ミルのチャンピオン獲得は、Team SUZUKI ECSTARにとって初タイトルであり、スズキにとって節目の年を彩る快挙となったのである。