TEXT &PHOTO◎伊倉道男(IKURA Michio)
子どもの頃、窓、玄関ドアを開けて、初めて外を見た時を憶えている? そこには無限に広がっていく世界があり、風が吹き、太陽が燦々と輝いていた。好奇心は高まり、遠くへ遠くへと思い、心だけが旅に出て行く。自転車を手に入れ、バイクを手に入れ、そしてクルマを手に入れる。小さな世界は大きく広がり、いつの間にか世界を手にしたような気がして、「移動する楽しさ」を苦に思ったりしてしまう。国際線の飛行機の中、いつの間にか窓の外を眺めるのをやめ、身体を休める事に専念する。窓の外には広大なシベリアの大地が、うねり、そして凍り付いた大河が輝いていると言うのに。
ひとつの思いとして、僕には舟に対する憧れがある。海からほど遠い所で生まれた事もあるのだろう、目の前にある川を自由に動き回れる舟が欲しい。お年玉でおもちゃのビニール製のボートを手に入れた。仲の良い友人と正月の3が日に漕ぎ出し、そしてひとりが川に落ちた。川を下ると、岩に擦れて、お年玉はあっという間に泡と消えた。
人の力で進む舟を分類してみよう。まず、進行方向に背中を向けて漕ぐ舟がボート。進行方向を向いてパドルするのがカヌーと考えて良いと思う。そのカヌーの種類も多く、海や川用、競技用と、また、新素材を使った物等と多種に分類されている。
このクレッパー・アエリウス(以下クレッパー)はカヌー→カヤック→ホールディングカヤックに分類される。ホールディングとは組み立て式と考えてよい。フレームを組み、船体布と言われるスキンを被せる。利点としては、小さくなり、クルマの内部に積む事が出来る。クレッパーを組むスピードは僕は約25分。クレッパー社が行なったコンテストでは、最短17分程度で組み終わった人もいる。クレッパーはドイツの会社だが、日本にもホールディングカヤックを、製造販売している会社はある。代表的なメーカーは、フジタカヌー、アウトドアのモンベルもアルフェックと言うモデルを販売、各社、ソロやタンデム等を数種類販売している。
カヤックの素晴らしさは、動力船に比べて制約があまりないことだ。モーター式、エンジン式の船外機を使う動力船は、地域にもよるが、かなり制約を受ける。つまり勝手に持ち込めない湖が多い。簡単に言うと、どんなに小さくても船外機を付けたら、それは原動機付自転車のようなもので、公園内を走れない等、決めごとがある。反面、カヤックは歩行者に近いと言ったら、わかりやすいのではないかと思う。当然ながら、カヤックも歩行者も規制があることは、忘れてはならない。舟を出す場所へ向かう前の事前の調べが必要である。
カヤックを漕ぎ出す時のわくわく感はどんなに小さな湖でも特別だ。僕は初めて写真の仕事を受けて、撮影に出掛けていった時に似ているといつも思う。これから新しい世界が開けていく、そんな感じだ。沖に出て行くと、ほとんど音はしなくなり、カヤックを打つ波の音、ただそれだけだ。眼下には何処までも冷たく続くような水の世界。そして風や波の影響で、ドリフトしているように、浮遊している自由感。湖面は波模様になり、また鏡となる。そう、風のない湖面は大きな鏡で、ただ上に浮いている、僕一人と小さな舟。
実はジムニー(JA71)でクレッパーと出掛けるのは今回が初めてである。助手席に長めのフレームパーツが入ったバックが丁度入り、固定にはシートベルトを使う。船体布は荷室の約3/4を占めるが、コンパクトなアウトドア用品を選べば、テント数泊を考えても、なんとか荷物は収まりそうだ。ただ、屋根がない。貴重品をどうするかは考えどころだ。防水バックに入れてクレッパーに積み込むか、または鍵のかかるケースを用意しなくてはならないかな。まぁ、大した貴重品があるわけでもないので。
ランチの時間も忘れるくらい、静かな湖面を楽しんでいると、あっという間に午後3時を過ぎてしまう。クレッパーの向きをジムニー(JA71)が待っているサイト方向に戻す。屋根の無いジムニー(JA71)とクレッパーで出掛ける、僕にとって、この上ない、この組み合わせは開放感そのものだ。