TEXT &PHOTO◎世良耕太(SERA Kota)
「ホンダじゃないとこんな無茶なクルマ作らせてもらえないんじゃないですか?」
そう話したのは、パワートレーン開発のまとめ役を務めたエンジニアである。ホンダeのパワートレーンはモーターとバッテリー、インバーターなどで構成される。そのエンジニアは「エンジン屋」を自認しており、第2期と第3期のF1参戦活動でエンジンエンジニアを務め、アイルトン・セナやアラン・プロストと一緒に仕事をした経歴を持つ。
バリバリのエンジンエンジニアを電動パワートレーンのまとめ役に据えるホンダこそ無茶かもしれないが、「エネルギーソースが化石燃料から電気になっただけ」と、そのエンジニアは事もなげに語る。そして、次のようにつけ加えた。
「パワートレーンは別におもしろくないけど、クルマとしてはおもしろい。(ホンダeは)いままで携わったガソリン車とはまったく毛色が違う。レシプロエンジンを載せるクルマはかなり熟成されているので、どうやってもガラッと変わることはない。ところが、電気自動車(EV)はずいぶん切り口が違うので、違う考え方を入れられる。新しいクルマを作っていくのは非常におもしろかったですね」
ホンダeはEVなのに、ミシュランのPILOT SPORT 4というスポーツ系のタイヤを履いている。サイズはフロントが205/45R17、リヤは225/45R17だ。モーターを荷室の下に積むリヤ駆動なので、リヤが太い前後異サイズなのはわからなくもないが、全長が3895mmの小さなクルマに225/45R17サイズは無茶というものだろう。しかも、グリップ力の高いスポーツ系タイヤである。ちなみに、フィットの全長は3995mmで、ハイブリッドのe:HEV HOMEは185/60R15サイズのエコ系タイヤを4輪に装着する。
「このクルマはEVなんですが、いかにもEVっぽく作ろうという意識がないんです。ヨーロッパに出すのであれば、ヨーロッパで恥ずかしくないクルマにしたいという思いのほうが強かった。絶対に恥ずかしくないクルマにするんだと、どうしても我慢できないやつが開発チームにひとりいましてね。ヨーロッパの道を走っても、不安なくスムーズに走ることができて、安定性もいいと。転がりは悪くなるんですが、それで少し航続距離が落ちてもいいだろうと。EVだからって、いろんなところで少しずつ我慢するのはやめようと。そういうアプローチで作りました」
EVは限られたエネルギーを有効に使って、航続距離を少しでも延ばすように努力して設計するのが正攻法だ。航続距離を奪う損失を減らすために、転がり抵抗の小さいエコ系タイヤを履き、ボディは空気抵抗を少しでも小さくし、1グラムでも軽くするよう努力する。それが、一般的なEVの開発アプローチである。
ホンダeはEVならあたり前のようにこだわるタイヤや空力を割り切り、走りやスタイルを優先した。「我慢してうれしい? うれしくないでしょ」と。「EVは下敷きになっているだけで、EVであることを勝ち技にはしていません」と、無茶なクルマづくりを楽しんだエンジニアは話す。ホンダeは、これまで当然のように据えてきた「EV=効率追求」を命題にしたクルマづくりをしていない。
ホンダeが本命とするマーケットはヨーロッパだ。走行中に(限り)CO2を排出しないEVはEU(欧州連合)が定めるCO2排出量規制で有利に働く。企業別平均燃費(CAFE)で規制値を超えると多額の罰金が科されるため、その罰金を回避するためにも一定数のEVを売りたい。有り体に言えば、ホンダeはEUのCAFEを乗り切るために企画されたクルマである。
EVの弱点は航続距離だ。ホンダeの開発陣はこの弱点と真っ向から取り組むことをあえてせず、街なかでの使用に割り切った。ヨーロッパの街なかで使うにはサイズが重要。だから、4m以下の全長にこだわった。そうなると、バッテリーに与えられる容積はそう多くはなく、航続距離は限られる。
「かつてのクルマの作り方は、『大は小を兼ねる』発想でした。1日に50km走る人がいて、300km走る人がいたら、300km走る人に合わせて作ればいいじゃないかと。EVでそれをやってはだめなのです。『大は小を兼ねない』という考え方で作っていかなければなりません。ホンダeは短距離用です」
航続距離を割りきったコンパクトなボディとしながら、開発陣は商品力を上げるにはどうしたらいいかを考えた。低重心化と最適な前後重量配分がもたらす安定感のある走りは、ホンダeの勝ち技のひとつだ。重いものをどこに載せるかでクルマの性能は大きく変わるので、バッテリーは低く、センターに寄せて積むことにこだわった。
ヨーロッパでは路上に縦列駐車するのが日常なので、そうなるとタイヤの切れ角がほしい。ホンダeは当初、フロントにモータを搭載するレイアウトで検討が進んでいたが、タイヤの切れ角を大きくするために、モーターをリヤに移した。発想が無茶である。
航続距離を割りきったとはいえ、EVである限りは大量のバッテリーを搭載する必要があり、そのことが車両価格を押し上げる。ホンダeの全国メーカー希望小売価格は451万円〜495万円だ。全長4m以下のコンパクトカーとしては滅法高い。本来なら少しでも車両価格を抑える努力をするべきだが、ホンダeはそこも割り切った。反対に、相当に値の張るサイドカメラミラーシステムを世界で初めて量産車で標準装備とした。オプション設定ではないし、先端技術ゆえに高価なシステムはベース価格の高い上級車から入れていくという慣例からも外れている。
サイドカメラミラーシステムをオプション設定にしていたら、車両価格は10万円単位で低くなっていただろう。でもそういう選択は、ホンダにはなかった。無茶ともいえる判断だが、無茶と割り切りの繰り返しで「おもしろおかしくEVを作った」ら、とても魅力的なクルマができたというわけである。
Honda e Advance
全長×全幅×全高:3895mm×1750mm×1510mm
ホイールベース:2530mm
車重:1540kg
サスペンション:Fストラット式 Rトーションバー式
モーター形式:交流同期モーター
モーター型式:MCF5型
定格出力:60kW
最高出力:154ps(113kW)/3497-10000rpm
最大トルク:315Nm/0-2000 rpm
電池:リチウムイオン電池
総電力量:35.5kWh
総電圧:355.2V
WLTC交流電力量消費率:138Wh/km
一充電走行距離WLTC:259km
車両価格○495万円