TEXT●ノア セレン
PHOTO●山田俊輔
一部の人にとっては、「電動はまだまだでしょう」という認識は過去のものになりつつあって、強大トルクをうまく生かせればとてつもなく速く、魅力的な乗り物ができる可能性を理解していることだろう。事実、モータースポーツの世界でも電動マシンのクラスが増え、あのマン島公道レースにもTT- Zeroという電動バイクのクラスがもう10年も開催されている。しかもたった10年にもかかわらず、長い歴史のある内燃機エンジンバイクと遜色ないタイムまでたたき出しているのだ。エコなイメージの方が先行するかもしれないが、スポーツとしてとらえても電動バイクの実力は確実に高まっているのである。
対する公道向け、一般向けの電動車は主にスクーターといった近距離実用ユースのモデルに限られているのが現状だろう。いわゆるガソリンスタンドに相当するインフラが全く追いついていないというのが国内において普及していかない理由なのだろうが、逆にそういったインフラ整備が進んでいるアジア圏の国の中では電動バイクが大きな割合を占めている地域もある。よって、特に移動の手段としてバイクを捉えた場合、電動化は周辺環境の整備によって大きく変わることができる、今がまさに過渡期・転換期と言えるのかもしれない。
そんな中で老舗ビッグメーカーのBMWがこの軽二輪枠スクーターを販売しているのは素晴らしいことと思う。周辺環境が整っているとは言えないものの、それでも電気を動力とする乗り物の魅力をしっかりと発信してくれているのである。
一般的なスクーターとは違う所が多すぎるため、概要を説明しておこう。車体はアルミ製で、今までのように前後輪を繋ぎながらエンジンを保持する「フレーム」という考えではなく、大きな防水仕様のアルミの箱にバッテリーや電子制御系などが収納され、この箱に前後足周りを接続させるためのスチール製部品がボルトオンされる構造だ。そこに搭載されるバッテリーはリチウムイオンの94Ahという最新世代のもので、このおかげで160kmという航続距離を実現しているそう。こういった技術は四輪のBMW i と共通するもので、そのおかげで実現できているとも言えるだろう。
スペックを見てまた驚く。馬力は48PS(35kW)と控えめ(と言っても250ccクラスと考えると十分以上だが)なのに対し、電動の魅力であるトルクはクランクシャフトで理論上72Nm。これは内燃機エンジンで言えばナナハンクラス相当と言えるだろうが、さらに驚くことに後輪で600Nm近くを発生させるというからもはや訳が分からず、今までのエンジンの感覚が無意味なことに気付く。
しかし電動のネックであるバッテリーの重さゆえ、車重は275kgとなかなかのヘビーウェイトである。この重量で、大きなバッテリーを車体の低い位置に搭載して、電動車の魅力をしっかりと表現するには、やはりこのスクーターの形が一番適していたのだろう、などと想像をめぐらす。
なお、充電は家庭用200V電源が必要で、満充電には約4時間30分を要する。航続距離は160kmで充電に4時間と考えると、都市部での一日の移動を十分支えてくれ、帰宅したら充電しておくという、スマホ感覚といったところだろう。
こういった次世代的な乗り物は「いったいどうやって操作したらいいのかわからない」ということがままあるが、Cエボリューションについては逆にアナログな部分を色濃く残しているというか、これまで一般的なスクーターに乗っていた人にとっても馴染みやすい各種設定にしているのが好印象だった。
まずはスマートキーとせず、一般的なカギを使っているのが個人的には嬉しい所。そのキーを回し、今までセルボタンがあった所のスタートボタンを押すと画面にREADYの表示が現れ発進準備OKである。またがってから走り出すまでが通常のバイクと同様なのが、電動という垣根をなくしてくれていると思う。またキャリパーやマスターシリンダーにはニッシン製が使われているほか、ライダーに直接接する部分はどこもなじみがあるというか、外観の未来的な印象と違って慣れ親しんだフィット感があるのも印象が良い。良い意味で「特別感」がなく、誰にでも親しみやすいと思う。もう一つ便利に感じたのはサイドスタンド連動のパーキングブレーキ。他のBMWスクーターにも採用されているが、非常に理にかなったアイデアに思う。反対に限られていたのはシート下スペース。出先でも充電したい場合は充電器を持参しなければいけないわけだが、その充電器がわりかし大きく、シート下スペースに入れてしまっては他に何かを入れるというのは難しいだろう。
最近ではエンジン付きバイクにも各種走行モードがついているものも増えたが、Cエボリューションも4つのモードを備える。最もダイナミックなのは、その名もDYNAMICで加速力は強烈、そして回生ブレーキも強めに効くためいわゆるエンブレが強い印象でスポーティに走らせたくなる。ROADは加速力は変わらず強烈だがエンブレが弱まったモード、SAILはエンブレがなく、回生ブレーキも発生しないため減速時に充電しないのだが、エンブレがないためアクセルを戻せば重い車体が惰性でかなりの距離を走るため実はかなりエコなモードに思えた。ECO-PROは明らかに加速力が鈍り、一般的な250ccクラススクーターほどの感覚だろうか。
だいぶ走り込んだが、SAILかROADが街乗りには最も適しているだろう。メーターには残り走行可能距離が常に表示されているため、SAILかROADで走りつつ、残距離に不安が出てきたらECO-PROに切り替えるのが良い使い方かもしれない。なお残距離の表示はアバウトなところがあり、「え?もうそれしか走れないの?」と焦ってエコ運転に切り替えると、途端に距離が増えたりするので、慣れが必用だろう。
もう一つありがたかったのはバックギアの設定だ。この巨体を押し引きするのはなかなか難儀するため、バックギアはむしろ必須。そしてわずかなヒィーンというモーター音以外音がしないため、例えば地下駐車場や早朝の住宅街など音が響くような場所でも遠慮なくバックギア(というかモーター逆回転?)を使って取りまわすことができる。こういった部分でもいちいち感激・感動してしまい、これまでの常識が破られて「電動」という新たな乗り物が自分の知らなかったところでしっかり成り立っているんだ、という感覚があった。
確かに重いことは否めないし、ハンドル幅も足元もかなり大柄ではあるし、値段も決して安くはない。走れば一般的な大型スクーター同様に、コーナーはちょっと気をつけなければいけないとか注意点もある。ただなんといってもそのビックリするほどの動力性能はシンプルに楽しいし、エコというだけでなく走らせる楽しさが確かにある。さらにこのパッケージを車検のない軽二輪として登録できるのもありがたい。インフラの整備や航続距離の問題でまだ長距離ツーリングなどには注意が必要ではあるものの、日々の移動はもちろん、近距離の趣味のユースにも十分対応してくれ、満足感は非常に高いであろうCエボリューション。その感動的なパワーを知ってしまったら惚れてしまうこと間違いない。国内メーカーにも是非とも追随してもらい、さらに盛り上がってほしいカテゴリーと感じさせる確かな魅力があった。
シートに幅があるためか若干腰高に感じることもあったが、足つきそのものは悪くない。足を降ろした時も車体の幅に気付かされるが、全体的なバランスがいいのか「オットット」という場面は皆無だった。
●エンジン
形式:液冷オルタネーター搭載ドライブトレインスイングアーム、永久磁石式同期電動機、内部ローター
最高出力:35 kW (48 PS) / 4,650 rpm
定格出力:19 kW (26 PS)
最大トルク:72 Nm from 0 to 4,650 rpm
●性能・燃費
最高速度:129 km/h
0-50 km/h加速:約2.8 秒
0-100 km/h加速:約 6.2 秒
航続距離:約160 km(定地走行値)
電力回生方式:自動電力回生(下り坂走行時およびブレーキング時)
●電装関係
バッテリー:空冷リチウムイオン高電圧バッテリー
バッテリー電圧:133 V(公称電圧)
充電能力:3 Kw ブースターファン付一体型チャージャー
充電時間:220 V / 12 A(標準) 約4時間30分(100%)、約3時間50分(80%)
充電時間:220 V / 16 A(モード3ケーブル) 約4時間10分(100%)、約3時間30分(80%)
サブバッテリー:12 V / 8 Ah メンテナンスフリー
オルタネーター:直流変流器、バッテリーチャージャー一体型、475W(定格出力)
●パワートランスミッション
駆動方式:歯付ベルトおよびリングギアによるリアアクスル動力伝達ドライブトレインスイングアーム
●車体・サスペンション
フレーム:アルミダイキャスト耐荷重バッテリーケース付ハイブリッドシャーシ、チューブラースチールステアリングヘッドキャリアおよびリアフレームをボルトオン
フロントサスペンション:倒立式テレスコピックフォーク(40 mm径)
リアサスペンション:ダイレクトリンクスプリングストラット付シングルスイングアーム、7段階スプリングプリロード調整付
サスペンションストローク、フロント / リア:120 mm / 115 mm
軸距(空車時):1,610 mm
キャスター:95 mm
ステアリングヘッド角度:65.9°
ホイール:アルミキャストホイール
リム、フロント:3.50 x 15"
リム、リア:4.50 x 15"
タイヤ、フロント:120 / 70 R15
タイヤ、リア:160 / 60 R15
ブレーキ、フロント:ダブルディスク、径270 mm、2ピストンフローティングキャリパー
ブレーキ、リア:シングルディスク、径270 mm、2ピストンフローティングキャリパー
ABS:BMW Motorrad ABS
●寸法・重量
全長:2,190 mm
全幅(ミラーを除く):947 mm
全高(ミラーを除く):1,255 mm
シート高、空車時:765 mm (コンフォートシート:785 mm)
インナーレッグ曲線、空車時:1,745 mm (コンフォートシート:1,770 mm)
車両重量:275 kg 1)
1) 空車重量、走行可能状態時