TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO:水川尚由(Masayoshi MIZUKAWA)/Yamaha FIGURE:Yamaha
ヤマハ発動機は、1997年にREAS(リアス)を商品化した。左右のショックアブソーバー(ダンパー)を相互に連携・連結し、ロールした際に減衰力を上乗せするシステムだ。その進化形として開発中であり、開発の最終段階にあるのがExTRAS(エクストラス)だ。神奈川トヨタとのコラボ企画としてトヨタ・クラウンRS(2.0ℓ直4ターボ搭載車)をベースにExTRASを搭載し、走り込みを行なっているところだ。このクルマには車体の微小な変位を減衰させるパフォーマンスダンパーも搭載している。 ExTRASの開発に携わる片山信二氏(全日本ロードレース選手権GP250の86年チャンピオンでもある)が、背景を説明する。「減衰力を付加するREASの効果はきちんと得られていたのですが、センターユニットの搭載性に問題があり、車種展開はなかなか難しい状況でした。そこで、同じような効果が出せるシステムの検討を始めました」 REASを成立させるには、付加減衰力を発生させるセンターユニットが欠かせない。また、2本のショックアブソーバーとセンターユニットを結ぶ配管も必要だ。「快適な乗り心地」と「優れた操縦安定性」を両立するシステムだとわかっていても、追加が必要なこれらのユニットが採用に向けてのハードルになる。 センターユニットや配管を必要とせず、コンベンショナルなユニットのみで快適な乗り心地と優れた操縦安定性を実現するのがExTRAS(Through Rod Advanced Shock absorber)だ。単筒式ショックアブソーバーはロッドを押し出す方向に力が働いている。ロッドにはプラスの反力が働いていると言い換えることも可能で、つまり、突っぱっているのが常態だ。
異形スルーロッドを採用 コンベンショナルな単筒ガス式ショックアブソーバーは、オイル室の受圧面積の差から、ロッドを押し出す方向の力(プラスの反力)が掛かっている。そのため、旋回中はインリフトを促進する力が働く。ExTRASはガス室側のロッドを太くすることで受圧面積を小さくし、ロッドを引き込む方向の力(マイナスの反力)が掛かるようにした。ガス室側ロッドを収めるスペースが必要なため、シリンダー長は長くなる。
ExTRASの機能を体感できるモデル。単筒ガスショックを再現した左のモデルは、ロッドが押し出される(スプリングを外した状態だと思えばいい)。対照的に、マイナスの反力が掛かるExTRAS(右)は、放っておくと(スプリングを外すと)ロッドが引っ込む。 ExTRASは高圧ガスを封入した単筒式ショックアブソーバーをベースに、スルーロッド形式にした。特徴的なのは、オイル室側とガス室側でロッドの径を変えたことである。ガス室側のほうが太い。これによってピストンの受圧面積はオイル室側のほうが広くなり、ロッドには引き込む方向に力が働く。つまり、コンベンショナルな単筒式ショックアブソーバーとは逆で、マイナスの反力が働くことになる。ロッドは縮む準備をしているので、入力があったときにすぐに反応する。キャッチャーが剛速球を受け止める際、ミットを少し引くようなイメージだ。 旋回に移行すると、外輪側は沈み込み、内輪側は浮き上がる。コンベンショナルな単筒ガスショックはロッド押し出し方向の力が掛かっているので、インリフトを促進する動きが出る。いっぽう、ExTRASは引き込み方向に力が掛かっているので、インリフトを抑制する方向に動く。だから、内輪の接地性が向上し、4輪がきちんと接地した状態でコーナリングする。 「一般的に単筒ガスショックは突き上げを感じやすいので、ガス圧を下げてそれを緩和する方向にあります。ExTRASはそれに対し、数百Nの差を持たせた仕様になっています。それがインリフトを抑える効果につながっています」 上図を見ればわかるように、ExTRASは単筒ガスショックよりもシリンダー長が必要になる。スルーロッドを収めるスペースが要るためで、そのぶんシリンダーが伸びてしまうのだ。REASのようにセンターユニットや配管は必要なく、その点でパッケージング上有利だが、既存のユニットと単純に置き換えられないケースは出てくる。そこは課題だ。 効果の見える化もできている。テストコースの旋回区間でショックアブソーバーのストロークを計測したところ、前後ともExTRASのほうが内輪側の伸び量は短かった。マイナスの反力の効果である。旋回区間通過時のストローク量の変化を繋ぎ合わせて動画で再生すると、ストレート走行時でも違いが現れる。コンベンショナルなショックアブソーバーは落ち着きに欠ける印象だ。コーナー進入時に制動を掛けると、コンベはつんのめるような前傾姿勢になるのに比べ、ExTRASは落ち着いた姿勢を保っている。脱出に向けて切り返すときも同様で、ExTRASのほうが動きは落ち着いている。 高さ6cmの段差に乗り上げて降りる際のストロークを計測してみると、ExTRASのほうが変位は小さく、収まりがいい。そのときのドライバーの頭部の揺れを観察・計測してみると、ExTRASのほうが明らかに動きは小さい。ドライバーだけでなく、助手席、あるいは後席の乗員も効果を体感できるのが、ExTRASの魅力だ。
トヨタ・4Runnerで比較試乗 ダブルウィッシュボーン式のフロントはストロークが確保できたので、ExTRAS本来の仕様で搭載。大型SUVらしいゆらゆらと揺すられる動きが消え、落ち着いた乗り味になる。
原理の説明を受け、構造の説明を受け、それによる効果の説明を受けて、計測結果を目にした。なるほど、説明どおりに機能していれば乗り心地は良くなるはずだと想像できる。心配だったのは、自分に果たして違いをセンシングする能力があるかどうかだった。「ここが良くなっているんです」と説明を受けて乗ってみたものの、「う~ん、違うのかなぁ」と悩ましい経験をしたことがある。不安を抱きながらまずは、トヨタ4ランナーでExTRAS非搭載車とExTRAS搭載車を比較試乗した。 試乗の基点となったヤマハ・コミュニケーションプラザ(静岡県磐田市)を出る際に、門が走るレールの段差を通過することになる。ありなしの差を感じとるのはそこがいいと聞き、コンベの感触を味わった後でExTRAS搭載車に乗り換え、50m先のレールを目指した。が、タイヤのひと転がりで、違いがわかった。ひたひたと路面に吸い付くような印象で、揺れが少ない。走らせているのは確かに4ランナーなのに、クラウンの乗り味だ。「こんなに違いがわかりやすいとは思わなかった」と助手席の技術者に告げると、「一般のお客様にわかるレベルでないと、(自動車メーカーに)買っていただけませんから」との返答が返ってきた。
コンベンショナルなショックアブソーバーとExTRASの機能の違いをイメージしたイラスト。REASはロール時に減衰力を付加するが、プラスの反力を発生させることに変わりはない。ExTRASは正反対の動き。
ヤマハ・コミュニケーションプラザをベースに比較試乗を行なった。右は神奈川トヨタとコラボレーションして開発中のクラウンRS(車両提供:神奈川トヨタ)で、ExTRASとパフォーマンスダンパーを搭載している。左はREASを搭載した97年のクラウン・アスリートVX。パフォーマンスダンパーも装着。走行距離28万kmの個体だが、質感の高い乗り味を維持していた。