TEXT◎瀨在仁志(SEZAI Hitoshi) ILLUSTRATION◎熊谷敏直(KUMAGAI Toshinao) PHOTO◎Motor-Fan FIGURE◎Volkswagen
正確な時期は忘れてしまったが、クルマの運転に興味があって、教習所に通う前後のころである。基本の操作に加えて、クルマの機構などを、本やクルマ好きのおじさんたちからいろいろと教えてもらった。その関係でいまではすっかりとこの業界に居座ってしまったわけだが、当時どうしても理解できなかったのが、デファレンシャルギヤだった。
いまのMotor Fan illustratedのように親切に説明してくれる雑誌があればよかったが、当時はまだ図版も少なく、経験者といっても運転歴も浅い人たちばかり。こちらも運転免許的にいえば2輪しか知らなかったから、話はなかなか進まない。ただレーシングカートに乗っていると、旋回中にリヤを流しながら走行したり、ねじ伏せるような力づくのコーナリングは身体で覚えていた。
クルマだってハンドルがあって、リヤタイヤを回しているなら、強引に走ってしまえば曲がれるはず。デフの必要性などクルマを運転するまではまったくわからなかった。
いや、免許を取ってみてもパワーをかけていけば、タイヤはギュルギュルと悲鳴をあげ、コーナーを曲がることができたし、それなりにカウンターの真似事なんかもできた。そう、FRのクルマの場合、リヤのイン側がいとも簡単に空転してしまっていることと、カートで強引にパワードリフトしていることを混同し、クルマを操っている気分になっているだけだったのだ。
冷静になってクルマの動きを見てみると、ギュルギュルとリヤタイヤがいうものの、カートのようにコーナー出口に向かって鋭く立ち上がっていくのではなく、クルマの動きは至って穏やか。タイヤから煙や悲鳴が上がっていても、速度もGも上がることがなく、空転していただけのことに気づかされた。お恥ずかしいことに速く走っていたつもりは、イン側のタイヤが空転しているに過ぎなかったのだ。
それでもFRの場合は、まだフロントとリヤタイヤが個々に仕事を分け合っているから、慣れてしまえばそんなに大きな問題ではない。LSD効果の恩恵の方が大きく、スポーツモデルにとっては得がたいアイテムといえる。だがこれがFFになったら話は別だ。FFはご存じのとおり、駆動力と旋回力のふたつの作業を前輪だけで行なっている。曲がりながら、加速したり減速したりを同時に行なっている。
当然ハイパワーFFモデルになるとFR同様に旋回中にパワーをかけていくと、ノーマルデフの場合は、イン側のタイヤからトルクは流出してしまう。もっともFRと違ってフロントタイヤには荷重が多くかかっているから、滑りが生じるポイントは遅くなるものの、攻め込んでいけばいずれは駆動ロスは発生する。
LSDを採用すれば、イン側の接地性が失われそうになると、左右の回転差は抑制されトルクは均等に振り分けられる。しかし、ステアリングは切っている状態だから、機械的に回転差をなくしてしまうと、急に直進状態へと戻ろうとしてステアリングには大きな反力が生まれてしまう。いわゆるトルクステアであり、強いキックバック状態だ。
曲がりたいのはドライバーの意思だから、大きな力にかなうぶんだけステアリングを押さえ込まなければいけないし、速く走りたいからさらにパワーをかければフロントは暴れ出す。曲がる力と駆動力を同時に生かすために、左右輪の回転差はなくなり、イン側のタイヤにも無理な力がかかってしまう。物理的にもドライバー的にも無茶である。低μ路でなければFFの機械式LSDは成立しにくいのだ。
実際にゴルフGTI TCRでインフォテイメントシステムからスポーツモードを選んで試乗した印象を伝えると、ステアリングを切った方向にグイグイと引っぱっていってくれる走りの良さは、ステアリングと格闘しながらサーキットを走っていたときとは隔世の感がある。正にオン・ザ・レールの走りは見違えるほど動きが素直で、速い。トルクステアも抑えられていて実に扱いやすい。これならFFスポーツモデルのLSDとして効果的である。
今度は、ノーマルデフ状態に近いモードを選んでワインディングを走行してみると、スタートダッシュでステアリングが左右にとられると同時に、スリップコントロールのサインが点滅し、290psのパワーを前輪だけで支える事への限界を教えてくれて、LSD効果も薄い。
もちろんこの電子制御デバイスのおかげで、旋回中にパワーをかけていくと、空転しそうになる内輪にブレーキをかけて、LSD機能を満たそうとはするが、コーナーでペースを上げていこうとすると、ブレーキのフェード臭が強くなる。
エンジンパワーが犠牲になり、操っている印象も薄いし、進行方向にノーズは向いてくれてはいるものの、グイグイと引っぱっていくとまでは言えない。安定感は高くラインとレース性はよいものの、サーキット走行を行なうと、きっと旋回速度を規制されてしまうことにストレスを感じてしまうはずだ。パワーを押さえ込む減算制御ではなく、パワーを生かし駆動力を最大限生み出しすことこそがLSD効果への期待というものだ。。
パワーをかけて、ステアリングやスロットルワークでコーナーは抜けたいのは、FFに限らずスポーツモデルの醍醐味だ。ブレーキ制御はオフにした上で、インフォテイメントシステムから、デファレンシャルロックを選び出し、モード違いで走ったのが上の写真、上下2カット。上が電子制御デファレンシャル効果を最大限発揮させたスポーツモード。下がノーマルデフに近い状態だ。駆動力が適正に伝達されている上のカットと、ノーマルデフに近い下のカットでは、まずステアリングの切れ角が違うことわかる。
下のコーナリング状態は、旋回速度を合わせてステアリングを切り込んでいってはいるものの、旋回姿勢に入ると同時にイン側の接地感が減少し、トルクが抜け始める。さらにパワーをかけていこうとしてもイン側のリフト量は収まらないから、トルクはさらに流失して速度は上がらない。同時に空転しているぶんだけ旋回力は落ちるから、ステアリングを切り込み旋回力と駆動力とのバランスをとっている。そのため、舵角は下のカットに比べて拳半分ぐらい多くなっているのがわかる。駆動力が増加していないから、一度傾いたボディは大きいままとなっている。
いっぽう、上のカットでは、旋回速度に合わせてステアリングを切り込んでいっても、初期のロール量は同じものの、イン側からのトルクの流出は感じにくい。一度はリフト気味にはなってタイヤのグリップ力は落ちた物の、滑りが生じようとしたところ、空転しそうになったところをセンシングして油圧でクラッチプレートを圧着。イン側の空転を押さえ込むことによって、前輪の駆動力を復元して旋回力をキープした。
体感的にはパワーをかけていっても駆動方向の滑り感は感じられないどころか、グイッと引っぱっていこうとする。結果、旋回外方向に働いていた力が、進行方向の力に打ち消されてボディの傾きも収まってくれている。まさに、駆動力の高さによって姿勢を安定させている結果がこの2枚のカットの違いなのだ。
つまり、電子制御LSDは、機械式LSDのように左右輪の回転軌跡を考慮せず、力ずくで直結状態を作ったり、ビスカスLSDやのように回転差は生かしてくれているものの、タイムラグや駆動ロスが大きいのとは異なって、タイヤの性能を上手に引き出してくれていることがわかった。もっとも現状トルセンLSDのように日々進化しているものもあるし、ESCの拡張機能もより高度化している。なによりもFFのシャシー自体が接地性を上げていることでLSD自体の要求シーンが減ってきていることも確かだ。
ゆえに今後FFスポーツモデルの駆動力コントロール技術がどこに落ちついていくかはまだまだ未知数である半面、より緻密な制御が要求されていくに違いないから、次の一手は実に興味深い。4輪でクルマが動いている限りデフの進化は止まらない。改めて奥が深いことを知り、知れば知るほどその違いを掘り下げていってみたくなった。
また、タイヤの限界もあることから、LSDを装着したからといって、FFが4WDのように強力な駆動力を得られるものではない。あくまでもタイヤの性能低下分を補うことこそが目的だから、過度な期待感は禁物。
いままで捨てていたトルクを無駄なく拾い上げる作業こそがLSDの仕事だから、いうなれば排気エネルギーを再利用したターボシステムみたいなもの。環境対応としてダウンサイジングターボができたように、駆動ロスを最小限に抑えて燃費効率を上げるなど、LSDの利用価値はスポーツドライビングアイテムばかりでなく、次世代車両に向けて再認識され大きく進化するときが来るかもしれない。これからも注意深く、その機能を追っていきたいと思った。
VWゴルフGTI TCR(FF/7DCTT)
全長×全幅×全高:4275mm×1800mm×1465mm
ホイールベース:2635mm
車重:1420kg
サスペンション:
F|マクファーソンストラット式
R|4リンク式
タイヤ&ホイール:235/35R19
駆動方式:FF
エンジン形式:水冷直列4気筒DOHC16バルブ
型式:DNU型(EA888)
最小回転半径:5.7m
排気量:1984cc
ボア×ストローク:82.5×92.8mm
圧縮比:9.3
最高出力:290ps(213kW)/5400-6500rpm
最大トルク:380Nm/1950-5300rpm
燃料供給:筒内燃料直接噴射(DI)
燃料:プレミアム
燃料タンク:50ℓ
燃費:
WLTCモード燃費 12.7km/ℓ
市街地モード 9.2km/ℓ
郊外モード 12.8km/ℓ
高速道路モード 15.1km/ℓ
トランスミッション:7速DCT
車両本体価格:509万8000円