温室効果ガス削減に関する環境規制を背景にグローバルで実用化が進むEVは、ガソリン車よりも高コストかつ走行距離が十分でないことが普及の足かせとなっている。EVに装備されているパワーモジュールには、一般的にシリコンを用いた素子が使用されてきたが、ガソリン車並みの長い航続距離などのニーズから一層の消費電力低減が求められており、パワーモジュール向け素子としての限界も見えてきている。そこで近年は、EV向けモジュールの小型化・軽量化・低消費電力化、かつ低コスト化が実現可能なシリコンカーバイドやガリウムナイトライドをシリコンの代替素材として適用した半導体素子の開発が進められている。しかし、モジュール小型化に伴う半導体素子周りに生じる発熱対策は必須の課題であり、モジュールを構成する放熱材料や接合材料などの部品にもこれまで以上の高温耐性や高熱伝導性が求められている。
炭素原子から形成されたナノテクノロジー材料の一種であるカーボンナノチューブは、銅のおよそ10倍の高い熱伝導性を持つため、シート化することで半導体素子などの熱源から熱を逃がすための放熱材料として活用が期待されている。富士通研究所は、カーボンナノチューブを用いた高熱伝導シートを2017年に開発したが、シート形状を保持するために2000℃以上の超高温下において焼成成形をするため、シートが硬くなり柔軟性に欠けていた。硬いシートは、平坦な材料同士の接合では問題ないが、凹凸の大きい材料同士の接合には不向きであるため、シートの活用用途が限定されてしまうという課題があった。
また、信頼性が要求される半導体素子周りにおいては、素子の動作前後に発生する熱による変形に追随するため、半導体と熱を逃がすための冷却部をカーボンナノチューブから成る放熱シートを介して接着させる必要がある。一般的にカーボンナノチューブに接着性を付与するためには、樹脂やゴムなどの粘着素材にカーボンナノチューブを混ぜ込んでシート化するような手法が用いられている。しかし、このような粘着素材は低い熱伝導率を持つため、熱伝導性と接着性を両立させることが極めて困難だった。
今回、界面抵抗を含めた場合でも最高で100W/mKと極めて高い熱伝導率を示すカーボンナノチューブ接着シートを世界で初めて開発した。開発した技術の特長は以下のとおり。
1.シートラミネート技術
垂直方向に並んだカーボンナノチューブを、配列を保持したままラミネートする技術を開発した。ラミネート層は、保護シートと接着層の2層で構成され、カーボンナノチューブの上下をラミネート層が保護する積層構造を有している。カーボンナノチューブは、形状が崩れやすいため放熱材料として使用するには扱いが困難だったが、本技術によりカーボンナノチューブそのものがラミネート層で保護されるため形状が安定し、これまで難しかった裁断加工やハンドリングが容易となる。
2.シート高熱伝導接合技術
ラミネート層を構成する接着層は、厚さ数ミクロンメートルの樹脂から形成されている。樹脂は、わずかな量であっても大きな熱抵抗の要因となるため、樹脂による接着性の付与と熱伝導性の両立が解決すべき課題となっていた。そこで、富士通研究所が長年培ったカーボンナノチューブと樹脂の境界面における熱抵抗に関する知見を活かし、カーボンナノチューブの密度、樹脂の種類や厚み、接合条件といった3つ以上の相関パラメーターの最適化を行うことで、カーボンナノチューブの熱伝導性を損なうことなく、十分な接着性を保持したまま接合を行うことが可能となる。
今回開発したカーボンナノチューブ接着シートは、既存の高熱伝導材料として知られるインジウムを原料とする放熱材料(インジウムシート)と界面抵抗も含めた実測値により比較した結果、最大で3倍の熱伝導率を確認した。また、本シートは、接着層および保護層と一体でラミネート化されているため、容易に裁断加工やハンドリングが可能となるとともに、接着を必要とする用途への展開が可能となる(図2)。これらの技術により、EV向けの車載パワーモジュールをはじめとする、カーボンナノチューブの放熱材料としての実用化が可能となる。
今後、富士通研究所では、カーボンナノチューブ接着シートの使用を材料メーカーなどへライセンスしていくことで実用化を目指す。