TEXT : 松永大演 (MATSUNAGA, Hironobu)
PHOTO : 水川尚由 (MIZUKAWA, Masatoshi)/花村英典 (HANANURA, Hidenori)
※本稿は2020年1月発売の「ルノー・メガーヌR.S.トロフィーのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
本当に、彼はこれでタイムアタックをしているのだろうか? そんな疑問が沸き起こったのが19年5月、メガーヌRSトロフィーRがニュルブルクリンク・ノルトシュライフェにトライする動画を見たときだった。
その前に見たのがホンダ・シビック・タイプRのニュルブルクリンク・タイムトライアルのインカー映像。それは、荒れた路面から発生するステアリングのキックバックと果敢に戦う、いかにもハードワークをイメージさせるものだった。タイムは7分43秒80と、先代メガーヌRSトロフィRを凌駕し、FF最速のタイトルを奪還してみせた……。
その後、ルノーはメガーヌをフルモデルチェンジ。そして期待通りに、RS、RSトロフィーをラインナップ。さにハイエンドの限定軽量モデル〝トロフィーR〞を引っさげて、ニュルに戻ってきたのだ。
動画にはニュルFF速タイム奪還の文字。ならば、と同じく室内からの走行映像を見てみると、そこに映るのはまったくの優雅な走りだ。いくつかのコーナーでステアリングを強く押さえることはあったが、あとはまったく普通のドライビング。まるで音楽を聴きながら、高速道路を流しているかのようだ。滑らかにコーナーに入り滑らかに抜けている。もちろん、素早いシフトワークが際立つのだが……。と、そんなことを思っているうちにゴール。タイムは7分40秒10! なんと、最速シビックよりも3秒以上も速いタイムを叩き出した!!
タイプRは235kW(320㎰)/400Nm。対するトロフィーRは、221kW(300㎰)/400Nm。ドライバーは、かのルノー・テストドライバーの神様、ロラン・ウルゴン氏。この動画から彼の極意を見つけようとしても、さっぱり分からない。
そしてステージは鈴鹿へ。
さて、鈴鹿サーキットにおける先代モデルのタイムは、2分28秒465。これをどれだけ短縮できるか。
登場したロラン・ウルゴン氏は、居合わせたプレスのそれぞれに握手を求めるフレンドリーさ。実は最終的に彼は、2分25秒454という、先代モデルから3秒以上縮める最速記録を叩き出すことになるのだが、その時のコメントがイケている。
「私たちもシビック・タイプRについては十分に研究した。非常に素晴らしいクルマで、もはや超えることはできないと思っていた。少しでもタイプRに近づくことが、私たちの目標になっていた」というのだ。
あまりに正直すぎないか? と思ってしまう反面、その裏にあった努力の凄まじさは想像に難くない。
実はトライアルの初回で2分25秒961を叩き出し、あっさりと3秒近く速いタイムをマークしたが、ミスシフトをしてしまったとのことで、再度トライ。結果、2分25秒749をマーク。これで終了のはずだったが、今回の日本でのトライアルのアドバイザーとなっていたレーシングドライバーの谷口信輝選手が、なんとその後2分25秒656というタイムを出す。
スタッフの中で長い議論があり、コースの占有時間の制約もあるほか、カーボンホイールに装着されていたタイヤの消耗もかなりのもので、トライは難しいとして、これにて断念という流れだった。
しかし、プレスを前にしての撮影時間も少なかったことから撮影用に走ることになり、赤いオリジナルホイールに装着されていた新品タイヤでコースへ。
しかし彼がコースに出てしまったことで火がついてしまい、ワンチャンスのトライアルで2分25秒454なるタイムをたたき出すこととなった。
ドライブ後、ウルゴン氏は、タイムトライアルカーが下ろしたてに近い状態で、もし、ニュルを走ったクルマを使えたならばさらに1秒は縮まったかもしれないと漏らした。
コースサイドで見ていると確かに速い。しかし、迫力に欠けるというべきか、それは正しくいうならば、クルマに無理をさせない走りだ。その印象を、最初に見たニュルでの走行動画では優雅さだと感じたのだとすれば、なるほど合点が行く。
ウイングを持たない低ドラッグのマシンとして誕生したこのクルマにとって、その性能を最も発揮させるのは、抵抗をできるだけ減らす走り方だ。300㎰のパワーをいかに無駄なく前進させる力に使うか? このマネージメントを一番知っていたのは、やはりあの神様なのである。
ボンネットとディフューザーを専用設計としてカーボン化。限定30台のカーボンセラミックパックでは、フロントのカーボンブレーキと、専用カーボンホイールが追加装備される。