この仕事を行なう膨張行程で発生する力は、圧縮比を高めることが重要になる。圧縮比とは、下死点にあるときのシリンダー容積を燃焼室容積で割った値だ。熱効率の飽和やピストンスラスト荷重などの損失のバランスから、およそ14ぐらいが理想的であると言われている。
しかし、ガソリンエンジンでは14に届かないものが大半だ。これは圧縮比を高くしていくと圧縮上死点での温度も上昇し、スパークプラグの火花着火の前に自己着火してしまう「ノッキング」というやっかいな現象が発生するから。このノッキングは高回転時など場合によってはエンジン破損に繋がるために、ガソリンエンジンではノッキングが発生しない値までしか圧縮比を上げられない。圧縮比の上限はここで決まっているのである。
いっぽう、ディーゼルエンジンでは逆に圧縮比は14を超えている。ディーゼルはスパークプラグを持たず、圧縮行程で高温になったシリンダー内に燃料である軽油を噴射し、いたるところで自己着火して燃焼が始まる。ガソリンエンジンでは避けるべき自己着火を使うわけだ。この性質上、圧縮比を14程度まで上げることはある面、容易なのだが、むしろもっと上げないと実用面で問題が生じる。氷点下数十度といった低温下でエンジンを始動させるには、圧縮比が14では足りないのである。
マツダのスカイアクティブXは、ガソリンエンジンをディーゼルのように自己着火させることで、従来以上のリーンバーン(希薄燃焼)を実現し、少ない燃料で高い効率の燃焼を実現した世界初のエンジンである。この燃焼を予混合圧縮着火HCCI(Homogeneous Charge Compression Ignition)と呼ぶ。リーンバーンでは燃焼温度が下がるため熱として周囲の空気に逃げる熱損失が減らせる。またNOx(窒素酸化物)がほとんど出ないなど排ガス浄化面でも有利だ。
目的はリーンバーン、しかし通常のガソリンエンジンと同じ燃やし方を行なうと、火炎伝播ができず失火してしまうため、世界中の技術者がHCCIを研究してきた。十分に温度を高めてディーゼルエンジンのようにガソリンを自己着火させればリーンバーンが可能となるのが理由だ。しかし、HCCIには圧縮着火が成立する筒内温度範囲が狭い、という課題があった。
これをマツダは、スパークプラグによる火花点火を併用することで実用化したのである。火花による膨張火炎球をエアピストンとして圧縮に使い、ガソリンの自己着火を促すことで高速燃焼を実現。プラグ点火を使うため、マツダはSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition Combustion)と命名している。燃焼状態を常時モニターし、プラグの点火タイミング等を制御。状況に応じて通常の火花点火とSPCCIを切り替えながら運転する。これがスカイアクティブXエンジンの仕組みである。
この複雑な制御を実現するために、スカイアクティブXは気筒ごとに燃焼圧センサーを見込み、高応答エアサプライシステムと呼ぶスーパーチャージャーでシリンダーへ多くの空気を送り込むなど、補機類も多い。加えてBSG(ベルト・スターター・ジェネレーター)とリチウムイオン電池を用いたハイブリッド車でもある。
12月13日発売のモーターファン・イラストレーテッドvol.159では、ガソリン/ディーゼルエンジンの基礎を改めて解説。スカイアクティブXの狙いと目的の理解を助ける1冊とした。ぜひ御覧いただきたい。