TEXT●西川 淳(NISHIKAWA Jun)
PHOTO●宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)
※本稿は2017年10月発売の「ボルボXC60のすべて」に掲載された記事を転載したものです。車両の仕様が現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
ブランドのレゾンデートルをどこに設定しておくか。電動化や自動化を控えた今、それは喫緊の課題であり、“椅子取りゲーム”にもなっている。なぜなら、クルマの個性を決定する分かり易い要素には限りがあるからだ。
なかでもデザインは最も大きな要素だ。ブランドを丸ごと説明し得るユニークなデザイン言語を見つけ出し、最新モードにブラッシュアップしながら、実際の商品(コンセプトカーなどではなく)でアピールし、10年程度は定着させて、その後に昇華、というプロセスを丹念に継続していかなければならない。そして、その皮下に、性能や機能に関するユニークネスをふたつないし3つ内包することで、クルマとしての個性を確立し、そのバッジが存在する理由を多くの人に、購入層だけでなく傍観者にも、知ってもらわなければならない、というわけである。
実際の商品、つまりは市販モデルでそれを達成するための確実な道筋は、その時代において、世界中で最も勢いのあるカテゴリーやクラスを対象に実践すること、だろう。古くはそれがスポーツモデルであり、サルーンであり、コンパクトカーであった。
現代ではSUVがその主戦場になっている。特にプレミアムブランドで顕著であり、多くの有名ブランドが大中小のSUVマーケットで凌ぎを削る。そして、ボルボはそんな時代の流れを読み切って、ブランドの目指す新たな理想をまずSUVモデルで表現することに成功している。XC90からのS90、V90、そしてXC60からのS60、V60という一連のモデル展開の底流に、ぶれない意思を見出すことができるのだった。
90シリーズで新しい、と同時に、極めてユニークかつテロワール(モノやコトが生まれた背景、土地、環境、文化のこと)に見合った内外装のデザイン性を見事に見出し、多くの絶賛を得たボルボは、より一般的で量販的な60シリーズで、その方向性をいっそう確実なものとしなければならなかった。裏を返せばXC30こそが、センセーショナル・ボルボの命運を握る主人公だった、というわけだ。
新しいアーキテクチャーの採用や、パワートレインの制限戦略、徹底したデザイン管理などは、プレミアム性で先行するジャーマンブランドをも凌駕する厳格さと先見性に満ちており、早くもブランドのメッセージ性においてドイツ勢の驚異となりつつある。では、肝心の商品においてその差はどのようになっているのだろうか。最も人気のある欧州Dセグメント相当のコンパクトSUVクラスに属するXC60を、アウディやBMA、メルセデス・ベンツといったドイツ勢と比較しておくことは、ブランドの方向性を知るうえでも有意義なことだろう。
このうち今回は、アウディQ5が日本デビューしたばかりで車両の都合がつかず、他2ブランドの2台、BMW X3とメルセデス・ベンツGLCと比較検討することになった。
このクラスを事実上“流行らせた”のは北米市場におけるレクサスRX(日本名ハリアー)だが、ドイツ勢として本格参入を果たしたのはBMWのX3だった。2004年に初代がデビューし、現行モデルは10年に発表された二代目。ライフを見ても分かるようにフルモデルチェンジ直前での比較となった。
前述したように08年デビューのアウディQ5がモデルチェンジしたばかりであり、いまとなっては二代目X3もこのクラスの最古参となってしまった。
それゆえ、デザイン的には最も保守的で、よく言えば落ち着いているし、悪く言えば古くさい。Aピラーの角度やサイドウインドウグラフィックスを見れば分かる通り、デザインにさほど“攻め”が見受けられないのだ。そのことは、インテリアにも言える。
パワートレインの種類は、ドイツ車としては標準的な揃えで、4気筒(2グレード)&6気筒のガソリンターボと4気筒ディーゼルターボを用意し、それぞれに8速AT+AWDを組み合わせている。
FRの3シリーズがベースだ。それゆえ、速度を増していった際の運動神経の良さには、なるほどと思わせるだけのポテンシャルを今なお秘めていた。重めの操舵フィールを持つパワーステアリングはアクセルを踏めば踏むほどに“調子”が出るタイプ。ヒラリヒラリとリズミカルにワインディングロードをこなすかと思えば、街乗りの右左折やちょっとした進路変更では動きの軽やかさに欠けている。
Aピラーが立っていてデザイン面でのアグレッシブさに欠ける分、室内は前後席ともに充分スペーシャスで、リヤウインドウも当然広く、後方確認もしやすい。荷室も縦方向の広さが目立つ。このあたり、スタイリングとのトレードオフになってしまう要素ゆえ、時代のデザイントレンドに左右されると言えそうだ。
メルセデス・ベンツGLCはどうか。このモデル自体のデビューは15年で比較的新しいが、実質的には08年デビューのGLKクラスが先代にあたる。FRのCクラスをベースにSUVスタイルとしたもので、2.0ℓガソリンターボを主軸にPHEVや、ディーゼルターボも用意するあたりは、ボルボXC60とよく似た構成である。9速AT+AWDを基本としているが、FRグレードの設定もあり、またPHEVは7速ATとした。V6ターボを積むAMGモデルも用意されている。
現行世代となって、メルセデス・ベンツはセダンのデザインも攻めに転じた。SUVも、それまでの質実剛健スタイルから一転、アグレッシブなイメージを際立たせている。
機能よりもデザインを優先(たとえばハザードスイッチは使いづらく、後席は狭い)するなど、以前のメルセデス・ベンツにはあり得なかったことだが、時代の潮流には逆らえなかったということだろう。その象徴というべき現象が、グリル内の大きなスリーポインテッドスターで、これは以前、豪華なスポーツクーペやオープンモデルにのみ許可されたものだった。
デザイン優先の弊害は、街乗り時の不安となって現れてもいる。寝そべったAピラーによって、ただでさえ狭くなったナナメ前方の視界が、これまたデザイン優先のサイドミラーによってほとんど塞がれてしまっているのだ。BMW X3も、スペースはあるものの肝心な位置に大きなミラーがあるため、心理的な不安が増す。プライマリーセーフティという次元で比較した場合、ボルボXC60の視界の良好さは抜きん出ていた。攻めのスタイリングであるにも関わらず、だ。
GLCのライドフィールは、背の高いCクラスである。軽快さと安定感のバランスが秀逸で、誰もがすっと入っていける懐の深さがある。Cクラスの魅力をほぼそのまま受け継いだ、というあたりがGLC最大の特徴だと言っていい。
そのぶん、乗っていて面白みがない。よくできた実用車ではあるけれども、愛着の沸くようなパートナー感を見出すことが難しい。BMW X3よりも、クルマとの距離感が随分とある。もっとも、それはメルセデス・ベンツというブランドらしさでもあった。
残念ながら新型アウディQ5には未試乗で、軽はずみなことは言えない。けれども、ベースとなったA4や、最新SUVあたりの仕上がりから想像するに、XC60のライバルとして最もふさわしい、つまりは均衡した存在になり得ると考える。とはいえ、日本仕様パワートレインの種類をデビュー当初は1種類に絞る、つまりは選択肢がない、など、販売戦略面では首を傾げざるを得ない。
果たして、そんなドイツプレミアム勢に対して、新型ボルボXC60はどうか。結論から言うと、個性の見せ方や見映え質感、動的性能、ラインアップの揃え、などなど、プレミアムカーとしての基本的な方向性においては、同等もしくは見方によってはそれ以上、だと筆者は見た。“見方によって”というのは、選ぶほうの主観によってという意味で、実はプレミアムブランドに最も重要な要素だったりする。カンタンにいえば、好き嫌いが分かれるという意味だ。デザインのフィニッシュなどはその際たるものだろう。同じデザインを見ても、“格好いい”と思う人と、“安っぽい”と感じる人に分かれる場合が多い。それは、そもそもそのデザインが気に入ったかどうかが別れ道、だったりする。
走りの面でも、XC60にはドイツ勢と明白な違いがあった。それは、反応が素直でかつフラットフィールの強いハンドリングだ。どこかに偏った重量を感じさせず、とにかくクリーンに曲がっていく。人によっては、もう少し荷重移動が分かり易いほうがいいとか、きっちり沈み込んで走るほうがいいとか、あるだろう。それが“好み”というものだ。筆者は、どちらかというとコーナリング中に姿勢をきっちり傾けて腰を落とすような感覚、つまりはツーリングカー感が好みだったりするが、それでもXC60のフラットで正確な反応には舌をまいた。
乗り心地の良さも光っている。クルマの動きに確かな“軽やかさ”があるにも関わらず、しっかりと地に足がついた印象が絶えずあって、しかも路面からのショックをうまくシート下で収めてくれる。クルマ全体で滑らかかつクリーンに走る感覚は、ドイツ勢の2台にはないもの。ひょっとして新型Q5がそれに近い走りをみせるかもしれないが、それでもここまでのしなやかさは、最新モデルから想像するに与え切れていないだろう。
ブランドイメージからして、しゃかりきになって攻め込むというクルマでないことは明らか。それでも面白いことに、攻め込んでも独特の“味”がある。キレ味もアト味も、妙な尾を引くことがなく、実にさわやかな印象だ。ドライバーが多少、無理強いをしても、反応しながら受け流すだけの度量もある。実際、ロケを行なった湖のまわりの曲がりくねった道を、何度も行ったり来たりして楽しんでしまった!
XC60には、SUVでありながら乗り手を虜にする“味付け”があるようだ(ただし、PHEVの「T8」は重量級のためそこが少し削がれる)。あたかもそれは、従来の価値観、たとえば鋭い加速やハンドリングといったスポーツ性とは少し違って、クルマのうちから自然とドライバーに伝わってくる心地よさのようなものだった。
ひょっとしてボルボは、電動化、自動化へ至る大きな道筋を決めるなかで、従来とは違う新たなドライビングファンの指標を見出したのではないか、とさえ思ってしまったほどだ。それは、もう少し分かり易く言うなら、運転する楽しさ、ではなく、運転する心地よさ、というべきものだろう。
ボルボの最新世代には、従来からの安全というキーフレーズに、環境負荷の低減が追加されている。もちろん、これまでも積極的に取り組んできた内容ではあるけれども、今後はいっそうドラスティックに推し進めることを宣言している。そういった明確な企業理念にこれまでの実績(安全のボルボ)を加え、そこに新たなデザイン言語を覆いかぶせた結果、運転するという、世間的には最早未来のみえない行為に、新たな光を当てることができた。XC90の成果を、より凝縮して、より多くのユーザーが試すことのできるXC60において実現できたことの意味は、非常に大きい。
これまでも、沢山の非ドイツ系ブランドが、ジャーマンプレミアム勢に立ち向かってきた。現在も、その熾烈な戦いは続いているわけだけれども、どうやらボルボはそこから一歩抜きん出た、のみならず、はじめてその一角を切り崩すことに成功したようだ。今後のマーケットの反応が、見物である。
XC60 T5 AWD Inscription
■全長×全幅×全高=4690㎜×1900㎜×1660㎜
■エンジン=2.0ℓ直列4気筒ターボ
■ 最高出力=254㎰/5500rpm
■ 最大トルク=350Nm/1500-4800rpm
■車両価格=679万円
GLC220d 4MATIC Sports(本革仕様)
■全長×全幅×全高=4670㎜×1890㎜×1645㎜
■エンジン=2.2ℓ直列4気筒ディーゼルターボ
■最高出力=170㎰ /3000-4200rpm
■最大トルク=400Nm/1400-2800rpm
■車両価格=750万円
X3 xDrive20d M Sport
■全長×全幅×全高=4655㎜ ×1900㎜×1675㎜
■エンジン=2.0ℓ直列4気筒ディーゼルターボ
■最高出力=184㎰ /4000rpm
■最大トルク=380Nm/1750-2750rpm
■車両価格=697万円