ホンダ(本田技術研究所)の有志がシビック タイプR(FK8)で「ピレリ スーパー耐久シリーズ2019 第5戦もてぎスーパー耐久5Hours Race」に参戦した。この有志チームは「本田技術研究所オートモーティブセンター自己啓発レース活動チーム”Honda R&D Challenge”」と名乗っている。なぜ、ホンダの社員がS耐に挑戦するのか? 参戦の裏側を探るためにツインリンクもてぎへ向かった。




TEXT◎鈴木慎一(SUZUKI Shin-ichi)PHOTO◎Motor-Fan/小野田康信(ONODA Yasunobu)/Honda mk

なぜ、社員有志で、タイプRでレースをするのか?

 スポーツカーを開発したエンジニアがそのクルマを使ってレースを戦う。文字にすると、なんだか普通のことのように思えるが、実際はそうではない。スポーツカーの開発エンジニアとオーナー(ドライバー)、レースを戦うレーシングドライバーはほとんどの場合、イコールで結ばれることはない。でも、レースする楽しさや難しさを体験することが、スポーツカーの開発にSomethingを与えてくれるはずだ。それがホンダならなおさらだ、とはホンダ・ファンならずとも思うところだろう。




 Honda R&D Challengeは、2016年にシビック タイプR開発メンバーと社内外でモータースポーツに関わる業務・活動をしていたメンバーが集まって結成されたチームだ。ホンダにとって重要な「チャレンジングスピリットの醸成」と「スポーツカー開発への知見」と「人才育成」などを目標としていた。つまり、F1やスーパーフォミュラなどの「ワークス活動」とは別に、開発現場のエンジニアを主体にしたチームなのだ。「レースが人を鍛える」ということをよく知っているホンダだから、もちろん継続したプログラムとなるべくスタートしたプロジェクトである。


 チーム結成時点では、本田技術研究所の業務として開発現場のエンジニアを中心にレースへの参戦に向けての活動を進めてきたが、諸般の事情により、現在はホンダの名前は使うが完全に「プライベーター」。手弁当で戦うチームとなってしまった。「ホンダらしいチャレンジスピリットを絶やしてはいけない」という情熱を燃料にしてHonda R&D Challengeチームは動いている。

現行シビック タイプRの型式はFK8。2017年デビューだ。サスペンションはフロントがデュアルアクシス・ストラット式、リヤがマルチリンク式

 さて、レースのベース車両となる現行のシビック タイプRは、ニュルブルクリンクFF最速の座を常に争う生粋のスポーツモデルだ。だが、けしてレースのベース車両として開発されたわけではない。


 シビック タイプRの開発責任者である柿沼秀樹さんに尋ねた。


こういうタイプRのようなクルマを開発する人は、レースで走ったらいいこと、ありますか?と聞くと、


「そうですね。タイプRみたいなクルマの開発に携わるエンジニアは、こういう経験をぜひしてほしいし、させてあげたいですね」と答えている。




 レースに参戦するからには勝利を目指すのは当然だが、Honda R&D Challengeの今回の目標は、「ノーマルに近い状態、つまり素のタイプRに近い状態で5時間レースを戦い抜くこと」にあった。ノーマルに近いといっても、レース車両に仕立てレースに出場するには、それ相応のコストがかかる。そこは、情熱だけではなんともならないが、チームの趣旨に賛同して、アドヴィックスをはじめとするサポートも得ることができた。

前列右がシビック タイプRのチーフエンジニアでもある柿沼秀樹さん、左が瀨在仁志さん、後列右が木立純一さん、左が望月哲明さん

 参戦ドライバーは


木立純一さん/柿沼秀樹さん/望月哲明さんという本田技術研究所の研究員3名に加えてモータージャーナリストでN1耐久、S耐の参戦経験の豊富な瀨在仁志さんの4名体制だ。チームマネジャーの小野田康信さんも含めてみなホンダの社員である。




 木立さんは、ホンダのニュルブルクリンクのライセンスの検定員、つまりテスト(評価)ドライバーのスペシャリスト。柿沼さんはシビック タイプRの開発責任者、望月さんは同じくインテリアのPL(プロジェクトリーダー)である。チームのサポートにもホンダの社員(特別自己啓発レースグループ”高根沢オートクラブ(TAC-R)”と特別自己啓発レースチーム”TEAM YAMATO”)が加わっていた。

S耐ST-2クラス シビック タイプR のマシンを観察する

 小野田康信マネジャーによれば、スーパー耐久(S耐)は、「明らかにプロの世界」だという。生半可な気持ち、体制では出られないレース・シリーズというのだ。かつてのN1耐久とはまったく別物のレースになっている。




 実際、ツインリンクもてぎのパドックを歩いてみてそれを実感した。プロのレーシングチームとレーシングドライバーが全力で戦うレースなのだ。現在のS耐は、スーパーGTのGT300の少し下くらいのレベルといえばわかりやすいだろうか。

エンジンは2.0ℓ直列4気筒DOHCターボのK20C型を積む

 参加クラスは「ST-2」:2001~3500ccの4輪駆動及び前輪駆動車両で過給機係数が1.7倍である。


 ベース車両は現行シビックタイプR(FK8)のドイツ仕様(左ハンドル)。「ほぼノーマル」(小野田マネジャー)だ。もちろん、ロールケージや燃料タンクなどの安全面はS耐(ST-2クラス)のレギュレーションに合致するようにモディファイはしているが、脚周りもレース仕様のレベルにはまったくなっていない。ライバルは三菱ランサーエボリューションX、スバルWRX STI、マツダ・アクセラ(ディーゼル)といった強豪(バリバリのレーシングカー)である。

今回のマシンは、レギュレーションに合わせての改造は施されているが、かぎりなく「ノーマルに近い」状態だった

「なるべくエンジンもシャシーも量産のままでやりたい。ただし、タイヤはスリックタイヤでグリップが非常に高いのでノーマルサスでは足りない。そこで必要最小限、量産のばね形状で出せる範囲でばねレートを上げています。レートは他のレース仕様車と比べたら一桁低い、つまり柔らかいです。ダンパーも量産の電子制御ダンパーのタイヤに合わせて調整している程度です」(柿沼氏)

タイヤはピレリのワンメイク サイズは245を使う。もちろんスリックタイヤだ

 そのタイヤはピレリの1メイクで規定では265サイズまで履けるところを今回は量産仕様が245ということもあって245に留めている。ここでもノーマル重視だ。


 柿沼氏によると、量産車はいわゆる「Sタイヤ」までは想定しているが、レーシングスリックを履くことまでは考えていないという。もちろん、レースだから今回のレース車両は事前にちゃんと検証して問題ないことを確認してうえで参加している。

リヤスポイラーも市販用をそのまま使う。角度調整はできない

 空力もライバルが「GTウィング」と呼ばれる巨大なリヤウィングを装着するのに対して、量産のリヤスポイラーそのままだ(角度調整もなし)。

ブレーキキャリパーもノーマル(ブレンボ製)のまま

キーになるブレーパッドはエンドレスが特別に作ってくれたものを使った

 もっともきついのは、ブレーキだ。レース用のキャリパーにレース用の厚いパッドを使えば問題ないが、ノーマルにこだわった今回の車両はノーマルキャリパー。パッドはエンドレスが特別に作ってくれたものを使う。

ベース車両がドイツ仕様なので左ハンドル。トランスミッションはノーマルのMTをそのまま使う

手前にあるクーラーボックスには氷を入れ冷水をシートに回してドライバーを冷やす。当日は酷暑でドライバーには厳しい環境だった

燃料タンクは規定によりレース用の安全タンクを使う。もちろんロールケージも入れてある

レースは予選クラス4番手/決勝クラス4位

 今回のレポートはレースの模様をお伝えすることが目的はないので、結果については、簡単に記しておく。


 9月14日(土曜日)に行なわれた予選では


Aドライバー木立(2分11秒579)+Bドライバー望月(2分10秒552)の合計タイムで総合30番手ST-2クラス4番手/5台中を獲得。


 9月15日(日曜日)に行なわれた5時間の決勝レースでは、クラス4位で見事に完走した。3位のアクセラと同一周回での4位完走は、ほぼノーマルのマシンと初参戦のチームとしては望外の結果だったといえよう。

レースは4人のドライバーが1スティントずつ走るので、ピットインも3回行なわれた

 5時間のレースをピットでつぶさに見せてもらった。確かに体制は他のプロチームと比べれば見劣りする。マシンはノーマルに近い。ドライバーはホンダのエンジニアだ。しかし、だからこそ、S耐というレースのなかで独自の存在感を醸し出せたと言える。クルマを走らせるのが好き、レースが好き、クルマが好き。だからホンダでクルマを作っている。そんな情熱がクルマ作りに反映できたら、もっといいクルマ、楽しいクルマができるはず。そんなことを彼らは考えているはずだ。

ゴールの瞬間。ドライバー、チームスタッフは喜びを爆発させた

 Honda R&D Challengeの試みが、この一戦で終わってほしくない。この活動の先に、ホンダにとって大切な何かがあるような気がする。F1も大切、MotoGPもそう。でも、今回のこのような試みが継続できるホンダであってほしい、と思った。

望月さんはシビック タイプRのインテリアのPL(プロジェクトリーダー)

今日のレースを振り返っていかがでしたか?




「今日はスタートドライバー務めたんですけど、もう最初水温が高くて冷却が厳しくてペース上げられませんでした。そこがちょっとつらかったですけどね。そこが今後の課題かな。ブレーキもちょっと心配して探りながらだったんですけど、ドライバー全員でコントロールできました。もてぎは一番ブレーキにきついサーキットなのでここで問題なければ他のコースでは全然問題ないと思います。今回S耐5時間のレースを戦ったことで、シビック タイプRのポテンシャルがだいぶわかりました。弱いところもわかったので、今後に生かせそうです。どこまでいけるかわかりませんが、夢を捨てずにいきたいと思います」

柿沼さんはシビック タイプRの開発責任者である。このレース活動が次のタイプRに生かされるか

自分が開発したクルマでレースするのはいかがでしたか?


「最高ですね」




次のタイプRの開発のヒントになったりしますか?


「そうですね。5時間走り切って、クルマの強いところ、そうでもないところとか、いろんなクルマと競い合うから余計にはっきりわかりました」




どうです、レースは楽しめましたか?(柿沼さんは本格的なレースは初めてだった)


「面白かったです。もう、本当に。勉強になるっていうか、マシンによって直線が速かったりコーナーが速かったり、と同じラップでもペースがぜんぜん違います。そういうなかで、駆け引きや攻略方法とかを自分のクルマの状況を確認しながら頭の中で考えながらドライブする。次はじゃあこれをよくしていこうとか、トライしてみようとか、発想力だとか、いろんなことがためになりますね。で、クルマに負担かけないように走らなきゃいけないなかで、タイムをロスしないようにスムーズに走らなきゃだとか……」




タイプRの次のマイナーチェンジ、フルモデルチェンジのテーマをつかめましたか?


「まぁ、そこまでは(笑)。今回のこういうレースで走ると、今後やろうと思っていることの、なんていうか、いまのクルマに対する確認ができました。ぜひ、またレースをやりたいです」




今日のレースは、満点?


「今日のために頑張ってきてくれたみんなには、満点をあげたいですね。ただ、当然、我々がより良いクルマを作っていくうえでは、満点なんかじゃなくて、本当にやらなきゃいけないことやりたいことっていうのが、いっぱいある。そういうものを確かめることができました」

ジャーナリストでN1耐久、S耐のレース経験の豊富な瀨在仁志さん

「率直に言って、ここまでできると思わなかった。ノーマルの状態でよくS耐の規格に合わせて走れたなと思います。やっぱり5時間長いですからね、どうなるかわからなかったけど、みんなちゃんと予定通り走り切っての結果の4位だったので良かったと思います。シビック タイプRの信頼性も証明できたと思う。それが何より大きい」




タイプRのポテンシャルはやはり高い?


「高い。もうちょっと気温が高くなったんで多少抑えてましたけど、常連のライバルマシンとある程度一緒に走れました。エンジンもミッションも問題なし。すごい、ホンダのパワーをね、久しぶりに見た気がします。これがホンダの実力だから、これをね、証明していきたいですね、さらに継続して」




楽しそうでしたね、いいチームだなって感じました。


「そう。みんな、手当てがつかないから残業じゃないけど、休日出勤で頑張って徹夜してまでマシンを作ってくれた。そういうのっておしなべてどっかでボロが出そうだけど、このチームは出なかったのがすごい。チームもクルマも信頼性が高い。良かった。後はホンダの経営者だね。ホンダの経営者がね、このプロジェクトをバックアップするくらいの度量があるかどうかね」

木立さんは、ホンダのニュルブルクリンク検定員。評価ドライバーのスペシャリストだ

今日のレース、いかがでしたか?


「まずグリッドに並べたことがまず、本当に奇跡かなと思います。会社としての活動が今年できなくなって、そこから自己啓発に切り替えました。会社の事情もあるし、我々それをちゃんと受け止めて準備をしてきました。自己啓発ですけど、もちろん会社側からのバックアップが当然あって、クルマは会社のクルマですから、感謝しつつ準備してきました。でも、そうはいっても、やっぱりレースって準備が本当に大変なんです。本当にいろんなサポートをいただくのにも色々本当に大変な思いを……」




感無量なところありますか?


「はい。やっぱり正直なところ時間がなかったってところもあります。なかなかレースに出られなかったんですけど、小野田はじめ、ほかのメンバー一丸となって、とにかくS耐もてぎ戦だけは出たいっていうことでしっかり準備してきました。ですから、さっき申し上げた奇跡ってそこですよね。本当に奇跡だと思います。実際走ってみると、S耐っていうのはプロと混走だし、我々アマチュアと一緒に走るっていうのは、なかなかプロにとってもちょっと邪魔なところも正直あるとは思うんです。我々としては、一緒に走らせてもらうことに本当に感謝していますし、レースフィールドで量産のクルマを走らせてくれたっていうのは、ほんとに主催者にも感謝したいと思います。いろんな奇跡が重なって、いまここでゴールできたのかなっていう思いが……すみません、まとまりはないんですけどもそういう結果でした」




いいチームでしたね


「そうですね、ほんとにいいチームだったと思いますね。今回アドヴィックスさん、ターマックプロさん始め、いろんな方々にサポートいただきました。我々、レースやったことないド素人がこのフィールドで戦えたっていうのは、ほんとサポートの力があってこそです。いろんなことを勉強させてもらいました。プロと一緒に走らせてもらって、それこそいろいろなことを学ばせてもらいましたね」




やっぱり違うんですか?


「違います」




プロのレーシングドライバーは全然違いますか。走っていて違うなって……


「全然違いますね。プロのレーシングドライバーは、コントロール能力が高い。我々はレーシングドライバーを目指すわけではないので、そこまではもちろんいけないんですけど、そういう領域で走ってる姿とかを見てやっぱり勉強になったし、それが自分たちの運転のスキルに繋げられたら繋げたいなというふうにも思いました」

「僕はもう、皆さんがのびのびしっかりとできる環境を作るまでが仕事なんで、とにかく走り切るという最大の目標が達成できたことで、僕はもうこれ以上言葉はありません。みんなに感謝しかない。でも、この活動をこれで終わらないように絶対に続けたいと思います。ありがとうございました」




「だって、モータースポーツって本来こういうものでなきゃいけないんです!」

情報提供元: MotorFan
記事名:「 ホンダ・スピリットは健在か? ホンダ有志が(ほぼノーマルの)シビック タイプR (FK8)でレースをする理由