TEXT:世良耕太(SERA Kota)
性能を出すための大幅刷新。課題克服が富士重工全体の技術を上げた
富士重工が1966年に発売した国産量産車初のフロントエンジン・フロントドライブ車「スバル1000」に搭載した「EA52」型エンジンはその後、ボアアップによる排気量拡大とそれに伴うクランクシャフトやベアリングの強化、動弁系の改良などで時代の流れに対応していった。開発段階で800ccだった排気量は、すでにスバル1000の発表段階で977ccに拡大。1969年にはボアを72mmから76mmに拡大して排気量を1088ccに拡大すると(EA61)、1970年にはボアを82mm、排気量を1267ccとし(EA62)、1971年にレオーネに引き継がれた。
EAシリーズの進化、すなわちボアアップによる排気量拡大はその後も続き、1979年にデビューした2代目レオーネはついにボアを92mmにまで拡大(EA71)。排気量は1.6ℓに達したが、ストロークはEA52と同じ60mmで、シリンダーヘッドは相変わらずOHVのままだった。
3代目レオーネの登場(1984年)に合わせてクランクシャフトを改良。ストロークを7mm拡大(67mm)して排気量は1.8ℓに。同時に動弁系はSOHC(ベルト駆動)に改めた。だが、本質は依然、1960年代のスタンダードで設計されたエンジンだった。これに対し、出力、環境性能ともに1980年代のスタンダードで設計したのが、初代レガシィ(1989年)が積む2ℓの「EJ20」である。ボア×ストロークは92×75mm。EA系と同じくヘッド、ブロック共にアルミ合金製だが、燃焼室はバスタブ型燃焼室+2バルブから、ペントルーフ型燃焼室+4バルブに変更。クランクシャフトの支持を3から5に増やして剛性を高めている。
リッター100馬力のエンジンを開発する