REPORT&PHOTO●小泉建治(KOIZUMI Kenji)
まぁなにしろ洒落たデザインである。まるで現代彫刻のようなボディ全体の造形に始まり、縦に連なるLEDデイタイムランニングランプ、シャークフィン形状のBピラー、フラッシュサーフェイス処理されたリトラクタブル式ドアハンドル、ウェザーストリップを隠したサイドウインドウなど、まるでコンセプトカーのようなアピアランスで、前衛的というのはこういうことを言うのだろう。
そして何より評価されるべきは、とにかく何にも似ておらず、既視感がまるでないことだ。
メーカーでは一応SUVとしていて、なるほど最低地上高は185mmが確保されているが、だからといってこのクルマを既存のSUVと横並びで比較する人などいないだろう。
個人的にはこのクルマは4ドアクーペと呼ぶほうが相応しいと感じているが、言うまでもなく既存の4ドアクーペと比べるとユーティリティ性が飛躍的に高い。
つまり、このクルマはカテゴライズするのが難しいのだ。いや、カテゴライズなど無意味と言うべきかもしれない。
ヘッドランプは、外側の大きく3つに分かれているLEDユニットがロービームで、内側の長方形のLEDユニットがハイビームだ。
このハイビームには「DSマトリクスLEDビジョン」というテクノロジーが採用されている。これはカメラによって前方をモニタリングし、前走車や対向車などがいる部分だけ減光するようにするもので、ハイビームのままでも前走車や対向車のドライバーが眩しくなることがない。
今回は昼間のドライブだったので試すことはできなかったが、同じ技術が採用されている他ブランドのハイエンドモデルでテストしたことがある。対向車からどうやって見えるのかを体験してみたのだが、自分がいる場所だけロービームに切り替わってくれると言うより、そもそも最初からハイビームになっているとはまるでわからないほど自然な光に見えた。しかし当のハイエンドモデルのドライバーは「ずっとハイビームにしていて、遠くまで照らされているのがよく見えた」と言う。「本当に眩しくなかったのか?」と、彼も不思議そうだった。
キーをポケットに入れたまま車両に近づくと、ドアハンドルにあと1〜2秒ほどで手が届くという辺りでリトラクタブル式ドアハンドルがポップアップする。
降車の際には、ドアを閉めて1m50cmほど離れるとドアハンドルが格納されてドアパネルとツライチ───つまり完全にフラットになる。
これ、実際に使ってみるとかなり気分がいい。ボンドカーと言えばアストンマーティンかロータスだが、このDS3クロスバックのリトラクタブル式ドアハンドルにもなかなかボンドカー的な匂いが漂う。
ちなみにこのドアハンドル、乗り込んで一定の時間が経つか、走り出すとすぐに格納されるが、格納された状態で乗り込む場合には、ハンドルを軽く押し込めばポップアップしてくれるので心配無用だ。
コクピットに乗り込む瞬間───それはDS3クロスバックを運転するという行為におけるひとつのクライマックスだろう。
先ほどエクステリアに既視感がないと述べたが、インテリアにもまた見事に既視感がない。
とりわけ菱形のオンパレードには目を奪われる。いったいどうすれば思いつくのだろう? 菱形のスイッチが菱形のエアコン吹き出し口と組み合わさり、さらにダッシュボードのラインに沿うように美しくラウンドしている。
これぞ「前衛的であること」を身上とするフランスの底力だと唸らされた。
忘れてならないのは、これだけ突き抜けたデザインながら何の説明の必要もなく直感的に操作できることだ。工業デザインというものは、形に理由があり、テクノロジーと結びついていなければならない。つまり自動車であれば、デザインが運転操作、居住性を阻害してはならないということだ。
2018年末、来日したDSオートモビルのデザイン担当シニアバイスプレジデントであるティエリー・メトローズが語った「エンジニアリングあってこその前衛的デザインである」という言葉の重みを噛みしめた。
さていよいよ走り出す。今回の試乗は都内で行われ、8割が一般道、2割が首都高速である。
アクセルをそっと踏み込んで駐車場から出た瞬間に直観した。「これは、法則を探る必要がないクルマだ」。
職業がら多くの新型車を運転する機会があるが、走り出し最初の数分、場合によっては一日ほどかけて、そのクルマの「法則」───言わば「クセ」を学ばなければならないケースが少なくない。
「クセ」といっても、いまどき運転に支障をきたすほどのクセがあるクルマなどなく、アクセルの踏みはじめの反応が過敏だから最初だけ緩く踏んだ方がいい、とか、そんな些細な話ではある。
だが、DS3クロスバックは、たま〜に現れる「運転者がアジャストする必要のない貴重なクルマ」と言っていい。あくまで筆者にとって、ではあるけれど。
たとえば走行中にステアリングを切る。筆者が『3』と思ってステアリングを切っても、実際にクルマは「4」も曲がってしまったり、「2」しか曲がってくれないことは珍しい話ではない。
『3』切っても「2」しか曲がってくれないから、今度は2倍の「4」曲がりたいときにステアリングも2倍の『6』切ってみると、今度は「5」も曲がってしまう、なんてことも少なからずある。
筆者が言いたいのは単にステアリングのギヤ比の話ではなくて、シャシーのつくりやセッティングにも起因するステアリングフィール全体の話である。
その点、DS3クロスバックは「予想以上にグイグイ曲がる」とか「思ったほど曲がってくれない」ということがない。
そしてこのステアリングフィールの話はほんの一例であって、2時間という短い試乗ではあったけれど、運転中のさまざまな場面で、DS3クロスバックの身のこなしは「リニア」であり続けた。
たとえばパワーデリバリー面におけるドライバビリティもそうだ。PSA御謹製の直列3気筒1.2Lターボ「PureTech」エンジンは、インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーに4年連続で選ばれたほどの秀作だ。低速から十分なトルクを発生させ、環境性能にも優れている。
だが、とはいえ「3気筒」の「1.2L」である。必要十分ではあるけれど、我々のような煩型のクルマオタクを黙らせるのはなかなか難しい、はず。
そこで8速ATである。
PSA製に限らず、昨今のダウンサイジングターボは実に良くできているが、ほんの一瞬、時間にしたら0.1秒もないのかもしれないが、ごく僅かな息つきのようなものがこれまで隠せなかった。例えばETCレーン通過時のように、アクセルをオフにして停止するかとクルマに思わせておいて、そこからアクセルをグッと踏み込むような場面だ。
しかし8速ATの採用と、緻密な制御を与えたことで、DS3クロスバックはそうしたネガを感じさせない。Bセグメントに8速ATというのは贅沢……とは確かに筆者も思ったけれど、よく考えればこのクラスだからこそ多段化の恩恵が顕著に表れるのだろう。パワーやトルクに限りがあるからこそ、多段ATで効率よくエンジンのパフォーマンスを引き出す必要があるのだ。
そして乗り心地である。フランス車はアシがいいとはよく言われるが、スピードレンジが低く、とくに荒れた路面を走ることもなかった今回の試乗では、サスペンションが本格的な仕事をする以前に、堅牢なシャシーとタップリとしたクッションを持つシートのおかげでまろやかな乗り心地が楽しめたのではないか。
DS3クロスバックは、完全新設計のCMP(コモン・モジュラー・プラットフォーム)を採用している。これはグループPSAの次世代のB〜Cセグメントをすべてカバーし、電動パワートレインにも対応している。つまり、向こう数年のPSAグループの大黒柱となるプラットフォームである。
前述のリニアなステアリングフィールも、おそらくCMPの恩恵のひとつなのであろう。
もっとサスペンションがダイナミックに動くような、たとえば高い速度域でコーナリング中にギャップを乗り越えるような場面でDS3クロスバックがどんな振る舞いを見せるのか? 期待はしていいだろう。
と、ここまで読んでくださった方には少なからず伝わったのではないかと思うが、DS3クロスバックはデザインもさることながら、メカニズム面、テクニカル面において文句なしに「本気」で開発されたモデルなのである。
これだけ尖った内外装のデザインを引っ提げて現れたものだから、どうしてもそちらに目を奪われてしまうが、それだけではこのクルマの本質を見誤る。
このレポートだけでは伝わらない部分も多いはず。あとは、とにかく試乗していただくしかないだろう。
DS3 CROSSBACK Grand Chic
全長×全幅×全高:4120×1790×1550mm
ホイールベース:2560mm
トレッド(前/後):1540/1550mm
車両重量:1280kg
エンジン形式:直列3気筒DOHCターボ
排気量:1199cc
圧縮比:10.5
最高出力:96kw〈130ps〉/5500rpm
最大トルク:230Nm/17500rpm
燃料タンク容量:44L
トランスミッション:8速AT
駆動方式:FF
乗車定員:5名
ハンドル位置:右
サスペンション形式(前/後):マクファーソンストラット/トーションビーム
タイヤサイズ:215/55R18
WLTCモード燃費:15.9km/L
車両価格:404万円