最強のFFを実現するための手段のひとつ・ダブルアクシス・ストラット式サスペンション。きわめて高い操縦性安定性をもたらすこのサス方式の構造を読み解いてみる。


TEXT:安藤 眞(Ando Makoto)

「最速」という言葉に心を躍らせるのは、クルマ好きの性だろうか。近年、熱い戦いが繰り広げられているのが、量産FF車によるニュルブルクリンク北コースの最速ラップ争いだ。ホンダ・シビックType Rと、ルノー・メガーヌR.S.が熾烈な戦いを繰り広げており、19年4月には、メガーヌR.S.が7分40秒100を叩き出し、約2年ぶりにシビック Type Rからタイトルを奪還している。




 その両者に共通するメカニズムのひとつが、前輪に採用された“ダブルアクシス・ストラット”式サスペンション(DASS:ホンダは“デュアルアクシス”と称するが、基本的には同じもの)。マクファーソン・ストラット式サスペンションと独立したナックルを組み合わせているのが、構造的な特徴である。

現行シビック Type Rのフロントサスペンション。こちらも先代に引き続きDASSを採用する。

 狙いのひとつは、トルクステアの減少。操舵輪と駆動輪が共通のFF車は、駆動反力が操舵系にも伝達し、加速時にハンドルを取られる「トルクステア」という現象が発生する。ハンドルに伝達する力は駆動反力に比例するから、高トルクでハイグリップタイヤを履くクルマほど、操舵に与える影響は大きくなる。特に旋回から立ち上がる際にこれが発生すると、ラインが乱れてタイムが遅くなる。


 これが発生する要因は、キングピン軸(前輪が操舵される際の中心軸)と、アクスルセンターの間にオフセットがあるから。駆動反力の着力点はアクスルセンターで、加速時にはここが前に出ようとする。一方、一般にキングピン軸はアクスルセンターより内側にあるから、前輪はキングピン軸を中心として、内側に切れ込もうとする。すなわち、旋回からの立ち上がりでハンドルを戻したいのに、それを阻もうとする力が働くわけだ(旋回時は左右輪の接地荷重が違うため、これが不規則に出る)。

シビック Type Rの図版より。一般的なマクファーソン・ストラット式サスペンションでは、ホイール中心軸(本文中のアクスルセンター)と転舵軸(この場合はストラット軸)の距離が非常に大きい。DASSによって転舵軸(本文中のキングピン軸)をホイール中心軸に近づけることができる。

先代シビック Type Rの図版。通常のストラット式との構造の違いが見て取れる。

 この力は、いわゆる“キングピン軸まわりのモーメント”なので、力とモーメントアームの積となる。つまり、モーメントアーム(=アクスルセンターとキングピン軸の距離)をゼロにしてしまえば、トルクステアはゼロにできる理屈である。


 それには、キングピン軸はなるべく外側に設定したい。しかし、ストラット式サスペンションの場合、キングピン軸は“ストラットアッパーベアリングの中心”と、“ロワボールジョイントの中心”を結んだ直線となるため、アッパー側を外に出そうにも、タイヤとストラットシェルの干渉が限界を決めてしまう。もう一方のロワボールジョイントは、ディスクローターによって限界が決まるが、下ばかり外に出してもキングピン傾角が大きくなり、別の弊害が出てくる(後述)。




 そこで、ダブルウィッシュボーンのようなナックルを独立して設け、これをホイール内に収めることで、タイヤの干渉による制約を回避したのがDASSだ。ストラットが形成するキングピン軸のほかに、ナックルが形成するキングピン軸を持つため、“ダブル(デュアル)”アクシス、と呼ばれている(ただし、転舵軸が2本になってはタイロッドによる操舵が成立しないため、ロワリンクとストラット間にはストッパーロッドが設けてあり、ストラットが回転しないよう拘束しているため、実際に使用する“軸”はダブルではなく1本)。


 市販車のタイヤ幅では、キングピンのオフセット量をゼロにするのは難しいが、ストラット単独の場合より大幅に小さくなっているのが、図を見ていただければ分かると思う。

先代メガーヌR.S.の図版から。ナックル(1)が直接ストラットにマウントされるのではなく、転舵軸を持つダンパーフォーク(2)に接続される。ダンパーフォークが回転しないようにするためにロワリンク(3)へストッパーロッド(4)が締結される。

 もうひとつの狙いは、キャスター角の増大だ。キャスター角を大きく取れば、転舵した際にキャンバー角(タイヤの垂直度合い)がネガティブ(外に向かって踏ん張る)方向に大きくなるため、ロール角と相殺され、タイヤの接地面形状が崩れにくくなってグリップが安定する。また、キャスタートレールも大きくなるから、直進安定性が向上する。




 マクファーソン・ストラット式サスペンションの場合、キャスター角を増やすには、アッパーベアリングの位置を後退させれば良いが、FF車の場合、エンジンルームとキャビンを隔てるバルクヘッドが邪魔をして、キャスター角は5〜6度程度に制約されてしまう。しかし、ナックルを独立させたDASSならば、その設定自由度は大幅に高まる。シビックType Rのそれは、8度まで拡大されている。

先代シビック Type Rの図版から。正面視におけるオフセットの減少とともに、側面視におけるキャスター角およびトレール値にも設計の余裕が生まれる。

 一方で、転舵時のネガティブキャンバー増大を阻害するのが、大きすぎるキングピン傾角。マクファーソン・ストラットでキングピンとアクスルセンターのオフセットを小さくしようとすると、ロワボールジョイントを外に出す必要があり、キングピンが寝てしまうのは既述の通りだが、こうすると転舵時に対地キャンバーがポジティブ方向に変位して、キャスター角で稼いだネガティブ変位を食い潰してしまう。


 しかし、ナックルを独立させたDASSならば、小さなキングピンオフセットと最適なキングピン傾角の両立が可能。すなわち、キャスター角で稼いだネガティブキャンバーを食い潰すことがない。これらの効果は、操舵角が大きくなるほど大きくなるため、低速コーナーの旋回速度を高めるのに有効となる。




 このように、旋回速度を高める数多くのメリットを持つDASSは、“FF車ニュル最速”のタイトルを獲得する上で、もはや必須のアイテムと言えそうである。

ルノー・クリオR.S.も、先代モデルはDASSを採用していた一台である。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 ホンダ・シビック Type Rとルノー・メガーヌR.S.のデュアルアクシスストラット──安藤眞の『テクノロジーのすべて』第29弾