REPORT●ケニー佐川(SAGAWA Kentaro) PHOTO●KTM
KTMはオーストリアに本拠を構えるオフロードの強豪メーカーである。あまりバイクに詳しくない人だと馴染みがないかもしれないが、エンデューロ世界選手権やダカールラリーなど、自然相手のオフロードレースで圧倒的な勝率を誇ってきた。最近はMotoGPにも進出し最高峰クラスで表彰台を獲得するなど存在感を示している。そのKTMが本気で作り込んできた冒険マシンが790アドベンチャーである。
今回試乗会が行われたのは日本から30時間以上かかるモロッコの奥地、サハラ砂漠の入口にあるメルズゥーガ砂丘の周辺である。何でそんな最果ての地に我々を招いたのかと思っていたが、実際に走ってみてその疑問は吹き飛んだ。
790アドベンチャーはラリーマシンのノウハウが注ぎ込まれた冒険マシンである。アドベンチャーと呼ばれるセグメントにおいて、今最もオフロードに軸足を寄せたモデルと言ってもいいだろう。とはいえ、それはモトクロッサーやエンデューロなど軽量な単気筒の小排気量モデルとはまったく異なるものだ。ミドルクラスとはいえ、エンジンは水冷並列2気筒で排気量は800ccもあるし車重も200kg近くある。アドベンチャーには長距離ツーリングを快適にこなす装備と性能が求められるからだ。
荒涼としたモロッコの砂漠では、人の手が入っていないありのままの自然の景色が広がっていた。アクセルを開けるとピーク95psを発揮するLC8cがツインらしい鼓動感で地面を蹴って加速していく。レンガ大の石が転がるフラットダートをスロットル全開のまま突っ走れる強靭な足まわりや、5階建ビルぐらいの砂丘が連なるデューンを走り続けられるエンジンのスタミナなどを含め、790アドベンチャーとともに今までの自分では成し得なかった領域まで、簡単ではないにしろなんとか行けてしまったことに何より驚いた。
このようなスケール感の本当のワイルドダートを走ったのは初めての経験だったが、きっと他のアドベンチャーモデルだったら体力が尽きて途中で挫折してしまったと思うし、250ccクラスのトレールバイクではパウダーのような砂漠の砂にパワーを奪われて苦戦したに違いない。たとえ短い距離は移動できたとしても、2日間で400kmにも及ぶタフな行程をマシンも人も完走できたとは思えないのだ。「冒険を身近なものにしてくれた」という意味で、790アドベンチャーはやはり凄いマシンなのだ。
と、ここまでは790アドベンチャーRの話。「R」付きは前後サスペンションにWP製フルアジャスタブルとブロックタイヤを装備したガチオフ仕様で、コーナリングABS&トラクションコントロールに加え最強のラリーモードを備えるなど装備も上級グレードだ。これに対しSTD仕様はエンジンと車体の基本構成は同じだがよりオンロード寄りのサスペンションとタイヤを装備し、ラリーモードを抜かした3モード設定(ストリート、レイン、オフロード)を採用している。
STDはサスペンションのストローク量も「R」に比べると抑えられ、2段階に高さが調整できるシート(850/830mm)のおかげで足着きにも不安がないのがメリットだ。さらにハイスクリーンとローフェンダーが装備されるなど高速クルージングでの快適性が高められている。そして、このモデルの注目ポイントとしては20ℓ容量の低重心タンクが挙げられる。これは「R」と共通の装備だが、満タンで450kmを走破できる航続距離を稼ぎつつ車体左右の低い位置に燃料を振り分けることで、ダート走行だけでなくオンロードでも速度レンジを問わず安定感がある。ダルマのような独特の低重心感覚があり、最初はコーナーの倒し込みなどでやや違和感があったが、慣れてくると21インチの大径フロントホイールの大らかなハンドリングとも相まって安心感へと変っていった。
ガチな「R」に対して、STDはもう少し気軽にリラックスしてバイク旅を楽しみたい人向けのマシンと思う。たとえば、キャンプツーリングなど。オプションのサイドバッグに荷物を積んで高速道路をタンデムで移動し、気が向いたら林道をつないで目的地までアクセス。豊かな自然や景色を求めて河原やビーチにもダイレクトに入っていける。元々オフロード性能が高いモデルだけに、ちょっとしたプチ冒険だってムリなくできてしまう。慣れてくれば行動範囲も大きく広がるはずだ。
普通のライダーには優しく、エクストリームを求める者には際限ない世界が広がる。その懐の広さが790アドベンチャーの魅力だろう。
早稲田大学教育学部卒業後、情報メディア、マーケティング・コンサルタント会社などを経て独立。趣味で始めたロードレースを通じてモータージャーナルの世界へ。雑誌編集者を経てジャーナリストとして2輪専門誌やWEBメディアで活躍する傍ら「ライディングアカデミー東京」校長を務めるなど、セーフティライディングの普及にも注力。
株式会社モト・マニアックス代表。動画メディア「MOTOCOM」編集長。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。