REPORT◎島下泰久(SHIMASHITA Yasuhisa) PHOTO◎McLaren Automotive
セナのプレス資料の冒頭には「空力主導の設計では、アピアランスよりも絶対的なエアロダイナミクスパフォーマンスを優先」という一節がある。その姿勢は、この武骨な外観にはっきり表れている。 車体前方からボディに当たった空気は、まずP1のそれより150mm長いフロントのスプリッターを通り、強大なダウンフォースを生み出す。続いて通過するのは、左右のアクティブエアロブレード。これはリアのアクティブ・ウイングと連動して、前後ダウンフォースのバランスを常に最適に保つ。たとえばハードブレーキング中には、敢えてフロント側の押さえつけを緩めることでリアを安定させるのである。 その後、空気は更に固定式エアロブレード、ヘッドライトとデイライトの間の隙間を通って後方に向かう。この空気は、アクティブエアロブレードの外側に位置するフェンダーのエアダクトから排出された空気と合流し、前輪周辺の整流を行なう。一方、その内側から排出された空気は、バンパー中央のダクトから入った空気とともにボディサイドに導かれ、リアのブレーキダクト、そしてダブルディフューザーへと送られていく。 このように車体に開けられた穴という穴、複雑な空気の経路は、すべてがダウンフォースを生み出し、乱流を取り除くために機能している。そこに芸術的な美しさは無くても、代わりに圧倒的な機能美がある。 CFRP製リアウイングは角度調整式。直線でのDRS設定から、もっとも高いダウンフォースを生み出す角度まで、最大25度の範囲で可変する。 セナのエアロダイナミクスを語る上では、シャシーとの関係も重要だ。RACEモードでは油圧式サスペンションは車高をフロント39mm、リア30mm下げて、空力的な効果を高める。 実際そのドライビングは、この空力に支配されている部分が大きい。特に鮮烈なのは高速コーナーで、アクセルオフでは相当速度を落とさないと通過できないのに、踏みっきりで飛び込むと強烈なダウンフォースによって却って容易にクリアできるという具合。考え方は、そのまま最新のレーシングカーである。
圧倒的なコーナリング性能を実現するシャシーには、P1用のそれを更に進化させたレース・アクティブ・シャシー・コントロールⅡ(RCCⅡ)が採用されている。その最大の特徴は、一般的な金属製スプリング/アンチロールバーに代わって、ガスを充填したアキュムレーターと油圧回路の組み合わせが使われていることだ。これにより硬さ、車高の自在な調整が可能になり、またハードなレートと、縁石を乗り越える際などのいなしを両立できるなど、あらゆるシーンで妥協の無い走りを実現する。 アダプティブダンパーは前後左右が油圧回路で接続されており、ダンピングの調整はわずか2ミリ秒のうちに行なわれる。シャシーの設定はCOMFORT、SPORT、TRACKの3モードから選べる。更に、ルーフに設置されたスイッチにてRACEモードを選ぶことも可能である。 これもMP4-12C以来の伝統で、機械式LSDは備わらず、代わりにブレーキ・ステアが用いられる。ESCは当然、標準。更にそれとは別にバリアブル・ドリフト・コントロール(VDC)によりオーバーステア許容量を変化させることもできる。 タイヤは技術パートナーであるピレリと共同で開発したP Zero Trofeo Rを用意する。ドライ路面のサーキットに主眼を置きつつ、一般公道でも使用できるスペックとされている。そしてブレーキは、前後390mm径×34mm厚のカーボンセラミック製ローターを採用。従来と較べて4倍の熱伝導率、剛性の60%増を実現したことで、バネ下重量が低減され、また温度上昇が抑えられることからブレーキサイズの縮小も可能になり、更に重量削減に繋がっているという。 そのパフォーマンスは、200km/hからの制動距離が、ちょうど100mという驚異的なもの。これはP1より16mも短い。実際、ブレーキはセナの走りの中でもインパクトの大きい部分で、280km/h以上の速度からフルブレーキングを何度繰り返してもまったくタッチが変わらず、踏力こそ必要ながらコントロール性は繊細。このブレーキがなければ、セナのダイナミクスは完成しないと実感させられるのだ。
最高出力800ps、最大トルク800Nmを発生するセナの心臓は、V型8気筒4.0ℓツインターボエンジン。それだけ聞くと、720Sと共通かと想像してしまうが、実際にはピストン、コンロッド、クランクシャフトにカムシャフトにインテークマニホールドなど多くの部品が専用とされている。 ルーフ上部に沿って取り付けられたシュノーケル型のエアインテークも特徴だ。ここからCFRP製プレナムへと導かれる空気の流れは、室内に独特のサウンドとして流れ込んでくる。一方のエギゾーストは、インコネルとチタンで作られており、出口となるエキゾーストパイプはリアデッキから突き出ている。車体後部のエアフローに悪影響を及ぼさないよう、そのレイアウトは慎重に決められたという。 サウンドにも留意されていて、エキゾーストノートは2000rpmごとに音量が10dBずつ高まるよう設計されている。エンジンマウントの剛性まで、迫力の音色のために吟味されているというから驚く。 トランスミッションは7速シームレスシフト。変速中に一瞬、点火をカットすることで素早くスムーズなシフトチェンジを可能にしたイグニッションカット・テクノロジーは、675LTから採用されたものだ。 マクラーレンのアルティメット・シリーズ第1弾となったP1ではハイブリッドテクノロジーが採用されたが、セナは敢えて電動化に背を向け、内燃エンジンだけを搭載する。テクノロジー的には一見、後退したように思えるかもしれない。しかし、これは敢えてのこと。ひとえにピュアなドライビングプレジャーを追求した結果なのである。
乾燥車両重量、何とたったの1198kgという圧倒的な軽さも、セナの凄まじいパフォーマンスの源泉である。シャシーは、CFRP製タブのMonocageⅢを採用する。新しいリアのダブルウォール式クラッシュ構造と、ルーフを一体化させることにより、室内に追加のロールケージを必要とすることなく堅固な構造を実現しながら、圧倒的な軽量化を果たしている。 フロントのクラッシュビームを軽量なコンポジット素材製としたのは、マクラーレンでも初のことだ。しかも、これはクラッシュ構造の一部でありながら空力ダクトも一体化されている。こうして1つのパーツに複数の機能をもたせるのも、軽量化に貢献する要素である。 ボディパネルも、当然ながらすべてが軽量かつ高剛性のCFRP製である。たとえばフロントのフェンダーパネル全体の重量は、たったの0.66kgに過ぎない。リアウイングも重量はわずか4.87kg。片手で余裕で持ち上げることができるこのパーツが、800kgものダウンフォースの多くをここで支えていることに驚嘆させられる。 軽量化は、見えない部分でも徹底されている。あらゆる部分が再精査され、最後の5%を削り取っているのだと開発サイドも鼻高々だ。たとえば、M6ボルトのヘッドフランジを丸型にすることで、重量を33%削減。ドアリリース機構を電気スイッチにしたことでも、やはり20%の軽量化に繋げているといった具合である。 シートについても触れておこう。最新のダブルスキン・シェル技術により、従来の同型シートに対して33%の軽量化を実現したというフルバケットシートは、1脚辺りたったの8kgしか無く、やはり片手でも容易に持ち上げられそうなほどである。このように、すべての面で一切の妥協が排されているのだ。
ディへドラルドアを開けて、低いサイドシルをまたいで室内に入り、驚くほど軽いドアを閉めると、意外なほどの開放感に驚かされる。MonocageⅢはピラーが非常にスリムで前方視界に優れるし、特徴的なドア下側のウインドウの先には地面も見える。まるでヘリコプターにでも乗っているかのような、独特の雰囲気だ。 インテリアは、ダッシュボードもドアも、そしてMonocageⅢもCFRPがそのまま露出しており、ディへドラルドアのダンパーも剥き出しになっているなど、見るからにスパルタンな仕立て。眼前には720Sと同様の折りたたみ式ドライバー用ディスプレイ。スリムモードにすると、走るのに必要最小限の情報のみが表示される。またダッシュボード中央には、テレメトリーデータなどの表示も可能な縦型8インチのインフォテインメントディスプレイを搭載。その下には、各種モード切替スイッチが並ぶ。 エンジンスタートスイッチ、RACEモードへの切り替えスイッチは天井に設けられている。但し、ヘルメットをかぶった状態での操作は手探りになり、ちょっと難しいということだけは付け加えておく。ドアオープン、パワーウインドウのスイッチも、その脇に陣取る。 シートは前述の通り超軽量なCFRP製で、フォーム成形された全面パッドと、軽量な7つのパッドのいずれかを選べる。後方には追加のロールケージが備わらないため、2人分のヘルメットとレーシングスーツを収納しておくこともできる。また、サーキット指向のユーザーに向けたオプションとして6点式のレーシングハーネス、更には水分補給システムも設定する。サーキットユースを考えているなら、少なくとも前者は必須だろう。 一方、Bowers&Wilkins製の専用オーディオ、パーキングセンサー、バックカメラといった快適、便利装備は標準装備であり、また幅広シートとレザー内装をセットにしたツーリング仕様も選択できる。もちろん、この手もあり。特に、セナGTRを別に注文しているならば……。