史上最強のジャガーとしてデビューした「XJR575」。そのネーミングにも示されるように575psを発揮するモンスターサルーンではあるが、実のところこのパワーを支えるシャシー性能こそ注目すべき点。その理由を、国際試乗会が行われたポルトガルより、モータージャーナリストの大谷達也が解説する。




REPORT◎大谷達也(Tatsuya OTANI)

575psをフルに引き出してもビクトもしない!

ハイパフォーマンス・スポーツサルーンの足まわりをまとめるのは極めつけに難しい仕事だとつくづく思う。“サルーン”と名が付くからにはある程度の快適性が求められるし、500psを越えるエンジンパワーが生み出す走りを支えるにはどうしてもサスペンションを硬めなければいけない。そのいっぽうで、スーパースポーツカーのように重心を下げたり極端なワイドトレッドを採用するのは難しいから条件は厳しくなるばかり。おかげで、ヘタな超高性能セダンだったらスーパースポーツカーのほうが足まわりの総合性能は高いと思うことが少なからずあるくらいだ。




乗り心地とハンドリングのバランスに定評のあるジャガーは、世界的に見てもこの種のクルマ作りがもっともうまい自動車メーカーのひとつといえる。ただし、これまで彼らがリリースしたスポーティグレードの“Rモデル”は、いずれもハードコーナリング中の挙動を優先した足まわりで、ジャガーらしいし快適性を満喫できたケースは決して多くなかった。




XJ575は、そんな私の先入観を鮮やかに打ち崩してくれた佳作である。とにかく乗り心地が素晴らしく快適。それでいて最高出力575psのエンジンパワーをフルに引き出してもビクともしない強靱でコントローラブルな足まわりを備えているのだ。ポルトガルで催された国際試乗会でそのことを確認してきたので、順に紹介していこう。

駐車場から走り始めると、サスペンション・ストロークの動き出しが極めてスムーズかつ滑らかであることに驚かされる。しかも、柔らかに感じられるストローク領域が意外なほど幅広く、低速域のしなやかさだけでいえばこの前日に試乗したXFスポーツブレイクとほとんど変わらないと感じたほど。もちろん、“柔らかい”といってもジャガーの足まわりだから、まるで押さえが効いてないわけではない。それこそネコ科の大型動物のように、高いガケから飛び降りてもなにひとつ衝撃を身体に伝えることのない、極めて強靱なのに恐ろしくしなやかな筋肉を連想させる乗り心地なのだ。




とはいえ、XFスポーツブレイクの最高出力は250ps(ガソリンの場合)で、XF575の半分以下。だから「この足まわりでワインディングロードを飛ばしても本当に大丈夫だろうか?」と軽い不安を覚えたことは、皆さんにもわかっていただけるだろう。けれども山並みに設定されたルートを実際に走ってみて、これがまったくの杞憂であることを思い知らされたのである。

まず感心させられたのが、ステアリング・ゲインの設定が絶妙なこと。無闇にアジリティを追求した結果、ステアリングをわずかに切っただけでも大げさに反応するスポーツモデルが少なくないなか、XJ575は微舵領域のコントロールが実に容易。オーディオシステムのボリュームコントロールにたとえれば、少し操作しただけで大きく音量が変化するのではなく、微妙な調整がしやすいように小刻みに音量が増減するタイプ、といえる。それでいて操舵量はあくまでも自然な範囲に収まっているのだから、やはりステアリング・ゲインの設定が絶妙としかいいようがない。それでいてステアリング・レスポンスは実にシャープ、操舵に対するヨーの立ち上がりにまるで遅れが認められないのだから驚く。




ところで、ひょっとするとステアリング・レスポンスとステアリング・ゲインを一緒くたに捉えている方がいるかもしれないが、これはまったくの別物。レスポンスは本来、時間的な遅れに対して使う言葉であって、「ちょっと切っただけでよく曲がる性能」は前述したとおりステアリング・ゲインと表現すべき。ここで私はXJ575のハンドリングを「ゲインは高くないけれど、レスポンスは鋭い」と説明した。つまり「微妙な調整」を「遅れなくできる」のがXJ575のハンドリングなのである。したがってオーディオシステムのたとえを繰り返せば、「好みの音量に即座にぴたりとあわせることができる」ボリュームコントロールのようなもの。こうした特性が、初めて走るワインディングロードで極めて強力な武器となってくれるのはご想像のとおりである。

普段は快適に終始し、飛ばせば応える”猫足”健在

こうして、クルマとの強い一体感を覚えながらスポーティドライビングを楽しむうち、ペースは自然と上がっていき、気がつけばタイヤが微妙に滑り始める領域に足を踏み込んでいた。ところが、XJ575はどんなに攻めても4本のタイヤがしっかりと路面を捕らえ続けてみせた。つまり、ロードホールディング性が優れていたのである。これは、タウンスピードで示した快適な乗り心地からは想像もできないことだった。




また、しなやかな足まわりは加減速によって適度な荷重移動を引き起こせるので、これを利用すればステアリング特性を微調整することもできる。だから、コーナーに進入してから予想していた曲率半径と異なっていることに気づいても、スロットル操作や軽いブレーキングでラインを修正することが容易。これもまた、初めて走るワインディングロードで強い自信を与えてくれるひとつの要因となった。




もはや決して最新ユニットとはいえなV8 5.0リッター・スーパーチャージド・エンジンは、例によって極めて緻密な回り方を示すいっぽう、高回転域の滑らかさもいうことなし。ターボエンジンと違ってパワーとトルクが立ち上がっていく特性がリニアでコントロールしやすく、ドライバーの感性もほどよくくすぐってくれる。フルスロットルにしたときにエキゾーストノイズが不当に高まらないのも私の好みだ。

それにしてもXJサルーンのスタイリングは相変わらず魅力的である。プロポーションはある意味で前衛的なのに、虚飾を徹底的に排除したミニマリズムのデザインが上品で落ち着いた雰囲気を醸し出している。時間が経過してもまったく古びることのないスタイリングである。




インテリアはXJのモダンなデザインをベースに上質さとスポーティを付け加えた仕上がり。シートの座り心地もいいし、新世代のインフォテイメントシステムも操作性は良好だが、随所に付け加えられたXJ575のロゴは私には不要に思えた。このクルマには、もっと落ち着いた雰囲気のほうが似合うような気がする。




それでも、これだけ快適性とハンドリングを高次元でバランスさせたスポーツサルーンは滅多にない。そのキャラクターは、忍び足で獲物に近づき、全力疾走を始めてからも頭がまったく上下することのないネコ科の大型動物を改めて思い起こさせるもの。ジャガーはやはりジャガー。そしてXJ575はそのなかで百獣の王というべき存在なのだ。

スポーティかつモダンなデザインのコクピット。10.2インチのタッチスクリーンを備えるインフォテイメントシステム「Touch Pro」は2018年より標準装備となった。

”575”の赤い刺繍とダイヤモンドキルトをもつフロントシート。サポート性にも優れている。
リヤシートもフロント同様に刺激的なデザインだ。足元が思いのほか広いのも特徴である。


V型8気筒DOHCスーパーチャージドユニットは、575ps&700Nmを発揮。これに8速ATを介して後輪のみを駆動する。
575psに対応するブレーキシステム。前後で異なるタイヤサイズを与えているのも走りの印象を良くしている理由だ。


JAGUAR XJR575

【SPECIFICATIONS】


ジャガーXJR575


■ボディサイズ:全長5130×全幅1899×全高1460㎜ ホイールベース:3032㎜ ■車両重量:1875㎏ ■エンジン:V型8気筒DOHCスーパーチャージャー 総排気量:5000cc 最高出力:423kW(575ps)/6250〜6500rpm 最大トルク:700Nm(71.4㎏m)/3500〜4500rpm ■トランスミッション:8速AT ■駆動方式:RWD ■サスペンション形式:前後ダブルウイッシュボーン ■ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク ■タイヤサイズ:前265/35ZR20 後295/30ZR20 ■最高速度:300km/h 0→100km/h加速:4.4秒 ■環境性能(EU複合) CO2排出量:264g/km 燃料消費率:11.1ℓ/100km ■車両本体価格:1887万円
情報提供元: MotorFan
記事名:「 【2018年のオススメ車】パワーだけじゃない「ジャガーXJR575」の乗り味