と、スバルの航空機ビジネスの歴史について説明してくれたのは、スバルの航空宇宙カンパニーヴァイスプレジデント兼技術開発センター長の若井洋(わかい・ひろし)氏である。
若井さんによると
1927年、日本陸軍が初の日本オリジナル設計による戦闘機(のちの九一式戦闘機)の開発を中島飛行機、三菱、川崎、石川島の4社に命じた。そのとき、まだ独自に戦闘機を開発できる技術がなかった各社は、外国から専門家を招聘した。
川崎、三菱、石川島の三社はドイツから専門家を招いたのに対して、中島知久平が招聘したのが、フランスのニューポール社のアンドレ・マリー技師とブレゲ(現在の時計メーカーのブレゲ)からロバン技師のふたりだった……。(4社のコンペで、結局九一式戦闘機として採用されたのは、中島飛行機案だった)
若井さん
ーー中島はフランスで学んだことがあるからフランスの技師を呼んだのでしょう。このマリーさんの思想が、『パイロットを必ず生かす』というものでした。当時、戦闘機でパイロットの生命を守るというのは、すなわち燃えないことでした。また防弾鋼板も装備し、運動性能重視の設計をしました。革新と徹底した合理性を持った開発思想です。パイロット中心という思想がいまのスバルにも受け継がれているんですね。マリー技師の下で開発をしたのが、中島飛行機の小山悌技師(のちに、一式戦闘機隼を設計)。その部下がペンシルロケットで有名な糸川英夫博士(中島飛行機から東大へ)だったわけです。小惑星「イトカワ」の探査機の名前が「はやぶさ」というのは、なかなか粋ですよね。
と、スバルのルーツ、とくに航空機開発について語ってくれた。
(旭川空港から美深試験場に行くバスの中で若井さんが説明してくれたことを聞いてメモにとり、それをもとに原稿を起こしているので、事実関係に誤りがあれば、それは筆者の責任です)。
飛行機メーカーとしてのルーツを持つスバルが「安全と愉しさ」「安全と運動性能」を追求するのに、こういう背景があるということだ。
現在では、航空宇宙カンパニーと自動車のエンジニアの技術交流も行われているという。WRCを戦うマシンの空力などで協力をしたそうだ。
そんな話を伺いながら、バスは美深試験場へ走る。
スバルテックツアーとして、美深試験場を見せてくれるというプレスツアーだが、これには「ボーイング787中央翼体感フライト」も組み込まれていた。
往路は羽田から旭川空港まで日本航空のフライトで飛び、旭川空港から美深試験へ行き、取材を終えたあと、旭川空港に戻り、帰路は、スバルがこのためにチャーターしたボーイング787型機に乗って戻るという旅程だった。
「航空宇宙と美深のつながりといえば、25年ほど前、防衛庁(当時)向けの垂直離着陸無人の開発をしていた際、カンパニー飛行試験を美深でやりましたね」
と若井さん。
さて、本題のボーイング787の中央翼についての話の前に、もう少し別の話題を。
スバルの航空宇宙カンパニーは、民間向け、防衛省向けにヘリコプター、固定翼機(つまり飛行機)、無人機を開発・製造している。ボーイング向けには、787以外にも部品を製造しているが、もっとも有名なのが787の中央翼というわけだ。
現在、航空宇宙カンパニーが取り組んでいる新規事業が4つあるという。
1 ボーイング777-Xの中央翼
ボーイングの旅客機777シリーズの次期モデル(改良機)である777-Xでも要である中央翼をスバルが担当することになった。787がCFRP製であるのに対して777-Xはアルミ合金製となるそうだ。営業飛行は2020年の予定だ。
2.陸上自衛隊新多用途ヘリコプター(UH-X)
陸上自衛隊のUH-1Jの後継として導入される次期多用途ヘリコプターUH-Xは、スバルとベル社の共同開発。これは、まず民間機としてアメリカで認証を受けて、それを元に防衛省向けを開発する。これは、川崎重工&エアバス・ヘリコプターとのコンペの結果スバル&ベルが選定された。
3.防衛省向け滞空型無人機の開発
これも防衛省向けの研究開発で、大陸間弾道弾の発射をいち早く検知してイージス艦へデータを送る役目を担うOPV(Optionally Piloted Vehicle)。OPVとは、有人操縦機としても使用可能な無人航空機のことをいう。
4.米海兵隊所属のMV-22オスプレイのメンテナンス事業
千葉県木更津にオスプレイの重整備をスバルが請け負うことになった。
さて、いよいよ中央翼である。
スバルが製造するボーイング787の中央翼はCFRP(炭素繊維強化プラスチック)製である。中央翼は、文字通り機体の中心に位置するもので、左右の翼と前後の胴体を繋ぐ要の役割を負っている。
「中央翼は、飛行機のなかで一番ごっつくて、一番難しい部分です。すべての荷重が入ってくる部分です。設計は最後、そして部品出荷は最初という非常に難しい部品なんです」と若井さんは説明する。
「長さ約9m、幅約6m、高さ約4mにもなる巨大で複雑な構造をしていますが、精度は0.1mm、厳しい部分だと0.03mmです。内部は燃料タンクになっています。中央翼とは、万一飛行機が不時着しなくてはならなくなっても、絶対に安全でなければなりません。燃料が前方の壁に9Gもの加速度でぶち当たります。そのため、内部を細かくわけたりさまざまな工夫をしています。中央翼は、飛行機で一番安全な場所なんですよ。もちろん、飛行機はとても安全な乗り物です」
ライバルのエアバス社のA380の中央翼、ドライセルで内部は燃料タンクになっていないという。これはスバル製ではない。A380の垂直尾翼がスバル製である。
ボーイング787の中央翼は、東レのトレカ・プリプレグT800という素材を使って作られる。愛知県の半田工場には、直径約6m×奥行き約10mという巨大なオートクレーブがあって、そこで中央翼は造られるわけだ。
カーボン製の中央翼は、大きさと精度が桁外れというだけではない。カーボン部品とアルミ合金を接合すると電位差腐食が起こる。そこでその間にチタン製の部品を挟むことになるのだが、チタンは高価なだけではなく加工も難しい。
「チタンは社内に世界最大の加工機を開発して作りました。航空機の開発とは、設備の開発することでもあるんです」(若井さん)
787の中央翼をスバルは2007年の初号機以来、すでに累計650機以上造ってきた。毎月安定的に12機を生産し、現在では14機まで生産ペースは上がっているという。現在の主流は、787-8型から787-9型、787-10型へ移行している。
さて、帰りの旭川空港である。
本来は最新の787-9(ダッシュ9)型機のはずだったが、都合で787-8型機となった。通常は国際線に使われている機体で、787が旭川空港へ就航するのは初めてということで、地元も大いに歓迎ムードだった。
席を決めるために、クジをひく。私がひいたのは、「26-G」である。
「おおっ、ああっ」
おおっというのは、まさに「中央翼真上」の席だということ。
ああっというのは、もっと若い番号なら、ビジネスクラス、あるいはプレミアムエコノミーの席に座れたのに、という気持ちを表している。
座っている席のすぐ下が、スバルが造ったCFRP製中央翼だ。もちろん、「体感」はできない。しかし、日本をはじめとした世界最高の技術が詰まっている最新鋭機ボーイング787の機内はとても快適だった。