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まずトップの画像の雲から説明を始めると、これは南アルプスが作り出したつるし雲の群れです。『富士山の雲』のコラムで紹介しましたが、つるし雲のでき方をおさらいしましょう。まず、上空の強風が高い山の干渉を受けて波打つことで、ところどころに上昇気流を発生させます。上昇した空気は冷やされて雲の粒ができやすくなるため、もともと空気がある程度湿っている場合には笠雲やつるし雲が出現するのです。笠雲やつるし雲の特徴として、同じ場所に停滞して動かないことが挙げられますが、これは上空の風が吹き続けていることを意味します。また、風が強いため、表面がなめされてつるんとした独特の質感を持っていることも、ほかの雲と見分けるポイントです。
南アルプスのつるし雲が富士山のつるし雲と異なるのは、複数の楕円形の雲がいくつか並ぶことが多い点です。これは山の形が影響しています。富士山が独立峰なのに対し、南アルプスはいくつも高い山が連続しているため、風下にできるつるし雲も複数連なっていることが多いようです。場合によっては、横長のつるし雲が甲府盆地の上空に横たわることもあります。
つるし雲ができるということは、もちろん笠雲もできるということですが、内陸だからでしょうか、南アルプスには富士山ほど頻繁には笠雲ができない印象です。笠雲ができたとしても、すぐに笠雲以外の乱層雲などに山脈全体が覆われてしまい、確認できないこともしばしばあります。
ただし、かなりの確率で笠雲をゆっくり観察できるパターンも存在します。日本海沿岸に「ポーラーロウ」が進んでくる場合です。上の写真では、南アルプスで最も標高が高い白根三山と、その北側に位置する甲斐駒ヶ岳の上空に大きな笠雲ができています。笠雲以外の雲は少なく、絶好の観察条件です。そしてこの日の気圧配置をみてみると、日本海に前線を伴わない低気圧が存在していました。この低気圧こそ「ポーラーロウ」と呼ばれるものです。
ポーラーロウは、冬季、大陸から寒気が吹き出して日本海で対流活動が活発になっている最中、上空に気圧の谷が接近してますます不安定になることで発生する低気圧です。発生すると冬型気圧配置が一時的に緩むので疑似好天をもたらしますが、すぐに沿岸部に到達して里雪形の大雪や強風をもたらすので、冬山に登る登山者は名前をおさえておきましょう。
山梨県はポーラーロウによる直接的な悪天の影響はあまり受けません。ただし、ポーラーロウの南側の地域に入ると、南西から比較的湿った空気が流れ込むことが多くなり、この南西風が南アルプスに笠雲を発生させているようです。そしてこの風向きが山梨の地理的に非常にフィットしているようで、大きな笠雲ができやすい一方で、笠雲以外の雲の発生頻度はそれほど高くありません。結果として、私の経験上、笠雲をゆっくり観察できる確率がぐんと上昇します。ポーラーロウは冬に多い低気圧です。南アルプスの笠雲を狙うなら、峰々が白く染まり切った冬がおすすめです。
南アルプスに関連する雲の中で、私が最近不思議に思っているのが、雨上がりに発生する雲です。
雨上がりは甲府盆地に限らずいつもとは異なるスタイルの雲ができやすく、関東平野ではまれに広範囲の濃霧(層雲)が発生します。雨が蒸発した水蒸気が空気中にたまったところに、気温が低下して凝結したものです。
甲府盆地では、夜中に降雪があった場合を除いてほとんど濃霧(層雲)に包まれることはありませんが、南アルプスの山麓地域だけは降雨をみるたびに高頻度で層雲が発生しています。甲府からみると、釜無川に沿って南北方向に非常に長い一本の雲の帯があるようです。おそらく南アルプスの高峰から山肌に沿うように冷たい空気が下降してきて、山麓エリアに層雲の発生しやすいエリアが連続しているのでしょう。これだけでも十分不思議なことですが、その雲の帯は時間が経つとゆっくり山肌を上昇し、上の写真のような状態に変わっていきます。まだモクモクとしておらず、層状の雲の特徴を残しています。
いったいどうしてこんな雲ができるのでしょう。本当のところはよくわかりませんが、雨があがってから時間が経過したことで地上の温度が徐々に上がり、対流活動が活発になってきたことで雲を押し上げているのかもしれません。山の中腹まで上がった雲は、次第に積雲系の雲に変わってバラバラになってしまいます。
不思議な雲を見つけて、自分なりにあれこれ考えてみるのも楽しいものです。