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自然の中に身を置き、季節の移り変わりとともに生活をしてきた人々にとって、鳥や虫の鳴き出す時期や、暑さの中にそよぐ風の変化には、とても敏感に反応してきたのでしょう。その一吹きの心地よさを待つ気持ちが「風待月」には感じられますし、同時に次第に強さを増す太陽の暑さまでも想像されます。
蝉が盛んに鳴き始めるのもこのころではないでしょうか。とはいえ「蝉羽月」にこめられた気持ちは、蝉の鳴き声よりも蝉の羽のように軽くて薄い夏のきものを着る季節、ということのようです。現代の私たちは5月の連休頃から半袖を取り出して初夏の爽やかな風を楽しみますが、昔の人にとって裏のとれた単衣よりさらに薄い着物の開放感はひとしおだったことでしょう。
「一重なる蝉の羽衣夏はなほ薄しといへどあつくぞありける」 能因法師
今から千年ほど昔の歌ですが、薄いとはいってもやっぱり暑いぞ! という叫びが聞こえてきそうな歌をみつけました。やはり蒸し暑さは同じだったのでしょうか。せめて言葉だけでも軽やかに涼しげに、という思いが「蝉羽月」にはあったのですね。暑さを消してくれるような言葉を作る、たしかに素敵なアイデアです。
「まさにその通りじゃ」と能因法師の声が聞こえてきそうです。夏になると、日本付近では太平洋から大陸に向かって南寄りの風が吹くようになります。「南風」と書いて「はえ」とも呼ばれます。風に敏感に反応した昔の人は、それぞれの風に色を付けています。梅雨の始まりのころ、暗く陰鬱ななかに吹く南風を表すのが「黒南風(くろはえ)」。この風には空に居座る雲のどんよりとした景色が浮かびます。時にそれは「荒南風(あらはえ)」となって漁を妨げたりもしたでしょう。いよいよ梅雨が明けて吹く「白南風」には梅雨が明けた喜びと爽やかさが重なります。
「黒南風の潮の湿りを二の腕に」 坪井耿青
「黒南風の浪累々と盛り上がる」 河野真
「白南風や砂丘へもどす靴の砂」 中尾杏子
風といえば、吹くようにまかせていく軽さを感じますが、黒や白の色がついた南風には風の質感を肌にしっかりと意識させてくれます。梅雨の時期の重たい湿気の変化を鋭くとらえる感性は素敵です。まだしばらくは雨の日を過ごさなければいけません。そんなときちょっと吹いている風に注目してみると、吹いてくる風が今日を特別の日にしてくれるかもしれませんよ。