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ヒバリ(雲雀 Alauda arvensis)はスズメ目ヒバリ科ヒバリ属に属し、日本国内では亜種ヒバリ(Alauda arvensis japonica)、オオヒバリ(大雲雀 Alauda arvensis pekinensis)、カラフトチュウヒバリ(樺太中雲雀 Alauda arvensis lonnbergi)の三亜種と、ヒバリ科のハマヒバリ(浜雲雀 Eremophila alpestris)、ヒメコウテンシ(姫告天子 Calandrella cinerea)の二種が確認されていますが、繁殖するのは亜種ヒバリ(以降、ヒバリと記述)のみで、他の四種は不定期渡来、または冬鳥としてのみ見られます。
ヒバリは、全国に年間留鳥として分布(奄美群島・琉球諸島・対馬列島には冬鳥として、北海道には夏鳥として分布)し、主に平地の広々とした草原や畑を棲み処とするため、身近な里山鳥類として古くから親しまれてきた野鳥です。
全長17cm前後でスズメよりはやや大きく、ムクドリやヒヨドリよりは小さいサイズですが、健脚で地上をよく走るために足が長く、またホバリングに適したように翼も大きく(翼開長32cm以上)、実際のサイズよりも一回り大きく見えます。全体の羽色は明るい褐色と白、こげ茶で構成されて地味めな配色ですが、目立つのは頭頂部に後ろ向きに立ち上がった冠毛(下ろすことも可能で、雌は雄ほど冠毛を立てません)。きりっと鯔背(いなせ)に立ち上がった冠毛はヒバリのトレードマークであり、その若々しく健康なイメージの源泉でもあります。
草原や河原、畑などの開けた場所の上空、眩しい青空の一点に浮揚停止してさえずるこの独特の習性は「さえずり飛翔」と言い、ヒバリ独特の特技です。これは雄ヒバリの縄張りの主張と雌を呼ぶ目的のテリトリーソング兼コールソングで、春から夏の繁殖期、とりわけ五月から六月上旬の入梅前の時期にもっともよく聞くことができます。
ヒバリの高鳴きはウグイスやカッコウなどのようなはっきりした定型の鳴き声とはちょっと異なり、十種以上の鳴き声のパターンを組み合わせた複雑な音色で、歌い手の雄にはよりオリジナリティやバリエーションの豊富さが要求されます。このためヒバリの独唱は長く、三分以上に渡り中空で留まりながら、自慢の喉を披露します。ときには雄同士が鳴き合わせのようにそれぞれの唄を競い合わせることも。その様子は、インタープレイでドライブするジャズマンか、フリースタイルラップで競り合う若者のようです。
雌が引き寄せられてテリトリーにやってきてつがいが形成されると、協働で地上に巣を作ります。栽培作物やイネ科やキク科などの草原植物の根元を浅く掘り、枯れ草で丸くくぼんだお椀型の産座を作り、雌はそこに毎朝一つずつ卵を産みつけ、一日目から抱卵をはじめます。一度に抱卵する卵の数は四つ前後。最後の卵を生んでから10日ほどで雛が孵り、その後、給餌にいそしみます。ヒバリは植物食傾向の強い雑食で主要な食物は草原の自生植物や畑地の栽培種のこぼれ種などですが、雛には高たんぱくの昆虫やクモなどを主に与えます。
鳥は樹上に巣作りすることが多く、地上に営巣するのは少数派。地上営巣の種もウズラやキジなどの地上性の鳥や、シギ類、カモ類などの水辺の鳥が多く、スズメの仲間の小鳥であるヒバリは、少数派中の少数派といえます。
地上の巣は、人間などの大型生物によるかく乱や捕食者の襲撃、大雨の浸水など、樹上よりも危険に思われますが、樹上にも蛇やネズミ、ネコ、カラスなどの捕食者はやってきますし、樹上の巣よりも営巣の労力が少ないことや、しばしば起きる強風による巣の落下や雛の落下というリスクは防げます。ヒバリの生息地は風通しのよい開けた場所なので、高所の樹上よりも草っぱらの中にさりげなく営巣するほうが有利なのかもしれません。
畑に営巣する場合、草刈りや耕作で巣ごと壊されてしまうことが多く、巣立ち率は50%を切るともいわれますが、自然の草原では、80%近くと高い巣立ち率のようです。
親鳥は、地上の巣の在り処を捕食者に気づかれないよう、巣に戻る際には巣から離れた場所に意図的に降り立ち、そこからスタスタと草むらにまぎれて巣に戻ります。巣から飛び立つときにはいきなり舞い上がりますが、これは目立つ空から地上に降りるときは他の生物の目にさらされる確率が高いのに対し、飛び立つ瞬間を目撃されるということは偶然以外には確率的に低いためです。
それでも、巣が見つかったり、あるいは巣立ち間もない雛が見つかるなどすると、親鳥は外敵の近くに駆け寄り、羽をだらんと広げてひきずり、のたうつ仕草をして、自身が怪我で動けない演技(擬傷)をして気を引きます。捕食者が捕らえようと近寄ると微妙に距離を取りながら逃げすさり、徐々に巣から離れた場所へと誘導します。充分離れた位置まで誘導すると、パッと飛び立ち、逃げてしまいます。この技はリスクが高く、決して安全とはいえません。相手が想定よりすばやかったり、複数いたりする場合は、親鳥自身が犠牲にもなりえます。筆者も二度ほど擬傷の演技をするヒバリの親鳥と出会いましたが、何ともいじらしい習性です。
雛は10日ほど親からの給餌を受けて成長し、歩けるようになるとさっさと巣立ちをしてしまいます。そしておのおのがはばたく練習をしながら充分に羽根が成長すると、空へと舞い上がっていくのです。
「雲雀」という漢字は中国名ですが、日本語の「ひばり(比波里)」という呼び名は、一般的には明るい太陽を目指すように上昇して啼く姿から「日晴」が変化したものといわれています。ですが、「日晴」という言葉の意味や関連がいまひとつわかりません。
筆者は、方言でヒバリを「ぴいちく」と呼ぶ地域もあることから、古くからの日本の聞きなし「ぴーちくぱーちく」が「ぴぱ」と縮まって「ヒバリ」に変化したという説に説得力を感じます。この他にも「告天子(こうてんし)」「叫天子」「天鸙(てんやく)」などの、仏教や儒教の説話由来らしき別名もあります。姿が愛らしく、さえずりの美しいヒバリは古くから日本人に愛され、万葉集でも大伴家持や安部沙弥麻呂に歌われており、また江戸時代の俳人小林一茶は次のような形而上的な名句を生み出しています。
うつくしや 雲雀の鳴きし迹(あと)の空 (一茶)
ヨーロッパでは麦畑に営巣するヒバリは田園で普通に見かけるもっとも親しみ深い野鳥で、ヒバリへの思い入れは日本人以上に強いものがありました。ギリシャの守護神アテナの化身とも、高い徳と智恵を備えた鳥ともたたえられ、その鳴き声は「切れ目なく繋がる銀の鎖の輪」とも、「歓喜に溢れた澄み切った美声」とも喩えられました。
作家で鳥類学者のウイリアム・ハドスン(William Henry Hudson 1841~1922年)は、ヌマヨシキリ、クロウタドリ、ナイチンゲール、ヒバリの四種を、「もっとも鳴き声の美しい鳥」としてあげています。シェイクスピア、ワーズワース、P.B.シェリー、エドマンド・スペンサー、J・ミルトン等々、英米文学の詩人や劇作家たちに多大な霊感を与え、多くの文学作品に登場します。
英名のskylarkは、「空の喜び」を意味し、慣用句"happy as a lark"は、「ヒバリのように楽しそうでほがらか」という意味で、古来、ヒバリは幸福や若々しさ、青春の活力のシンボルとしてとらえられてきました。
近年、大規模集約農業が増大(EU全体の45%)するにつれ、農耕地の生態的多様性が失われ、多くの野鳥が姿を消し、大幅に数を減らすという問題が発生しました。ヒバリの減少も顕著で、過去40年の間に生息数は半数に。北方地のスウェーデンではより深刻で、ヒバリの数はかつての1/4にまで減少。そこでバードライフ・スウェーデン(Swedish Ornithological Society)やWWF(世界自然保護基金)の提言をもとに、スウェーデンの農家は「ヒバリの小区画」と呼ばれる農地区画を用意し、ヒバリが営巣・採餌しやすい環境を作ったところ、三年間で劇的な回復を見せました。ヨーロッパ人のヒバリへの強い愛がうかがえます。
日本でも20世紀末の1990年代ごろから、生息数が減っている、という報告が日本野鳥の会から発信されました。特に都市近郊ではその傾向が顕著で、ヒバリの好む広い耕作地や原野が減り、宅地化が進んだためともいわれています。減少はまだら状で、まったく減っていない地域もあれば絶滅に近い地域も出てきているようです。
一方、それまではヒバリの生息が確認されていなかった高山で1990年代から繁殖が確認され、平地の生息域を奪われたヒバリが次第に山岳地へと進出しているかもしれない、と考えられています。これは、磯の崖地が生息域だったイソヒヨドリが、やはり1990年代ごろから都市に生息域を広げているのと対照的な現象といえます。
日本の場合、ヨーロッパと比べて農地生物多様性にきわめて優れた里山水田というシステムを有していますが、そんな日本においても大規模集約農業への転換や、農地や森林自体の減少という事態は進行しています。あのほがらかなさえずりが、いつまでも日本の初夏の田園に残ってほしいと願わずにはいられません。
参考・参照
熊本の野鳥百科 大田眞也 マインド
Reversing the skylark's decline in Sweden