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南風を略して「みなみ」。主に東日本で使われてきた呼び名で、太鼓の乱れ打ちのように烈しく吹く夏の南風を「大南風(おおみなみ)」と呼ぶそうです。江戸っ子っぽい響きですね。一方、西日本では古くから、南方より吹く湿った風のことを「南風(はえ)」と呼んでいました。もともと漁師さんたちが使っていた言葉だといいます。
強い南風は、不漁となるので嫌がられました。「五斗喰い(ごとぐい)風」「六俵(ろっぴょう)ばえ」などという呼び名は、五斗や六俵の米を食べ終わるまで、海が荒れて出漁できなくなるという意味なのだとか。ふと、「6俵食べる間ってどれくらいの日数なんだろう」という疑問が…そこで、米を食べない現代人では目安にならないので「一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ」ていたという宮沢賢治の消費量で計算することに。6俵(2400合)÷ 4合だと600日。なんと約20ヶ月!って、長くても2ヶ月くらいですよね梅雨?…というわけで、これはひと家族分の例えなのかと考え直します。大人10人ぶん食べる家族(←子だくさん)とすると、それでも60日!? やっぱり昔は梅雨ともなると、ほとんど漁には出られなかったのでしょうか。それとも、それくらい長〜く感じられた、ということでしょうか。どちらにせよ、そんな梅雨の終わりが待ち遠しかった気持ちが、伝わってきますね。
梅雨半ばの強い南風を「荒南風(あらはえ)」といいます。日本の上の梅雨前線沿いに雷雲を発生させて強い雨を降らせる、湿った熱帯気流の荒南風。過去の記録的な集中豪雨災害は、梅雨の後半に起こっているそうです。前半に降った雨で地盤がゆるみ、土砂災害の危険が増すためです。梅雨明け前の雨には、いつもより厳重な警戒が必要なのですね。
梅雨の初めに黒い雨雲の下を吹く南風を「黒南風(くろはえ)」といい、梅雨が明けて白い巻雲や巻層雲が空に浮く頃、そよそよ吹く南風を「白南風(しろはえ・しらはえ)」といいます。他に色など感じられないような雨の季節、そして目に見えないはずの風。昔の日本人はどうして、雲の色である「黒」と「白」を、吹く風の名に選んだのでしょう。
どちらの南風も、夏の季語。これから雨や風のおかげで仕事に出られなかったり生活がおびやかされたりするかも…というどんよりした暗さを「黒」、太陽の光が戻り活動的な夏がはじまる明るさを「白」…そんなふうに、カラーというより明度の移り変わりを表現したのかもしれませんね。白い雲を運んできて黒い雨雲を一掃するとされる白南風ですが、黒白は善悪や敵味方を表しているわけでもなさそうです。自然をただ受け止めて、心の内を見る。そんな日本人特有の感性が表れている呼び名に思えます。
黒南風に 水汲み入るゝ 戸口かな (原 石鼎)
梅雨の風に急いで水汲みをし、やっと戸口に入ってホッとする、そんな場面でしょうか。今と比べて、当時は外気をダイレクトに感じる生活。風の肌ざわりや匂い、音、そのゆくえを、瞬時に五感で受け止めていたことでしょう。とはいえ、じつは現代に暮らす日本人もまた、気持ちのありように吹いてくる風の影響を大きく受けている気がしてなりません…自分で感じているよりも、ずっと強く。みなさまは、どう思われますか?
日本には、少なくとも二千以上もの風の呼び名があるそうです。「身に覚えのある風は、名前を持っている」のだとか! 風はいつも何かを運び、一瞬で去っていきます。そして触れたあなたの何かをそっと拝借し、さりげなく誰かに届けているかもしれません。風に吹かれることは、風の見てきたものや触れてきた経験を分けてもらうことなのかもしれませんね。いま来た風はなんて名前かな。どうしてここを通ったのかな。そんなことを思いつつ梅雨明けを待つのも楽しそうです。
ある人気ゲームでは、「黒魔法」が攻撃系、「白魔法」が回復系のパワーをもっているようです(ちょっと南風と似ていますね)。気温がどんどん高くなり、早くもバテぎみのこの時期。そうめんや甘酒など白いもので、体力の回復をはかってみるのはいかがでしょうか。
〈参考〉
『風の名前』高橋順子・文/佐藤秀明・写真(小学館)
『季節よもやま事典』倉嶋厚(東京堂出版)