空中でトラップするC大阪FW柿谷曜一朗(2019年撮影)

元日本代表FW柿谷曜一朗(35)が現役を引退することになり、昨季まで在籍したJ2徳島が18日、発表した。

16歳でC大阪とプロ契約を結ぶなど「天才」と呼ばれ、14年W杯ブラジル大会出場や欧州移籍を24歳で実現。芸術的なゴールを量産し、J1通算238試合52得点を記録した希代のストライカーは、プロ19年間でスパイクを脱ぐことになった。近くC大阪で引退会見を行う。

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徳島を昨季限りで契約満了となっていた柿谷が、35歳で現役を引退することになった。自身のSNSで「幸せなサッカー人生でした。感謝は会見でたくさん伝えさせてもらいます」とコメント。プロ19年のうち、11年間を過ごしたC大阪で後日、引退会見を行う。

英語で天才、スターを意味する「ジーニアス」と呼ばれるほど、ゴールの才能は際立っていた。13年に創設されたJリーグ年間最優秀ゴール賞の初代受賞者で、これまで2度受賞したのは柿谷だけ。想像力豊かなプレーは、決して恵まれたわけではない176センチ、68キロの体に詰まっていた。

4歳でC大阪の下部組織に入り、小学生の時点でプロ契約が確実視された。柿谷がプロ契約を結んだ当時のゼネラルマネジャー(GM)で、小学生時代から指導していた西村昭宏さん(66=大阪協会FAコーチ)は「ゴールに向かう即興性、イマジネーションなど、指導者の指導を超えた答えを持っていた」。

一方でクラブ史に残る問題を起こしたのが、19歳だった09年。練習への遅刻が重なり、ブラジル人のレビークルピ当時監督が激怒。C大阪からJ2徳島へ期限付き移籍とはいえ、追放された。

これが転機となり、C大阪に復帰した12年、培った責任感と成績(30試合11得点)が比例。13年には森島寛晃(現社長)が付けたクラブのエース番号「8」を背負い、14年にはW杯出場、スイス1部バーゼルへ移籍。古巣復帰後の17年には、クラブ初タイトルのルヴァン杯と天皇杯2冠獲得の中心になった。

1学年上のMF香川真司(3月に36歳)とは06年、C大阪の同期入団。関係者から「天才の柿谷、努力の香川」と評されることが多い。西村さんは、努力の量では香川が断然上だと言うが「サッカーを知らない人を、1つのプレーで魅了できたのが曜一朗。まだ、現役で見たかった」と引退を惜しんだ。【横田和幸】

◆柿谷曜一朗(かきたに・よういちろう)1990年(平2)1月3日、大阪市生まれ。C大阪下部組織育ちで、06年に当時クラブ最年少でプロ契約。09年6月にJ2徳島、12年C大阪、14年7月にバーゼル(欧州CL出場)、16年C大阪、21年名古屋、23年J2徳島へ移籍。香川らと14年W杯ブラジル大会代表に入り、国際Aマッチ通算18試合5得点。通算はJ1が238試合52得点、J2が234試合30得点、J3が1試合無得点。16年にタレント丸高愛実と結婚し、1男2女。176センチ、68キロ。

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 柿谷曜一朗が現役引退「サッカー知らない人を1つのプレーで魅了」小学生時代の指導者語る