あいづちが生み出す協調的かつオープンエンドな会話

2024 年 6 月 4 日
早稲田大学​
株式会社クロスコンパス

  
話者同士でつくりあう「共話」型コミュニケーションのデザインに向けて
あいづちが生み出す協調的かつオープンエンドな会話

詳細は早稲田大学HPを確認してください。

発表のポイント
◯ オーバーラップ(声が重なり合わさること)やあいづちによって協調的に会話が進行する「共話」の共創プロセスを取り入れた新しいコミュニケーションデザインのコンセプトを提案。
◯ 共話におけるあいづちの役割に注目し、あいづちを動的に挿入するボット(あいづちボット)を開発。実験の結果、人とボットの会話においても、ボットがあいづちを打つことで、会話がより親しみやすく協力的に感じることが明らかになりました。また、共話の特徴が観察された事例では、人間がボットに対して「人間らしさ」を主観的に感じていたことがわかりました。
◯ 共話の観点を取り入れることで、人間とコンピュータのインタラクションデザインに新たな視点が加わり、コンピュータを介したユーザ同士のやりとりにおいても、より親しみやすく協調的な関係性を築けるようなインターフェースの実現が期待されます。

早稲田大学大学院文学研究科修士課程(当時)の吉村佳純(よしむらかずみ)、同文学学術院のドミニク・チェン教授、およびクロスラボ研究所所長のオラフ・ヴィトコフスキ博士の研究グループは、会話におけるターンテイク(順番交代)ではなく、協調的なオーバーラップ(声が重なり合わさること)やあいづちの打ち合いによって進行する共話(synlogue)という概念に基づいたコミュニケーションデザインの在り方を論じ、あいづちを打つボットを用いた実験を通して、共話のもたらす様々な価値を提示しました。
本研究成果は、『ACM Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI)2024』にて、[論文名:Synlogue with Aizuchi-bot : Investigating the Co-Adaptive and Open-Ended Interaction Paradigm]として、2024年5月11日(土)にオンラインで掲載されました。また、同論文はその年のトップ5%のクオリティの論文に与えられるHonorable Mentionを受賞しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406031700-O2-4VyrjF65】 図:本研究で提示した共話=synlogueと対話=dialogueの対比
[川田(1992)のシンローグの記述を参考にしつつ、水谷(1993)の図をチェン(2020)が再構成した]

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
会話分析は、自然な会話を分析し、どういったタイミングで話者が交替するのか、会話の修復はいつ起こるのかなど、その規則を探るものです。会話分析の理論は、Sacksらによって確立され、対話はターンテイキング(turn-taking)※1によって構成されるとされています。そのため、話者同士の発話が重複(オーバーラップ)した場合は問題と見なされ、修復されるべきものと考えられてきました。

他方で、オーバーラップを修復すべき問題ではなく話者同士の連帯を生み出す要素とみなす研究も、これまで多くなされてきました。Deborah Tannenは、ユダヤ系アメリカ人の会話文化における協調的オーバーラップを研究し、これは会話への積極的な関与を示すものであり、発話のターンを相手から奪うための支配的な中断ではないと主張しました。水谷信子は、日本語の会話スタイルとして「共話」という用語を提案し、会話の参加者がオーバーラップによって積極的に互いの発話を補完し合う協力的な会話スタイルであるとしました。オーバーラップの他にも、あいづちのようなバックチャネリング(backchanneling)※2は共話の重要な要素とされています。川田順造は、西アフリカのモシの人びとの文化における夜間に物語を語り合う集いにおいて、聞き手も積極的に会話に関与し、あいづちを打ち合い、他者の言い淀みを補完しながら共同で物語を構築する語りの形態を観察し、「synlogue」と名付けて分析を行いました。このように、協調的オーバーラップ、共話やsynlogueの研究において、積極的に声とバックチャネリングを重ね合って発話を共創することで、話者同士の連帯の感覚が生成されることに注目がされてきました。

また、これまでのHCI(Human-Computer Interaction)※3や社会ロボティクス分野の研究では、あいづちやうなずきなどのバックチャネリングを視覚的・聴覚的にコミュニケーションに挿入することで、人間とコンピュータの自然な相互作用を目指してきました。しかし、これらの研究はターンテイキングの視点からのものであり、協調的なオーバーラップやあいづちの共話的な側面を主眼とするものではありませんでした。

(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法
本研究では、「共話」や「synlogue」の議論をまとめながら、オーバーラップやバックチャネリングの価値を積極的に見出そうとする「共話」概念の英語訳として「synlogue」を用い、従来の対話モデルよりも話者同士による共創性に注目する新しいコミュニケーションデザインのコンセプトとして提案しています。理論的な貢献として、ターンテイク(話者の順番交代)を会話の基本的要素とする会話分析の古典的な視点に対し、話者同士の発話がゆるやかに結合する「ターンカップリング」の状態に連帯の感覚やオープンエンド性※4といった積極的な価値を認める視点を提案しました。そして、共創的な会話モードによって、コンピュータが媒介するコミュニケーションにおいてユーザ同士の協調関係を実現することで、情報環境における社会的分断を緩和する可能性を探ることを目的としています。

そこで本研究では、あいづちを動的に挿入するボット(あいづちボット)を開発し、カメラをオフにしたオンラインビデオ通話をシミュレートした実験環境を用意しました。あいづちボットでは、先行研究に基づき、話者の発話のプロソディック(音韻)情報を用いてあいづちの打たれるべきタイミングを予測して挿入する手法を採用しています。実験参加者の主観的評価とインタビューの定性的データを基に、共話的な相互作用が実現される条件とそのデザインへの示唆を分析しました。

実験の結果、人とボット間の会話においても、あいづちは共話的な会話を促進するための重要な要素となることが明らかとなり、ボットによってあいづちが打たれることで、会話がより親しみやすく、より協力的に感じられることが明らかとなりました。また、インタビューの分析結果から、ボットとの共話はターンテイキングに依存せず、重複する発話や不完全な発話を相互に補完し合うことで、より自然でオープンな会話が可能になることが観察されています。さらに、人間側が聞き手のボットに対して機械的な印象を抱かず、「人間らしさ」を主観的に感じられることによって、あいづちのオーバーラップが自然なものとして受け入れられ、人間とボットの間で共話のモードが実現されることが、実験の結果から明らかになりました。

(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究の成果は、第一に、共話という会話形式の観点を取り入れることで、人間とコンピュータのインタラクションデザインに新たな視点を導入し、HCIのデザイン領域へ貢献した点です。今回の実験は言葉を用いた会話シーンを対象としていますが、言葉以外のコミュニケーションの設計と分析に応用することで、より多様な共創的インターフェースの実現が期待されます。

 今後、人間同士のコミュニケーションに応用することにより、以下の波及効果や社会的影響が期待されます。
コミュニケーションの質の向上:
共話的な会話スタイルを人間同士のコミュニケーションに導入することで、対面やオンラインの両方でより自然で親しみやすい会話が可能となり、コミュニケーションの質の向上が期待されます。

社会的分断の緩和:
共創的な会話プロセスの実現により、異なる立場の人々がコミュニケーションを通じて協調関係を構築し相互理解を深めることが可能となります。そのため、社会的分断の緩和が期待され、当事者同士のウェルビーイングの生成に寄与する可能性があります。

教育と学習の促進:
あいづちを活用した共話的な対話が、言語学習や異文化コミュニケーションの教育現場で役立ち、効果的な学習環境の構築に貢献します。

メンタルヘルスの向上:
共感的で協力的なコミュニケーションが心理的安全性を高め、孤独感の軽減や精神的なウェルビーイングの向上に寄与することが期待されます。

(4)課題、今後の展望
実験の結果において、ボットの打つあいづちが、タイミングや音声の種類、抑揚などによって機械的であると感じられた場合には、オーバーラップが不自然なエラーとして知覚されていたのに対し、「人間らしさ」を感じられた場合にはオーバーラップが自然なものとして受け入れられ、共話の特徴が見られる会話が発生していました。しかし、あいづちボットに人間らしさを強く感じ過ぎてしまうと、逆に参加者が緊張してしまう場合があり、あいづちのタイミング精度の調整や人間らしさのバランスを取ることが今後の課題です。また、現在の実験は限られたシナリオで実施されており、より多様な状況での有効性を検証する必要があります。

より長期的には、あいづちの種類や抑揚がよりコンテキストに応じた適切なものになるように自然言語処理技術を向上させた上で検証すること、また、ジェスチャーや視線などの非言語的なフィードバックも統合することで、より豊かな共話的相互作用を実現することを目指します。さらには、共話的なコミュニケーションの長期的な影響を評価し、その心理的および社会的な効果を明らかにするとともに、異なる文化圏や世代の離れた話者同士での共話の適用可能性も検討し、グローバルなコミュニケーションの改善に寄与したいと考えます。

(5)研究者のコメント
今回の研究は、話者が交互に交代して話すことが基本とされる「対話」(dialogue)においては例外事態として見なされてきたオーバーラップ(声の重なり)や、二次的な現象とされてきたあいづちといった要素に積極的な価値を見出し、「共話(synlogue)」というコミュニケーションの形式とその価値を、インターフェースの設計に導入したデザインコンセプトとして提示するものです。共話(synlogue)のモデルに基づくと、コミュニケーションとは、わかりあうためのものだけではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを歓迎するための技法であると捉えられます。コロナ禍のなかでリモート会議がデフォルトとなった際に、あいづちの打ち合いや、声を重ね合わせることが難しくなり、日々のコミュニケーションから共話的な側面が抜け落ちたことを実感した人は少なくないでしょう。自律的な個人間の理性的な議論だけに頼るのではなく、共に会話をかたちづくるコンヴィヴィアルな側面に光を当てることで、物理空間と情報環境の双方において、わたしたちの会話はより豊かなものとなりえます。今後もデザインコンセプトとしての共話(synlogue)モデルの研究を通して、ますます深まるオンライン上の社会的分断の緩和や、より望ましい人とAIエージェントとのコミュニケーションにも寄与する可能性を探っていきます。

(6)用語解説
※1 ターンテイキング
対話において話者が順番に発言する構造を指し、各発言が完結してから次の話者が発言する形で進行することを意味します。

※2 バックチャネリング
リスナーが会話中に「うん」や「はい」などのあいづちを入れたり、うなずきの動作を表現したりすることで、話者に対する関心や理解を示し、会話を円滑に進行させる役割を持つ行為を指します。

※3 Human-Computer Interaction
人間とコンピュータのインターフェースに着目し、テクノロジーが人の生活に及ぼす影響を分析し、望ましいデザインの形について議論する研究領域です。ACM CHIはこの分野の世界最大級の学会で、2024年には4000件を超える論文が投稿されました。

※4 オープンエンド性
結論や目的が開かれているという意味で、合目的性と比較して論じられる概念です。たとえば生命論において、生命進化は向かうべき目的があらかじめ定まっていないという意味で、Open-Ended-Evolution(開かれた進化)という概念が論じられています。

(7)論文情報
学会名:ACM Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI)2024
論文名:Synlogue with Aizuchi-bot : Investigating the Co-Adaptive and Open-Ended Interaction Paradigm
執筆者名(所属機関名):吉村佳純(早稲田大学)、ドミニク・チェン(早稲田大学)、 オラフ・ヴィトコフスキ(Cross Labs)
掲載日時(現地時間):2024年5月11日
URL:https://dl.acm.org/doi/10.1145/3613904.3642046
DOI:https://doi.org/10.1145/3613904.3642046
(8)研究助成
研究費名:JSPS KAKENHI Grant Number JP21H03768
研究課題名:自然存在との相互ケア的な関係性を築くコミュニケーションデザインの提案と実践的評価
研究代表者名(所属機関名):ドミニク・チェン(早稲田大学)

研究費名:JSPS KAKENHI Grant Number JP21K18344
研究課題名:東アジアにおけるモアザンヒューマン文化の研究調査とそのデザイン理論への接続
研究代表者名(所属機関名):ドミニク・チェン(早稲田大学)

【キーワード】
コミュニケーションデザイン、AIと人の相互作用、あいづち、共話/synlogue、共創とオープンエンド性、社会的分断

情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 話者同士でつくりあう「共話」型コミュニケーションのデザインに向けて