~疾病と虫害の防除に期待~

令和3年12月15日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

植物の免疫系が自身の虫害抵抗性を抑制する仕組みを解明
~疾病と虫害の防除に期待~

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科・遺伝子実験施設の多田 安臣 教授、野元 美佳 助教、板谷 知健 博士後期課程学生、森 毅 博士前期課程学生らの研究グループは、エジンバラ大学(イギリス)のスティーブン・スプール 教授、マイケル・スケリー 博士研究員、名城大学農学部生物資源学科の塚越 啓央 准教授、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の東山 哲也 教授、桑田 啓子 特任講師、岐阜大学応用生物科学部の山本 義治 教授、時澤 睦朋 博士研究員、名古屋大学大学院生命農学研究科の森 仁志 教授、中部大学応用生物学部の鈴木 孝征 准教授、京都大学理学研究科の松下 智直 教授との共同研究で、植物の免疫系が自身の虫害抵抗性を抑制する仕組みを新たに発見しました。
 植物は、ヒトなどの動物と同様に高度な免疫系を保有しており、植物が細菌やウイルスなどを感知すると、免疫系を活性化することで病原体の感染を防除します。一方、植物は虫害防御システムも備えており、昆虫が葉を摂食すると、植物は忌避物質(注1)などを生成することで虫害を防ぎます。この免疫系と虫害防御システムは、拮抗的な関係にあり、免疫系を活性化している植物は、虫害被害を受けやすくなることが知られていますが、その仕組みは長年謎のままでした。
 本研究では、免疫系の活性化因子であるNPR1タンパク質が、虫害防御システムの活性化因子であるMYC転写因子(注2)と結合することで、MYC転写因子による虫害抵抗性遺伝子の発現を抑制することを明らかにしました。つまり、NPR1タンパク質は免疫系の活性化因子であると同時に、虫害防御システムの抑制因子として機能することが分かりました。
 これらの結果は、病害と虫害の両者に強い作物品種の開発に役立つことが期待されます。
この成果は、2021年12月15日午前1時(日本時間)付アメリカ科学誌「Cell Reports」オンライン版で発表されました。

【ポイント】
・植物は、病原菌などを感知して免疫系を活性化すると、虫害の被害が拡大する。
・免疫系の活性化因子であるNPR1が、虫害抵抗性を誘導するMYC転写因子の機能を阻害することを明らかにした。
・病害と虫害の両方に強い作物品種の開発に期待できる。

【研究背景と内容】
 植物はヒトなどの多細胞生物と同様に免疫系を持っており、病原体の侵入を感知すると、抗菌性物質を生成することで感染を阻害します。免疫系の活性化には、NPR1タンパク質が主要な役割を担っており、病原微生物の感染時にNPR1タンパク質は核へ移行すると、抗菌性物質の生成に関与する遺伝子の機能発現を行います。一方、植物は虫害に対する防御システムも保有しており、昆虫が葉を摂食すると、核内においてMYC転写因子が活性化し、葉に忌避物質を蓄積することで虫害の被害を軽減します。現在までに、病害応答や虫害応答など、個々の環境ストレス応答に関する知見は蓄積しつつありますが、複数の環境ストレスに同時に晒されている時に、植物がどのように応答するかは明らかになっていません。特に、免疫系が活性化すると、虫害防御システムが崩壊し、虫害が増大することが知られていますが、その遺伝子およびタンパク質レベルでの仕組みは明らかになっていませんでした。
 本研究では、まずシロイヌナズナ植物において、ChIP-seq(注3)という手法を用いてNPR1タンパク質が直接制御する遺伝子群を決定しました。NPR1タンパク質は免疫系の活性化因子なので、予想通り病害抵抗性に関連する遺伝子を直接制御していることが分かりました。興味深いことに、NPR1タンパク質は虫害防御システムに関連する遺伝子も直接制御している可能性が示されました。そこで、虫害防御システムの主要な活性化因子であるMYC転写因子の機能が、NPR1タンパク質によって影響を受けるかを調査しました。虫害が生じると、MYC転写因子はMED25タンパク質と相互作用することで、RNA合成酵素を呼び寄せ、虫害防御に関連する遺伝子を発現誘導します。しかし、NPR1タンパク質は、このMYC転写因子とMED25タンパク質の相互作用を阻害し、MYC転写因子による虫害防御システムを抑制することが判明しました(図1)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202112134871-O10-ba4Zx5Us
 
【成果の意義】
 植物は常に多様な環境ストレスに晒されていますが、免疫系、乾燥耐性、塩耐性、低温耐性や虫害抵抗性などによって生存を可能にしています。これら環境ストレス応答は互いに拮抗的に作用するため、例えば病原菌に強い植物を作出しても、他の環境ストレスに弱いといったことも起こります。特に、免疫系が活性化すると虫害抵抗性が失われるという現象は、農作物の虫害被害を増大させるため、その仕組みを理解するための研究が世界中で盛んに行われてきました。本研究は、植物が免疫系によって虫害抵抗性を失う仕組みを、遺伝子レベルに加えてタンパク質レベルで明らかにしたものです(図2)。したがって、植物の環境ストレス応答を理解する上で大きな進歩と言えます。
 本成果を応用して、ウイルスや細菌などの病原体に対する耐性を持ち、害虫に対しても強い作物の作出が可能になるため、農薬などの環境負荷を低減するといった持続可能な農業の実現にも貢献すると考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202112134871-O11-qJD4fS1A

【用語説明】
注1)忌避物質:
昆虫などの動物に対して摂食や産卵行動を抑制する効能のある物質の総称。

注2)転写因子:
DNAに結合し、遺伝情報を読み取ることで、遺伝子の機能発現を担う因子。

注3)ChIP-seq:
転写因子が結合するDNAの領域を決定する技術。

【論文情報】
雑誌名:Cell Reports
論文タイトル:Suppression of MYC transcription activators by the immune cofactor NPR1 fine-tunes plant immune responses
著者:Mika Nomoto, Michael J. Skelly, Tomotaka Itaya, Tsuyoshi Mori, Takamasa Suzuki, Tomonao Matsushita, Mutsutomo Tokizawa, Keiko Kuwata, Hitoshi Mori, Yoshiharu Y. Yamamoto, Tetsuya Higashiyama, Hironaka Tsukagoshi, Steven H. Spoel, and Yasuomi Tada
DOI:10.1016/j.celrep.2021.110125

情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 植物の免疫系が自身の虫害抵抗性を抑制する仕組みを解明