2021年8月20日

龍谷大学

先端理工学部 内田欣吾教授の研究グループが
世界初、種を弾き飛ばすホウセンカの実を模倣した
「光照射で内包物を放出する結晶カプセル」を開発 
英国王立化学会「Chemical Science」誌に掲載

【本件のポイント】
●龍谷大学 先端理工学部 応用化学課程の内田欣吾研究室は、光を照射することで内包物を放出する結晶カプセルを作成した。有機結晶に光を照射すると、結晶が粉々に砕けるフォトサリエント現象と呼ばれる現象は最近注目されていた。今回、有機化合物の結晶を成長させる再結晶法を利用して、光応答物質と溶媒以外の第3の物質を共存させることで、その物質を内包した結晶カプセルが作成でき、さらに光照射により、カプセルが壊れ内包物を発散できるシステムを世界で初めて報告した。内包した化学物質を光で放出する機能や光ヒューズなどへの応用が期待される。
●研究の成果は、英国王立化学会の旗艦ジャーナル「Chemical Science」に掲載(Webでは既に公開)

光を照射すると結晶が割れたり跳んだりする現象は、フォトサリエント現象として、ここ10年近くにわたって研究されてきました。光を当てることで結晶を構成する有機分子に光反応が起こり、別の分子に変わるなどして分子のサイズが初めの状態と変わることで、結晶表面にひずみが生じ結晶が破壊されます。しかしながら、光で結晶が壊れるだけでは、実用性や機能は期待しにくいです。我々は、ジアリールエテン(DAE)と呼ばれる熱的な安定性に優れたフォトクロミック化合物(光で色の変わる化合物)の研究を続けており、光で結晶が曲がるなどの応答挙動を検討してきました。しかしながら、光でカプセル内に収めたものを放出するカプセルについては、世界に例がなく、これまで光応答カプセルの開発に取り組んできました。


【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202108209012-O1-vSe1xIS1

結晶カプセルを形成する分子構造を試行錯誤することで、分子1o(oは、開環体の英語、open-ring isomerの頭文字)が、有機結晶を溶媒中で成長させる通常の再結晶法により7.7%の収率で結晶カプセルが生成しました。

結晶カプセルを作成した報告は既にありますが、カプセル内にどうやって他の物質を入れるのかが問題になります。シュークリームのように外壁の一か所に穴をあけてクリームを注入する等の方法は使えません。そのため、結晶内部に自由に物質を内包させ、それを放出するような結晶カプセルのシステムは、今まで存在しませんでした。

我々は、有機溶媒の中に、内包させる物質とDAEを溶解させると、その物質を内包させたDAEカプセルが生成しました。今回は、識別しやすい内包物として、緑色の蛍光を発するフルオレッセインという蛍光色素を選びました。この蛍光色素とDAE1oを溶解させたアルコールの混合溶液を室温で放置すると、溶媒が蒸発するに従い、フルオレッセインのアルコール溶液を内包した1oの結晶カプセルが21%の収率で生成しました。紫外光を照射すると結晶カプセルは、フォトサリエント効果により壊れ、緑の蛍光がカプセル周囲に広がりました。

さらに特筆すべきことは、再結晶の時間を短縮すると得られる結晶カプセルのサイズも小さくすることができます。

また、生体の窓と呼ばれる波長域の近赤外光の照射でも、このカプセルを割ることができます。そして、この結晶では分子が規則正しく一方向に並んでいるために、ある方向の偏光だけがサリエント現象を誘起できるという点にも特徴があり、それを利用した応用も期待できます。

【発表論文について】
英文タイトル:Molecular crystalline capsules that release their contents by light
タイトル和訳:光照射で内包物を放出する分子結晶カプセル
掲載誌:Chemical Science
URL: https://doi.org/10.1039/D1SC03394H

論文著者:永井 聖、西村 涼、服部陽平、波多野絵里、藤本朱子、森本正和、安田伸広、
鎌田賢司、五月女 光、宮坂 博、横島 智、中村振一郎、 内田欣吾

【内容について】
<研究の背景>
2016年のノーベル化学賞は、「分子マシンの設計と合成」のテーマに授与されました。光で駆動する分子モーターを使った分子の四輪車、ナノマシンなどが受賞対象でした。しかし、分子の動きは小さく、単独での利用は困難です。その後、分子の動きが蓄積された分子集合体では、その機能が肉眼で確認できるため、分子の集合体である結晶やゲルの光応答挙動に研究の中心が移ってきました。例えば、結晶やゲルにポリマーに紫外光を照射すると変形や屈曲現象が起こることが報告されました。これらの分子集合体は,光エネルギーを直接、力学的パワーに変換可能なため、光駆動アクチュエーターや分子機械の構成要素として研究が活発に行われてきました。しかし、こういった応答挙動の一つである、内部に包摂した物質を、光で放出するシステムは、作成されていませんでした。

内田研究室では、光を照射すると色を可逆的に変えるフォトクロミック化合物、特に熱的な安定性を有するジアリールエテンという化合物を用いて光を照射して光応答する機能材料を研究してきました。ジアリールエテンは、無色の開環体と呼ばれる状態に紫外光を照射すると分子中心部が閉環し、着色した閉環体を与えます。これに可視光を照射すると元の開環体を再生します。この化合物は、光で何回も閉環・開環反応を繰り返せること、結晶状態でもフォトクロミズムができることに特徴があります。

内田研究室では、2017年にあるジアリールエテンを昇華生成する際に、結晶の一方の端が開口した三角コーン状の中空の結晶が成長することを見出しました。結晶のサイズは、長さ500 mm、幅50 mm、厚さ5 mm程度の小さなものでしたが、これに毛管現象で直径1 mmの蛍光ビーズを穴に詰めて、紫外光を照射すると結晶は壊れ、内部の蛍光ビーズが吹き飛ぶ現象が観察できました。しかし、この結晶は一方が開いていますので、内容物が液体だと漏れ出してしまいます。そこで、結晶カプセルの作成を、それ以降、試みてきました。

今回の発表は、その研究の成果です。2017年の研究成果と結晶を構成するジアリールエテン誘導体の構造が異なります。カプセルを生成する際、どのように内包物を詰めるかについても検討しましたが、有機物を精製する方法として一般的な溶液からの再結晶法で、内包した結晶カプセルが作成できました。

<研究の結果>
今回用いたフォトクロミック化合物、ジアリールエテンの分子構造は図1に示しています。トリメチルシリル基は結晶成長を促しますが、なぜかメタの位置に導入した誘導体1oのみが、今回の結晶カプセル作成に至りました。ヘキサンを溶媒とした場合には、7.7%の割合で結晶カプセルが作成できました。溶液からの再結晶に際して結晶の成長速度が速いと、イレギュラーに結晶に空孔が出来てしまうことがわかっています。その空孔には、周囲の溶液が取り込まれ成長を続けます。その溶液の中に、第3の物質を溶かしておくと、その物質が取り込まれます。今回は、識別しやすいように蛍光色素を内包させました。ヘキサンを溶媒とした場合には、9,10-bis(phenylethynyl)anthracene (BPEA)を内包でき、さらに、アセトンとメタノールの混合溶媒(混合比A:M = 3:1)を用いて蛍光色素5(6)-carboxyfluorescein (5(6)-FAM)を内包させると、21%の収率で結晶カプセルが得られました。これらのカプセルに紫外光を照射すると、カプセルは壊れ、内包物を放出します。ところで、この誘導体1oの特徴は、光照射で閉環体1cが生成すると、今まで以上の歪が結晶に生じることです。そのため、水の抵抗のない、空気中で以前の実験の比較として蛍光ビーズを入れた実験では、以前の実験以上に紫外光照射でビーズをまき散らしながら吹き飛ぶ様子が確認できました(参考図2a)。

5(6)-FAMを内包した結晶カプセルに、1oは吸収をもたず、5(6)-FAM のみが吸収をもち緑色蛍光を発する450 nmの青色光を照射すると、結晶内部から緑色蛍光が観察され、カプセルに5(6)-FAMが包摂されているのが確認できます。この結晶カプセルに1oは吸収をもち光応答する365 nmの紫外光を照射すると結晶が割れ、緑色蛍光が漏れ出していくのが確認できます(参考図1)。この結晶のサイズは、直径0.1 mm、長さ2 mm程度ですが、再結晶の操作時間を短縮すると、直径0.05 mm,長さ0.4 mm程度の結晶カプセルも作成でき、このミニカプセルも紫外光照射で内包物を放出しました(参考図2b)。

この結晶カプセルが、生体内で薬物の放出に使えるかの実験として、生体の窓と呼ばれる近赤外領域の波長802 nmの光に応答するかを確認しました。この波長のレーザー光を照射すると、結晶は壊れることを確認し、基本的には生体内に導入後も、内部で光破壊させ内包物を放出させる可能性を確認しました(参考図3)。

また、結晶はそれを構成する分子が規則正しく並んでいます。この結晶の場合、分子が光を吸収する方向と結晶の長軸方向が互いに直交していることがわかりました(参考図4a、4b)。直線偏光の光を、偏光面の向きを変えながら当てると、結晶の反応性を制御することができます。2個の結晶カプセルを直交して置き、上に置いた結晶の長軸に垂直な水平の偏光面をもつ紫外光を当てると、上の結晶だけがフォトサリエント現象を起こしてジャンプアウトしました(参考図4c、4d、4e)。3枚の結晶を45°ずつ回転させておいたものに同様に水平の偏光面をもつ紫外光を当てると、縦、斜め、の結晶が順次飛び、横向きの結晶が残る様子が観察され、光の偏光もカプセルの破壊の制御に使えることもわかりました(参考図4f)。

<研究の意義と今後の展開>
現在、有機分子の集合体である、結晶やゲルを使った光応答材料が多数提案されています。しかしながら、完全にカプセル化した内包物を光刺激で放出するという機能は、知られていませんでした。光刺激で迅速に応答し、瞬時に内容物を放出する機能は、光を介して遠隔操作で薬物や香料などを放出するのに使用できますが、このような事例を示すことで、新たな応用面も見つかるかもしれません。多くの方々に情報を共有していただくことが重要と考えています。
今回の論文は、世界的に例を見ない新しいものであるため、英国王立化学会がFlagship Journal(旗艦論文誌)と位置付けたChemical Science 誌 に掲載されました。このことは、この成果が学会からも高い評価を受けたことを意味しています。

<参考図>


【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202108209012-O2-4E6ZWfc4

参考図1:上図 蛍光色素フルオレッセイン(5(6)-FAM)を内包した結晶に、色素は吸収があるがDAE1oは吸収しない450 nmの光を照射すると、内部の5(6)-FAMからの緑の蛍光が観察される。DAE1oは、反応しない。下図 上と同じ結晶に365 nmの紫外光を照射すると、0.5秒で結晶が壊れ、内部の緑色蛍光が広がっていく。


【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202108209012-O3-sHjOjP0J

参考図2:この結晶カプセルの両端をカットし、2017年の実験のように直径1 mmの蛍光ビーズを詰めて紫外光を照射すると、ビーズを吹き出しながら四散した(a)。再結晶時間を短くすると直径0.05 mm,長さ0.4 mm程度の結晶カプセルも作成でき、これも紫外光照射により内包した蛍光物質を放出した。


【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202108209012-O4-LYv05CBs

参考図3:波長802 nmの近赤外光は、生体の窓と呼ばれる波長域のもので、生体内に深く浸透する光である。この波長のレーザー光を照射することで、二光子吸収が起こり、結晶は破壊した。


【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202108209012-O5-2d1Gw2l2

参考図4:この結晶では、結晶の長軸に対して、ジアリールエテン分子1oの光を吸収する軸が正確に垂直になるように配列している。そのため、結晶の長軸に垂直な直線偏光の紫外光を照射すると、その配列の結晶は光応答を示すが、長軸と平行な直線偏光を照射すると結晶は応答しない。斜めだと、その中間になる。

【動画について】
今回の論文に付属したムービーのデータがあります。必要の際は以下からダウンロードください。
https://drive.google.com/drive/folders/1uUZ-zvvjP1w9v9BrCjsiTsUdRmi5_mZA?usp=sharing


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情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 世界初、種を弾き飛ばすホウセンカの実を模倣した「光照射で内包物を放出する結晶カプセル」を開発