2019年6月21日



公立大学法人首都大学東京



原子厚の半導体材料を自在に接合~低エネルギー消費の電子・光デバイス等への応用が期待~



 近年、次世代の超低エネルギー消費な電子機器やセンサー等の実現に向け、優れたポテンシャルを持つ原子厚の半導体材料に大きな注目が集まっています。首都大学東京・理学研究科の宮田耕充准教授、小林佑(日本学術振興会特別研究員、当時)、筑波大学・数理物質系の吉田昭二准教授、重川秀実教授、丸山実那助教、岡田晋教授らの研究チームは、次世代の半導体材料として期待されている遷移金属ダイカルコゲナイド(注1)(TMD、図1)の新たな合成技術を開発することで、一原子レベルで組成が急峻に変化する半導体原子層の接合構造(半導体ヘテロ接合(注2))を実現し、その構造と電気的性質の解明に成功しました。このような原子層の半導体ヘテロ接合を使うことで、電子の流れや発光・吸収波長の制御、および非常に小さな電力で動作する電子デバイスや光デバイス、高効率なエネルギー変換素子等への応用が期待されます。



■本研究成果は、6月20日付け(米国時間)でアメリカ化学会が発行する英文誌ACS Nanoにて発表されました。本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」(研究統括:黒部 篤)における研究課題「原子層ヘテロ構造の完全制御成長と超低消費電力・3次元集積デバイスの創出(研究代表者:宮田耕充)」(No. JPMJCR16F3)、学術振興会科学研究費補助金(No. JP18H01832, JP17H06088, JP15H05412, JP16H00918)の支援を受けて行われました。



研究の背景

近年、新しい電子材料として、原子数個分の厚みを持つシート状材料(原子層物質)が世界中で注目を集めています。原子層物質としては、ノーベル物理学賞の受賞対象にもなった炭素原子1個の厚みを持つグラフェンが最も有名ですが、最近では、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属原子と、硫黄(S)やセレン(Se)などのカルコゲン原子からなる遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD、図1)という層状物質が盛んに研究されるようになってきました。

TMDは、多数ある遷移金属原子とカルコゲン原子の組み合わせにより、半導体から金属、そして超伝導体など、様々な性質を実現することができます。例えば、様々な組成の半導体TMDを組み合わせることで半導体ヘテロ接合と呼ばれる構造が実現でき、接合面を使って電子の流れを制御することで超低エネルギー消費な電子デバイスや高性能な光デバイスへの応用が期待されています。 本研究チームは、これまでも原子層半導体ヘテロ接合の作製と電子状態の研究を行ってきました。しかしながら、従来の合成法では原料の供給制御が困難であるため、界面での組成がばらつくという問題がありました。従って、この材料系の持つ本来の性能引き出すために、異なる組成のTMDを連続的かつ自在に接合する技術が必要とされていました。



研究の詳細

 図1は、代表的な単層TMDの構造と、今回合成したTMDの接合構造(ヘテロ構造)を示しています。このような構造を実現するために、研究チームは液体原料を連続的に供給できる装置を作製し(図2a)、化学気相成長法(注3)と呼ばれる手法で試料の合成を行いました。この装置では異なる原料を切り替えながら、基板に供給できるため、組成の異なるTMDを連続的に成長させることができます(図2b)。今回は、単層のMoS2、WS2、WSe2、MoSe2を含む4種類の異なるTMDを用いたヘテロ構造の合成に成功しました。研究グループは、原子1個を観ることができる顕微鏡(走査トンネル顕微鏡:STM(注4))を用いて、作製した試料において一原子レベルで組成が急峻に変化していることを明らかにしました。また、その接合界面での電気的性質をSTMと第一原理電子状態計算(注5)を持いた手法により明らかにしました(図3a,b)。



【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201906197711-O2-1r119vhg

図1 (a)単層TMDと(b)今回合成したTMDの接合構造の模式図。青、赤色が金属原子、黄色がカルコゲン原子に対応する。



【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201906197711-O3-Nm4C135d

図2 (a)本研究で開発した化学気相成長装置の模式図と。異なる遷移金属とカルコゲン元素を含む4種類の原料を基板上に連続的に供給することができる。(b)異なる組成のTMDの結晶を連続的に成長させる様子。



【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201906197711-O4-8X8kxK7g

図3 合成した試料における、組成が切り替わる領域の(a)原子像と(b)電気的性質(バンドギャップ、局所状態密度)の変化を可視化した実験結果。aではMo原子とW原子に由来するコントラストが観察されている。



研究の意義と波及効果

今回の研究では、原子レベルで急峻に組成が変化するTMDの高品質な接合構造を初めて実現し、その電気的性質の解明に成功しました。このような接合構造の界面を使うことで、電子を一次元の領域に閉じ込めることで電子の流れやすさや光の発光・吸収波長の制御や、非常に小さな電力で動く電子デバイスや光デバイス、高効率なエネルギー変換素子等への応用が期待されます。





【用語解説】

注1)遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)

タングステン(W)やモリブデン(Mo)などの遷移金属原子と、硫黄(S)やセレン(Se)などのカルコゲン原子からなる層状物質。組成は遷移金属とカルコゲン原子が1:2の割合で含まれ、MX2と表される。ここでMは遷移金属(Mo,W,他)、Xはカルコゲン原子(X=硫黄,セレン,テルル)に対応する。図1のように一層の場合は遷移金属とカルコゲン原子は、互いに共有結合で結びつき、3原子厚のシートを形成する。 この層状シートが多数重なった固体材料は、広く潤滑剤等で用いられてきた。ごく近年、原子厚の層が作製できることが明らかになり、世界中で研究が進むようになった。



注2)半導体ヘテロ接合

二つの異なる半導体材料で構成される接合。主に、ガリウムヒ素系の固体材料などで多くの研究がされてきており、異なる特性の半導体材料を組み合わせることで、界面に電子を閉じ込めることが可能で、様々な電子・光デバイス(高速動作トランジスタ、半導体レーザー、および太陽電池等)などで利用されている。



注3)化学気相成長

原料となる物質を気化させて加熱された基板上などに供給し、化学反応を通じて薄膜などを基板上に直接成長させる技術。



注4)走査トンネル顕微鏡(STM) 

1981 年に発明された顕微鏡、1986 年にノーベル賞を受賞。細い探針を試料表面に 1nm(10-9m))程度に近づけ、探針と試料の間に 1V 程度の電圧を印加すると、1nA(10-9A)程度のトンネル電流が流れる。トンネル電流は試料—探針間距離に指数関数的に依存するため、トンネル電流を一定にして探針を試料表面に沿って走査すると、0.01nm 程度の凹凸を検知することが可能で、原子の構造(実際は原子構造にともなう電子雲の分布)を知ることができる。



注5)第一原理電子状態計算

量子力学の基本方程式に従い、非経験的に物質の安定な原子構造決定や、物質中の電子の振る舞いを記述する理論的手法。



【発表論文】

“Continuous Heteroepitaxy of Two-Dimensional Heterostructures Based on Layered Chalcogenides”,

Yu Kobayashi, Shoji Yoshida, Mina Maruyama, Hiroyuki Mogi, Kota Murase,

Yutaka Maniwa, Osamu Takeuchi, Susumu Okada, Hidemi Shigekawa, Yasumitsu Miyata

ACS Nano in press.

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.8b07991



情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 原子厚の半導体材料を自在に接合~低エネルギー消費の電子・光デバイス等への応用が期待~