11月22日に岸田首相に提出された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書は、日本がこれから取るべき安全保障政策について大きな方針を示している。実業之日本フォーラムでは全5回の予定でその内容を読み込んでいく。第4回である本記事は「財源」について考えたい。

「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(以下、有識者会議)が11月22日にまとめた報告書における財源についての言及を見ていこう。まず報告書は「今を生きる世代全体で分かち合っていくべき」という理念を掲げ、「まずは歳出改革により財源を捻出していくことを優先的に検討すべき」であり「非社会保障関係費」において歳出改革を進めるべきと提言する。


しかし、報告書の随所に「抜本的な強化」という言葉が見られることからもわかるように、今後の防衛関連費の増額は歳出改革で賄える規模を超えている。支出を抑えることで財源が埋めなければ、歳入を増やすしかない。ではどうするか。報告書は「国債発行が前提となることがあってはならない」と明言し、「国を守るのは国民全体の課題であり、国民全体の協力が不可欠であることを政治が真正面から説き、負担が偏りすぎないよう幅広い税目による負担が必要なことを明確にして、理解を得る努力を行うべきである」として、増税を財源とすべきと訴えている。


自民党の税制調査会は12月15日、防衛費増額の財源を賄う増税策について、法人税、所得税、たばこ税の3つの税目を組み合わせる案を了承した。一方で、自民党内にも西田昌司参院議員のように増税を財源とすることに反対し、国債発行で賄うべきと主張する向きもあり、党内調整は年明けまで持ち越された。


本稿では改めて、防衛費増額の財源とその前提となる経済システムについて根本から考えてみたい。

■経済力と財政基盤の関係、あえて整理せずに提出?

報告書は「防衛力強化と経済財政」という項目を設け、「国力としての防衛力を強化するためにも、経済力を強化する必要がある」と述べている。これに異論のある者はないだろう。だが、その文章は以下のように続く。

「さらに、我が国の財政基盤の強化も欠かせない。我が国が抱える脆弱性として、中長期的に国力低下の要因となり得る少子化・人口減少に加え、有事における金融・財政の持続可能性が挙げられる。有事を想定した総合的な防衛体制の強化には、持続性のある経済力・財政基盤の強化と、それに対する国民の理解が必要である。有事の際に、我が国経済・金融システムにどのようなリスクが発生するのか、それらのリスクをいかに最小化して、我が国経済・金融システムを守るのかをあらかじめ検討しておくことが重要になる」


「海外依存度が高い我が国経済にとっては、エネルギー等の資源確保とともに、国際的な金融市場の信認を確保することが死活的に重要である。足元では貿易赤字が続くとともに、長期的には成熟した債権国としての地位も盤石である保証はない。資金調達を海外投資家に依存せざるを得ない事態に備えることも念頭におく必要がある」


「英国政府の大型減税策が大幅なポンド安を招いたことは、国際的なマーケットからの信認を維持することの重要性を示唆しており、既に公的債務残高の対GDP比が高い我が国は、なおさらそのことを特に認識しなければならない」


この、各種政府報告書でしばしば目にする「財政論」が防衛費増額の財源を国債に頼るべきでないという論拠となっている。個々挙げられている事象と懸念は確かに正しい。だが、冷静に読み直してみると「経済力(稼ぐ力)」と「財政基盤」の概念があまり整理されていない、あるいはあえて整理されずに論理が形成されている印象を受ける。

■問題は、「外貨を稼ぐ力」の弱体化

まず、国の借金の構造を整理してみよう。国の借金の総額は1000兆円強ある。確かに大きい。だが、その内900兆円強は日本国内の家計や企業、金融機関(以下では「国内の民間部門」とする)が国債として保有しており、国内の民間部門から見たら資産ということになる。外国人が保有している円建て国債の額は約100兆円であり、これらは極論すれば日本銀行が日本円を刷れば返済できる。


債務国が破綻する引き金を引くのは外貨建の国債だ。ドルなどの外貨で返済する必要がある債務は、コントロールを誤ると、企業で言う「資金繰り」に窮することになる。だが、日本は外貨建の国債を発行していない。


為替レートは、経常収支(稼ぐ力)と対外純資産(今まで稼いだ蓄積)が決定すると考えられる。稼いでドルを獲得して対外資産を形成し、それを再投資でさらにドルを稼ぐという構図があれば、外貨建ての借り入れを積み上げる必要がない。むしろ稼いだドルを売る(自国通貨を買う)という行動が必要になり、外貨建ての借り入れの増加→通貨安という、債務国を破綻させる「悪魔のループ」が発生しにくい。そして日本は現状、年率換算で10兆円近くの経常収支の黒字であり、対外純資産も世界一を誇っている。


巷間、この報告書のように「公的債務残高の対GDP比」で他国と単純に比較して危機感を煽る言説が少なくないが、「債務」の中身や構造を踏まえて正しく比較する必要があるはずだ。日本に迫る危機は、つまるところ大部分が国と国内民間部門との貸借の問題に帰する国債の残高などではなく、外貨を「稼ぐ力」が弱体化することで上述の「悪魔のループ」に近づいていくことに他ならない。

「防衛費増額の財源論争、安易な増税で競争力を削げば元も子もない(防衛力強化へ、有識者報告書2022を読む(4))(2)」に続く

中村 孝也
株式会社フィスコ取締役
日興證券(現SMBC日興証券)より2000年にフィスコへ。現在、フィスコの情報配信サービス事業の担当取締役として、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議を主導する立場にあり、アメリカ、中国、韓国、デジタル経済、暗号資産(仮想通貨)などの調査、情報発信を行った。フィスコ仮想通貨取引所の親会社であるフィスコデジタルアセットグループの取締役でもある。なお、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議から出た著書は「中国経済崩壊のシナリオ」「【ザ・キャズム】今、ビットコインを買う理由」など。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

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情報提供元: FISCO
記事名:「 防衛費増額の財源論争、安易な増税で競争力を削げば元も子もない(防衛力強化へ、有識者報告書2022を読む(4))(1)