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米国の「州際協定」(Interstate Compact)は憲法上、下院を通す必要があるという議論がある。結果的には州際協定という名前を使っているかどうかにかかわらず、全国一般投票州際協定(National Popular Vote Interstate Compact:NPVIC)が憲法上の州際協定なのかどうかが一つの論点になると考えられている。
最高裁判所の判例によれば、連邦と州のバランスにおいて、州際協定が連邦の地位を脅かすことや、連邦の権限に介入するようなものでなければ下院を通す必要がないということになっている。逆に、連邦とのバランスが今までの法運用の考えで変わる場合は「州際協定」であり、下院を通す必要が生じる。最終的には、この州際協定が連邦と州の関係で州の力を不当に大きくするか、しないかで論点が分かれると見られる。
NPVICが憲法上の州際協定に値しない考えとしては、以下を挙げることができる。
・新しい州間機構を作ることにはならない。
・憲法上州に与えられている権利・権限を変更するものではない。
これに反論する論調は、以下の三点ほどが挙げられている。
・協定州の行動を縛るものである。
・州による一方的な破棄や変更が不可能。
・相互義務の応酬。
この三つの点があるため、連邦とパワーバランス的な競合をする州連合体のようなものができ、連邦の地位を脅かすものであるという声になる。
他に、上下の分権・パワーバランスを脅かす可能性があるとして、どちらかというと違憲に近いのか、そもそも州際協定の定義の問題以上に、連邦の力を直接的に損なうかどうか、という見方もある。
米国の憲法の考えで優越条項(憲法第6条、第2項)という概念がある。優越条項とは、州法と連邦法が対立する場合、連邦法が優先され、そして連邦法と憲法が対立する場合は連邦法が無効になる。よって、憲法と連邦法の優越性を担保する条項である。憲法上定義されている州際協定として下院に承諾された場合、超州的な法である上に下院が承諾したため、これは事実上連邦法になる。そこで、下院には憲法改正を経ない形で大統領選出方法を変える権限のないことが比較的明確に定義されているため、NPVICの下院承諾は憲法の優越に違反する可能性があるという指摘がある。ここの議論は、州際協定の定義(下院承認が通った場合)と、下院に権限がない大統領選出方法の変更を生じさせるものかどうかということが合体した懸念点と言えるだろう。
他にも、懸念点がある。憲法修正第12条において、選挙人団選挙によりはっきりとした勝者がいない場合(票が均衡した場合等)、下院が大統領選出においての決定票を投ずることになっている。NPVICはこの決定票を事実上ないものとするため、これは下院の権限を低下させる協定であるから、下院の承諾が必要という議論がある。これへの反論としては、下院が大統領選出の決定票を以て大統領を決定したのは過去に2回しかなく、これが連邦の権限を低下させるものかどうかは判例に乏しいため難しいという見方がある。決定投票が行わる「可能性」を取り除くことが憲法違反であったら、下院の議席が奇数に設定されて、結果選挙人団の人数も奇数になった時期(50年ほどあった)が以上の論理だと憲法違反である(そもそも均衡することがない)ため、決定投票の権利の有無でNPVICを違憲とするのはナンセンスであるという見方がある。
■州間のバランス
別の考えとして、連邦と州という上下のパワーバランスではなく、横つながり、よって州間のパワーバランスを崩すようなものも下院の承諾が必要な州際協定である、というものもある。協定が非批准州の力を損ねるものであるという見方をしたら、この協定は下院の承諾が必要であるという議論につながる。
批准州と非批准州とのバランスが損なわれることはない反論の根拠として、州が憲法上、選挙人をいかようにも選べることになっているから大丈夫とするものがある。州がいかようにも選べるということにはなっているが、選挙人を完全に定義している判例がない。そして、選挙人が現状、宣誓に反しても良い(独立している)という考えが存在する(こちらの話は今後最高裁が判断を下すことになっている)。NPVICが州の立法を縛るだけであり、選挙人団の行動を縛らないため、批准州の選挙人団が名目上一つの投票ブロックを形成するとしてもいざというときは選挙人が好き勝手に投票することができる。よって、選挙人団の最終的な独立性を以て、州間のバランスは崩れないと主張する。(ただし、不誠実な選挙人を罰する規則を設けている州が存在する中、NPVIC批准州のほとんどは罰則規定を持っているため、選挙人団の独立性という論理が州同士のパワーバランスを損なうわけではないという言い分がどこまで通じるかが不透明である)
他にも州のバランスが崩れるという考えとしては、これまでは州が選んだ選挙人の数で大統領選が左右されていたのが、NPVICによって大統領選出を全国の一般投票に事実上ゆだねることは非批准州の選挙人票を意味のないものにする可能性があり、州主権を犯す問題であるという考えもある。
■その他の論点
前述の通り、州の選挙人選出については「全権」があるという考えがある中、NPVICはただ州が持っているほぼ絶対な権利を使用しているのにすぎないということで、憲法上の州際協定ではないことや、違憲ではないという論拠になっている。これへの反論としては、選挙人選出は「全権」ではなく、例えば憲法修正第14条に反するような選挙人選出(法の公平性について。選挙の際の識字検査を認めないなど)は違憲である州法は優越条項によって無効になるため、選挙人選出については、違憲である法を優先できないことで州は全権を持たないとしている。州が全権で成りえないもう一つの理由としては、公的な信頼が損なわれるような選出は認められていない(例えば、選挙人票をオークションに出すなど)ため、州の選挙人選出について「全権」があるかどうかは現時点でははっきりしていないため、全権を根拠とした考えは難しいという見方がある。
上記の他、選挙人選出を全国投票に委ねる前例がないこと、そもそも今までの設計では全国投票を前提としない憲法運営がされていること、憲法運営を根本的に変えるようなものは憲法改正を経る必要があるという考えがあるため、NPVICは憲法を事実上変更させるようなものであるのかが争われると見られる。
現状、上記のように様々な論点でどの論理が正しいのかが判断ができないため、連邦最高裁判所の最終判断がどうなるのかが今後注目すべき点になるだろう。
地経学アナリスト 宮城宏豪
幼少期から主にイギリスを中心として海外滞在をした後、英国での工学修士課程半ばで帰国。日本では経済学部へ転じ、卒業論文はアフリカのローデシア(現ジンバブエ)の軍事支出と経済発展の関係性について分析。大学卒業後は国内大手信託銀行に入社。実業之日本社に転職後、経営企画と編集(マンガを含む)を担当している。これまで積み上げてきた知識をもとに、日々国内外のオープンソース情報を読み解き、実業之日本社やフィスコなどが共同で開催している「フィスコ世界金融経済シナリオ分析会議」では、地経学アナリストとしても活躍している。
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