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朝早く出社して仕事をすることが推奨され、始業前や始業後すぐの時間に会議や打ち合わせが始まる……。職場においても、こんな”朝型”スケジュールで回っているところが多いのではないでしょうか。
朝早く起き、午前中に集中して仕事をし、夜は早く寝る。社会人の時間の使い方としては、理想的なものに思えます。
しかし、実はこの朝型信仰が、「社会的ジェットラグ」という問題を引き起こし、働く人の心身に多大な負担をかけているかもしれないのです。
そう警鐘を鳴らすのは、国立精神・神経医療研究センターの三島和夫先生。日本睡眠学会・日本時間生物学会理事であり、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センターで客員准教授を務められていたこともある、睡眠研究の第一人者です。
今回は、2018年3月16日、東京・大手町で行われた三島先生によるセミナー「日常生活に潜む社会的ジェットラグ問題」(主催:武田薬品工業株式会社)をもとに、「体内時計と社会時刻とのミスマッチで生じる健康問題とその対策」についてお伝えしていきます。
社会的ジェットラグ(Social Jet-lag)とは、「個人の体内時計(生体リズム)にマッチしない社会時刻(生活スケジュール)を強いられることによって心身の不調を生じる状態」のことです。
人の体内は本来、それぞれの体内時計に従い、規則正しいリズムで動いています。そのため、海外旅行などで時差のある場所に行くと、体内時計と現地時間が一時的にずれてしまい、頭が働かなかったり強い疲労を感じたりといった「時差ボケ」が起こります。
この「時差ボケ」が日々の社会生活の中で起きている状態が、「社会的ジェットラグ」です。
平日は会社があるので、眠くても毎朝決まった時間に起きる。そのぶん休日は好きな時間に寝て、好きなだけ寝だめする……こんな生活を送っている人も多いでしょう。
しかし、これでは入眠時間と睡眠時間が毎週末ごとにずれてしまい、眠気が取れない、だるい、頭が重い……といった、「時差ボケ」のような不調に見舞われることになります。
まるで、毎週末ごとに海外旅行に出かけているような状態に陥ってしまうのです。
では、「寝だめをやめて、休日も平日と同じ時間に寝て同じ時間に起きればいいのか」というと、そう単純な話ではないのです。
人の体内時計の個人差は大きく、同世代においても、「入眠しやすい時間帯」の個人差は6時間強、「必要な睡眠時間」の個人差は3時間弱もあります。
よって、生まれつき「夜型」の体内時計を持ち、どうしても早寝ができない体質の人々もいるのです。
なお一説によると、「朝型2割・夜型3割・中間型5割」ともいわれ、完全な朝型以外の人は8割にものぼります。さらに、生活光などの影響により、現代人の体内時計は総じて遅れがちになっています。
このような「夜型」の体内時計を持つ人は、平日は無理やり「朝型」の社会スケジュールに合わせて生活しているため、慢性的な睡眠不足状態に陥っています。すると、体の「恒常性維持(ホメオスタシス)」機能が平日の睡眠不足を解消しようとし、休日の「寝だめ」が発生するのです。
つまり休日の「寝だめ」は、「朝型」の社会スケジュールに合わせて生活している「夜型」の人にとっては不可抗力といえるのです。
「時差ボケぐらい、大したことないじゃないか」と思われるかもしれません。
しかし、社会的ジェットラグには重大な健康リスクがあることが、多数の調査・研究によって報告されています。かなり大まかにまとめると、以下のようになります。
肥満・メタボリックシンドローム・糖尿病・高血圧・高脂血症・自律神経失調症・心血管疾患(心筋梗塞・脳血管疾患)など
抑うつ感・不安感・うつ病・気分障害・認知症リスクなど
社会的ジェットラグは、心身ともに大きな悪影響を与えることがおわかりいただけたでしょうか。
「自分はよく眠れているから関係ない」
そう思っていても決して油断できません。
現代人の多くが、自覚しない睡眠不足を抱えている可能性があること、さらに、自覚を伴わない潜在的睡眠不足でも、心身機能に影響があることが科学的に証明されているからです。
特に日本人は要注意です。
日本人の睡眠時間は一貫して減少を続けており、戦後70年の間に睡眠時間は1時間減少したとの報告もあります。さらに、2014年のOECDの調査によれば、日本人の平均睡眠時間は7時間22分とOECD加盟諸国中最下位。OECD加盟諸国の平均睡眠時間8時間25分と比べても1時間の差が出ています。
戦後以降、日本人は潜在的に睡眠不足を抱えているといえそうです。
「寝だめでうまく調節しているから大丈夫」
これも大きな間違いです。
なぜなら、週末の寝だめでは「心身へのダメージ」は十分に回復できないからです。にも関わらず、寝だめによって一時的な眠気が取れてしまうために、睡眠習慣を見直さず、ますます「社会的ジェットラグ」がひどくなる悪循環にはまってしまうことになります。
社会的ジェットラグは「なんとか社会生活をやりくりできる」状態であるがゆえに、危険なのです。
それでは、社会的ジェットラグにはどのように対処していけばよいのでしょうか?
実は、人の体内時計はある程度調節することが可能です。
そのためには「休日の寝だめを抑える」ことが必要になってきます。具体的には、以下のとおりです。
定時に目覚める習慣をつけ、寝だめを避けることで、体内時計の乱れを抑えます。
体内時計を朝型にするには、「日中の光を浴びること」が必要。特に午前中の光が重要です。この光は瞳孔の奥の「網膜」まで届ける必要があり、目を閉じていると浴びたことにならないので、なるべく外に出るなどして活動します。
睡眠不足を解消するために、短めの昼寝をとります。
夕方以降に光を浴びると、目が醒めるだけでなく、体内時計が夜型に近づきます。特に青色光が及ぼす影響は大きく、「発光デバイスを深夜に1日4時間×5日間使用すると、体内時計が1.5時間遅れる」というデータも出ています。
・体内時計にほとんど影響のない暖色系の間接照明に切り替える
・スマホやパソコンといった発光デバイスの使用を避ける
などして、なるべく光を避け、早めに照明を落として就寝します。
これらを3週間ほど続けることで、徐々に体内時計を早めることができます。夜型だが朝型勤務の人、日中の眠気や不調に悩まされている人、休日の寝だめがやめらない人などは、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。
最後に、ひとつ重要なことをお伝えしておきます。
それは、社会的ジェットラグに悩んでいる本人による対処のみならず、職場・学校などの「社会」の側からの対処も非常に重要であるということです。
社会的ジェットラグは、個人の体内時計にマッチしない社会スケジュールを求められたときに生じやすくなります。
しかし、「体内時計(朝型・夜型)」も個性の1つ。「早起きして体質改善!」という意見は、人によってはいわば「視力を上げろ」「背を伸ばせ」という論理と同じ。気力だけでは乗り越えられない人もいます。
特に、若い世代は要注意。若い世代ほど必要睡眠時間が長く、思春期〜青年期にかけては「体質的に」夜型が強まります。平均的には、女性は19.5歳、男性は21歳で最も夜型傾向が強くなり、その後徐々に朝型に近づいていくというデータも出ています。
これを受けて、米国小児学会協会は以下のような声明を出しています。
1.学業と心身の健康を維持するためには毎日8.5-9.5時間の睡眠時間が必要で、睡眠不足を昼寝や週末の寝坊で穴埋めするのは無理である。
2.思春期は人生で最も体内時計が夜型化する年代なので、(あくまで平均だが)23時前に寝て、朝8時前に目覚めるのは難しい。
3.したがって睡眠時間を確保するためには現在の一般的な登校時間である朝8:30は早すぎるので、もっと登校時間を遅くするなど工夫が必要である。
実際に、オックスフォード大の主導によって、全英100校以上・約6万人の子どもを対象にした「10時始業」の効果検証が始められており、ある高校では成績上位者の割合が34%から50%に上昇、保健室を利用する生徒も減ったとのデータも出ています。
職場においても同様のことがいえます。
日本の職場ではいまだ”朝型信仰”が根強く、昨今は「生産性の向上」「働き方改革」の号令により、「残業するより朝早く出社して仕事する」ことが推奨されるなど、ますますその傾向を強めているように感じられます。
「朝」に重点を起き、若手にも早朝出社や会議を求める中年社員も多いですが、22歳の新入社員の男性と55歳の管理職の男性を比べると、その睡眠ジェットラグの差は約2時間にもおよびます。生物学的理由からしても、中年社員にとっては負担ではない時間帯が、若手にとっては大きな負担になるということが大いにありえるので、おすすめできません。
海外では、これらの個人差に柔軟に対応できるフレックスタイム制や自宅勤務の導入なども進んでいます。それに比べると、日本は1周遅れ、むしろ逆の方向に向かっているといえそうです。
個人が個々の生活習慣を見直し、社会に合わせる努力をすることは大切なこと。しかし、個人差・年代差・性差を尊重し、社会が個人に寄り添う対応もまた必要なことではないでしょうか。
これを期に、職場の”朝型信仰”を見直してみてはいかがでしょうか?
参考:三島和夫「日常生活に潜む社会的ジェットラグ問題」(主催:武田薬品工業株式会社)配布資料