先生、外出させてください。絶対、間食せずに帰ってきますから。






入院中の谷川さん(42歳、仮名)がその日も懇願してきました。「その日も」というのは、谷川さんはほぼ毎日、午後はどこかへ外出していて、夕食前に病室へ帰ってくることを繰り返したのです。





谷川さんは独身の中年男性。このところ血糖値も上昇中、体重も増加中の糖尿病患者さんで、外来での治療では不十分と判断し「糖尿病教育入院」をしてもらったのでした。一般的な入院と違って、検査や治療を受けるだけでなく、糖尿病への理解を深め、食事療法、運動療法の実践を学んでもらう目的も兼ねているため「教育入院」と呼ばれます。





毎日外出する谷川さんに、ひょっとしてどこかの喫茶店で甘いものでも食べているのではないか……と担当ナースは疑念を抱いている様子。そういう患者さんは過去にも少なからずいました。ただ、甘いものを食べると血糖値が上がるため、帰院時の血糖値測定でバレてしまうものですが、谷川さんの場合、外出から戻っても血糖値は上がっていません。むしろ少し下がって、外出して散歩でもしてきたのかな?という印象。





外出理由が気になりつつも入院後1週間が過ぎ、谷川さんも入院に慣れてきました。このタイミングを見計らい、さり気なく本題に切り込みます。午後の外出の目的は何なのか?





谷川さんは少し照れた表情でスマホの待受を見せてくれました。そこに映るのは一匹のウサギ──耳の垂れたロップイヤーという品種で、このウサギの餌と水の補充、ケージの掃除に自宅に帰っていたとのことでした。





会社を独立したのを機に飼い始めて、家族同然なのだとか。在宅ワーカーなのでほぼ24時間一緒に過ごしているという、その溺愛ぶりが伝わってきます。谷川さんにウサギの食事について訊いてみると、ペレットの餌は体重あたり何グラム、牧草は何グラムと決まっているとのこと。食べすぎるとお腹を壊したり、ウサギも肥満になってしまうようです。





「じゃあ、人間の食事は1食何カロリーでしょう?」――わたしが聞き返すととたんに口ごもる谷川さん。ペットの食事は上手に管理してあげられるのに、自分の食事が実にいい加減なのは、糖尿病患者さんに限ったことではありません。





あらためて理想体重から理想カロリーを計算し、谷川さんの1食あたりのカロリーを算出します。ウサギの食事の話から、まさか自分の食事量を計算することになるなんて思いもよらなかった様子ですが、ウサギの食事への気遣いから、自分の食事への気遣いへとようやく関心が向けられた瞬間でした。





家族のため、ペットのために一生懸命な人ほど、自分のことをなおざりにしがちです。すこし見方を変えて、自分の健康への気遣いも、ひいては家族やペットのためになることを再確認する必要があります。ウサギの食事から、自分の食事へと関心を広げられた谷川さんは、食事の見直しと治療の見直しの甲斐あって、糖尿病のコントロールも改善しました。その後は入院することなく通院を続けており、これからもウサギと一緒に、健康に過ごしてもらいたいものです。

 


情報提供元: citrus
記事名:「 入院中でも会いたい……独身の中年男性が密会していた相手とは?