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猛暑の記録が次々と塗り替えられたこの夏。心頭滅却すれば火もまた涼し、なんて強がりで夏を乗り切れた時代は終わりました。いまや、冷房を使わずに精神論で暑さに立ち向かう猛者は、夏に殺されます。
憎い、太陽が憎い! そんな怨念が生み出したかどうかは知りませんけど、ちょっと背筋がひんやりするような情報をキャッチしました。なんと、2030年に氷河期が来るというじゃないですか。あらら、ついに暑さでアタマをやられちゃいましたか、お大事に。
断言します。2030年に氷河期は来ません。なぜそんな自信を持っていえるのか? 科学的な理由と、歴史社会学的な理由があるからです。
■昭和のあるあるネタだった
2030年氷河期到来説は、その年から太陽活動が低下すると予測したある科学者の研究を根拠としています。しかしその科学者は、氷河期が来るとは言っていません。都市伝説おたくが勝手に話をふくらませただけ。そもそも、太陽活動と近年の気候変動の関連は、科学的にはほぼ否定されています。
もうひとつは、歴史社会学的な理由。50代くらいのひとたちにとって、氷河期が来るという説には懐かしい響きがあるんです。というのは、こどものころにさんざん聞かされた、“昭和のあるあるネタ”だから。なのに、いまだに一度も氷河期が来たためしがないじゃないですか。
氷河期到来説が唱えられるようになったのは、1971年から72年にかけてのこと。同時多発的に出現して口コミで広まり、発信源を特定できないというのが、都市伝説に特有のパターンです。
■1990年ごろに日本人は絶滅する
私が知るかぎりでは、このネタを本格的に記事にした最初の雑誌は、『週刊読売』1971年1月29日号。このところの寒さは、北半球をメッタメタの大寒波が覆っているせいだと口火を切るものの、記事の大半は、世界が砂漠化しているだの、極地の氷がどんどん溶けて南関東は水没するだのと、それ温暖化じゃね? といいたくなる説ばかりです。
記事の片隅に掲載されたキリンビールの広告にも、どういうわけか昔ほどには寒くないから、冬でもビールがうまい、みたいなコピーが書かれています。やっぱり庶民感覚でも、昔よりあったかくなってるな、と思っていたようです。
なのに記事の最後は、近々、ある日突然氷河期がやってくると、ちぐはぐな結論で締めているのですから、読者の頭には疑問符しか残りません。
『週刊現代』1973年7月12日号は、もっと過激。専門家の確実なデータにより、氷河期の到来は必至であり、1990年ごろには日本人が絶滅すると予測します。まいったなあ。日本人は平成に入るころには絶滅していたんですね。バブルで浮かれていて気づきませんでした。
さすがに日本人絶滅にはムリがあると反省したか、1974年2月14日号の氷河期ネタでは、「日本人の半分が死ぬ」とトーンダウン。田中首相どうしてくれる、っていわれても、知らんがな。
■気象学者「寒くなることより暑くなることを心配すべき」
同年4月の『潮』には御大、五島勉さんが登場。ノストラダムスは地球の寒冷化を大予言していたといえば、気象庁の予報官もそれに乗っかり、1999年が小氷河期のピークになることが確定したと、世紀末の恐怖を煽ります。
76年元日には『朝日新聞』にも「近づく? 氷河期」なる記事が掲載されます。ついに朝日まで……と思いきや、見出しの疑問符からもわかるように、この記事では、氷河期到来説に懐疑的な気象学者のインタビューに多くのスペースを割いています。
そのドイツ人学者は、人類が放出した二酸化炭素によって地球は暖まり、極地の氷がとけて都市が水びたしになる可能性を指摘して、寒くなることより暑くなることを心配すべきだと主張します。地球温暖化論は、氷河期到来説と同時期にすでに存在していたのですね。
■氷河期なんて来ねえじゃねえか!
驚くべきは、1968年の『週刊少年マガジン』に掲載された未来予測イラスト。そこには、水面下にビルが沈み、水中生活に適応した人類の姿が描かれています。添えられた説明文には、地球の気温は毎年少しずつ上がっている。やがて北極・南極の氷が溶けて海面は50メートル上がる……などと書かれています。温暖化の脅威をいち早く先取りしていた『少年マガジン』に、はげましのおたよりを出そう!
当時から、おおかたの気象学者は氷河期到来説に懐疑的だったのですが、一般にはウケまして、76年にはカッパブックス『氷河期が来る』(根本順吉・著)がベストセラーになります。勢いが止まらないかのように見えた氷河期到来説でしたが、1978年、ブームは突然終わりを迎えました。なぜなら、78年の夏は記録的な猛暑だったから。
なんだよ、この暑さはよ! 氷河期なんて来ねえじゃねえか、ウソつきめ! 庶民は気まぐれで残酷です。氷河期到来説は一発屋芸人のごとく、またたく間に庶民の支持を失いました。それでも一部の都市伝説おたくたちは、猛暑にもめげず、いまだに氷河期の到来を信じて待ちわびているのです。