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ドイツのニュルブルクリンク北コース(全長20.832km)は、世界屈指の難コースとして知られる。ラップタイムは速さの指標だ。8分台前半で「速っ!」と感じたのは昔のことで、R32 スカイラインGT-R(1989年)はデビュー当時、8分20秒で周回していた。
2013年9月30日、日産GT-R NISMOはニュルブルクリンク北コースを7分8秒679で周回し、当時の量産車最速記録を更新した。24年かけて1分以上タイムを縮めたわけだ。現在の量産車最速は6分台に突入している。
レーシングカーも含めた最速タイムは35年前の1983年5月28日に記録された。この日、ニュルブルクリンクでは世界耐久選手権の一戦に組み込まれた1000kmレースのプラクティスが行われていた。シュテファン・ベロフがドライブするポルシェ956は平均速度200km/h超で20.832kmのコースを走り、6分11秒13のラップタイムを記録。これが長らく、ニュルブルクリンク北コースのコースレコードだった。
この記録がつい最近、破られた。破ったのは当のポルシェである。6月29日、ポルシェは新記録を樹立するつもりでニュルにやってきた。タイムアタックに用いたのは、ポルシェ919ハイブリッド・エボ。ドライバーはル・マン24時間優勝経験のあるティモ・ベルンハルトである。
■エアコンはおろかライトもワイパーもない
919ハイブリッド・エボは、2017年に世界耐久選手権(WEC)に参戦し、同年のル・マン24時間レースでポルシェに3年連続19回目の総合優勝をもたらしたマシンをベースにしている。耐久レース向けに開発したプロトタイプカーという意味で、ベロフの956と同じ系統につらなる。
WECに参戦する際はエンジンにしろ空力にしろ、レギュレーションの範囲内で開発する必要があったが、自発的にタイムアタックを行うのに、レギュレーションは関係ない。だから、ポルシェはレギュレーションの縛りから離れ、持てる技術を総動員して速いマシンに仕立て上げた。進化形ゆえ、車名に「エボ(Evo)」が追加になっている。
2.0L・V型4気筒直噴ターボエンジンを搭載することに変わりはないが、エボはパワーアップが図られた。オリジナル919ハイブリッドの最高出力は500馬力以下だったが、エボは720馬力を発生。フロントに搭載するモーターの出力は400馬力から440馬力に引き上げられた。この結果、システム最高出力は1160馬力に達している。ニュル北コースのタイムアタックでは、369.4km/hの驚異的な最高速を記録した。
難コースを攻略するための技術はまだある。ダウンフォースを大幅に増やすため、オリジナルの小ぶりなリヤウイングは取り外され、巨大なウイングに置き換えられた。この結果、全長は428mm伸び、5078mmになっている。フロア下に入れ込んだ空気を逃がさないよう、ボディ側面にはスカートが追加された。オリジナル919に対し、エボは50%以上大きなダウンフォースを発生するという。
大きなダウンフォースはコーナリング速度を高める役には立っても、ストレートでスピードを伸ばす際には邪魔になる。そこで、エボは前後に油圧式のDRS(ドラッグ削減システム)を装備した。リヤはF1のDRSのようにフラップが開き、ドラッグ(空気抵抗)を削減する仕組み。フロントはアンダーパネルのトレーシングエッジを可変制御する仕組みだ。
サスペンションは油圧でアクティブに制御するシステムを取り入れた。とくに、制動/駆動時の車両姿勢を最適にコントロールする狙いである。また、4輪のブレーキ力を独立して制御し、ヨーモーメントを積極的につくり出せるようにした(コーナーで曲がりやすくなる)。
耐久レースに参戦する車両は夜間走行を行うので、ヘッドライトは欠かせない。だが、タイムアタックを行うのにわざわざ条件の悪い夜を選ぶはずもなく、エボはヘッドライトを搭載していない。雨の日は走らない前提なので、ワイパーも降ろした。長時間走行することはないので、エアコンも未装備である。装備を簡略化した結果、エボはオリジナル919に対して39kgの軽量化(888kg→849kg)を果たしている。
ポルシェが魔改造した919ハイブリッド・エボは、段違いの速さを見せつけて新記録を樹立した。ラップタイムは5分19秒55で、従来の記録を51秒58も短縮した。ちなみに、ポルシェの量産車最速は911 GT2 RSが記録した6分47秒3である。それより1分半も速いって一体どんな世界なんだろうという疑問にはポルシェが応えてくれて、車載映像が公開されている。
思わず「早送り?」と疑ってしまうほどの速さだ。速いマシンを作り上げた技術力もさることながら、正確なコントロールでマシンの実力を出し切り、20.832kmを攻めきったドライバーのスキルに脱帽である。